55 お嬢様のこれから
私がこの世界に来てから約五年の月日が流れた。
先週、十五歳を迎えた。
身長はあれからも少しずつ伸び、ルビーの言うグセナーレ家のご令嬢として立派に成長をしていた。
優雅に歩く姿は、誰もが振り返る。
気品のオーラをまとい、悠々自適な生活を送る予定だった。
しかし、現実はそうならなかった。身長は、まったくと言っていいほど変化はなく。
体つきも、ラズ兄さんの誕生パーティーに着ていったあのドレスもそのまま入る。
服は全て新調する必要がないほど……何も変わっていない。
原因は何もわからない。
ここにいた子供たちは、少年は青年に近づき、少女は女性としての体つきに変わっている。
あ、私はなくても全然構わないけどね。
この体で十五歳というのは色々とまずい気がする。
「なぜ、なんだー!」
「うるさい、座れ」
「はい」
目の前にいる人物を前に、私は小さくなって座っていた。
突然の訪問に、これまでのことを考えていたら見事に脱線していた。
普段なら、ニコニコしながら腹黒さを隠したり、ニヤニヤしているはずの爺さんが、今回は仏頂面で私の前にいる。
「さて、イクミ。何で儂がここに来ているかわかるかね?」
「さ、さあ……私は、何も悪いことはしていませんよ」
悪いことは多分していない。
私の周りが何をしているのかは知っていても、私がしたわけじゃない。
「そうじゃな、お前は屋敷にこもってばかりで……ここにいる奴隷たちは随分と増えたな。奴隷とは思えないほど生き生きと仕事をしておる」
どこまで知っているんだ、このジジイ。
それとも……私はもうここで終わりなのか?
「で、ですよね。次は何やろうかなって考えても、今は何も思いつかないほどです」
「ラズバードを通じて遊具も、それなりに流通を始めた。幾つか類似品も出始めた。ああいうものが出回るほど、国全体として景気もよくなっている」
「いえいえ、私が全部行ったものではありません。そんな国全体の話をされても」
あれから、作れそうなボードゲームを作りはしていたけど。
一部ギャンブルとして利用もされているものはあったりしている。
とはいえ、領主管轄のもと運営されているのでイカサマとかはないみたい。
形はなんとなく覚えていたから、それらしく作ってもらったルーレットである。
赤か黒か、数字を当てればいいであってる?
数字と二種類の色、立方体のサイコロは色んなところで役に立つ。
サイコロを三つ、同時にただ投げるチンチロ。
こちらはルールがよく分かってはいない。友人の家にあった漫画で、そういうのを作っただけ。
この二つは、本来のものとは違うルールになっていると思われる。
ラズ兄さんは、複雑な表情を浮かべてはいたけど一応は喜んで受け入れてくれた。
その二つよりも、この世界のギャンブルという最大の禁忌になりうる物を作ってしまう。
そのゲームのルールは完全に把握しており、学生時代から慣れ親しんでいたから今でも鮮明に思い出せるほどだった。親父さんに朝まで何度つきあわされたことか。
そう、マージャンを私は作った。
ルールを覚えさせるのにかなり時間もかかったし、皆で取り囲み勝ったり負けたり……徹マンでルビーから説教を受けたりもしたけど私は皆との時間が楽しかった。
それ以来、誰も対戦してくれなかったけどね。
「お前たちが立派にやっているのは、間違いはないじゃろ。お前ももう十五歳になる。じゃから、そろそろ頃合いとは思わんか?」
爺さんの目が光ったように見えた。
十五……この世界の成人は二十。つまり、爺さんは……結婚を視野に入れ始めた?
貴族であれば、十五歳で婚約というのはない話ではない。
「頃合い……本当に勘弁してください。確かにもう気分は少女ですが、それでも根幹は男でして、それだけは勘弁してください」
「はっはははは。そうじゃった、昔はそんなこともあったのぅ。しかしのぅ……」
久しぶりに見たこの悪い顔。
私をからかって何が楽しいんだよ。
今であれば、反旗を翻すのも可能か? 冒険部隊も優秀だし……却下していた防壁を増やして籠城も悪くない手だ。
「何を企んでいるのかわからんが、心配せんでもよい。貴族であろうとも、軽々しくお前に求婚すらできやせん」
一体何のことをいっているのだろう……求婚をしてくれないのはありがたい話だけど。
それでも、軽々しくというのに少し引っかかりを感じる。
「頃合いというのは、王立学園に通えということじゃ」
「学園? あの、私に必要なのですか?」
街にある本である程度の知識は備わっていると思う。
ここにいる講師からも、今のところ教えられることはないと言われている。
教養に関しても、ルビーのスパルタで……多分、大丈夫。
「貴族の娘であれば、十五を過ぎれば学園に通うのは当たり前じゃよ。もちろん平民も金があれば通っておる」
「そうか、学校か。あの子たちも通わせたほうがいいのかな? だけど、今以上の知識は身につく?」
「奴隷が学園に通うことはできん。そこは諦めてくれ、しかし、十分な知識を持った講師。設備の整ったこの家であれば、十分過ぎる環境じゃろうて」
学校か、あまりいい思い出もないし行きたいという気持ちよりも、このまま皆と暮らしたい。
「断れるというのなら……断ってもいいんじゃよ?」
あ、これ駄目なパターン。
爺さんの後ろに、ルビーとトパーズが立っている。
これまでのように暮らせればそれだけで十分だった。
私の心情を知ってか、爺さんの表情からしてそれは許されないのだと思う。
なぜか二人が、そちらに付いてしまっている。こうなってしまえば、私に残された道はない。
「それで、私はいつから学園に通うのですか? 私、すごく行きたいです」
爺さんは、フッと笑いを堪えるかのように息を漏らすと……ルビーとトパーズが、私の後ろに回っていた。
嵌められた?
「お嬢様の制服姿……ふふふ」
「私服にはどのようなものがよろしいでしょうか?」
く、くだらねぇ……そんなことのために私を裏切ったと言うの?
「話はまとまったな。来月末までには王都に向かえ。細かなことは二人に伝えておる」
「はあ、わかりました」
学園か……奴隷商人になってからというものそんなものは無縁だと思っていた。
私は奴隷商人だけど、兄が領主ということを考えれば私が貴族という立場にあるのが普通の考えなのだろうか?
それでも、なんでルビーさえもこのことをはぐらかすのだろう……
この世界の仕組みというか人の考えに、私は未だに馴染めていない部分が多く残っている。
しかし、後どれだけの年月をかければこの差異は埋まるのでしょうか?
「それじゃ、儂は行くとするか……学園ではくれぐれも問題は起こさないようにな」
「はい。心得ました」
爺さんが馬車に乗る前に、私の心情を知ってか、ポンポンと優しく叩かれると何も言わず馬車の中に入っていった。
悪い気がしたわけでもないけど、少しだけこそばゆい気持ちもあった。
なぜそうしたのか自分でも分からなかったけど、乗せられた場所に自分の手を置いていた。
私は空を眺め、つぶやく。
「裏切り者」
「お嬢様。ご入学おめでとうございます」
どうしてこうなるのか……二人は嬉しそうな顔をしている。
「気が早いよ、それに来月末までに王都へ行けってことだし……時間もまだまだあるでしょ」
今は一月で、私は十五歳になってこの話。
二月末までに王都に行けと言っても、学園が始まるのは四月。
十分時間はある。
「いえ、お嬢様がご入学される王立学園は、王都ルシリオールにございます。ここからですと、馬車で約三週間はかかります」
「は? 三週間? 嘘でしょ?」
「ここは何分離れた場所ですから致し方ありません」
私は基本的にここから出ない。
馬車での旅は、エルフの村に行ったのが最長と言っていい。
このあたりの地図とは言っても、距離までわかるものじゃない。
ちょっとまて……ここを離れるってことは、皆はどうなるんだ?




