53 お嬢様の特等席
「何をやっているの……」
「おかしなことをお聞きになりますね。馬車の準備ができましたよ?」
「それなら普通に出てきなさいよ。このストーカー!」
トパーズは急に胸に手を当て後ろに倒れ込む。
地面に仰向けのまま、じっとして動かない。
「え? どうしたの、トパーズ。ねぇ、しっかりして」
「ストーカー!? 意味はよくわからないのですが、なぜかいい響きです」
よくわからないとか言いつつも、なんで喜んでいるのよ!
気配を悟られず、一瞬で背後に忍び寄る。ある意味最強すぎるわね。
本当は意味がわかっているんじゃないの?
お願いだから、ルビー早く帰ってきて……お願い。
これから街に向かおうとするのだが、現状トパーズがいては問題しかない。
秘技、身代わりの術。クロのクッションに私のリボンを結んで「お嬢様人形」に仕立て、遠くへ放り投げたのだ。トパーズがそれに飛びついている隙に、どうにか屋敷に置いてくることができた。
よく分からない疲労のせいで馬車の中で横たわっていた。
私の姿に申し訳なさそうにしているものの、二人はあまり視線を合わせようとはしてくれなかった。
「クロ。今度、あのクッションの弁償するから。ごめんね」
「あ……いえ、はい。大丈夫です」
トパーズの奇行は今に始まったことではないにしろ。どっと疲れるのはよくわかる。
私の護衛とは言っても、屋敷での権限はほぼないと言っていい。
私にずっと仕えている、ルビーとトパーズは少々特別な存在になっていて、屋敷では私の次に権力を持っていると言っていい。
いくら奇行とはいえ、止められるはずもない。
久しぶりに街にやってきたものの、目的地であるはずの宿屋へと着いたのだが……
「あれ? おかしいな。確かここに女将さんの店があったよね」
「ええ、そのはずなのですが」
窓から店の中の様子をうかがうと、きれいに片付けられていて、この中に人がいる様子はまるで見当たらない。
点々と置かれていたテーブルや椅子も隅に置かれている。
入り口には鍵もかけられて、営業をしている感じではない。
「どういうことかしら。こんなことがあるのなら、私に報告は来るはず」
料理部たちは未だ女将さんのところへと通っている。
料理の腕を磨き、私に食べてもらうためと張り切っている。
それに、お昼時だというのにこの辺りには人が少ない。
この時間ならそれなりに、歩いている人もいたというのに閑散としていた。
「はい。以前であれば女将さんの店を中心ににぎやかでしたね」
「クロ、ルキア。周辺の警戒をよろしくね」
「無論だ」
表通りは普通の賑わいをしていた。これだけ人が少ないと何かがある可能性も出てくる。
こんなことになっているのなら二人だけしか連れていないのが、間違いだったのかもしれないわね。
この街に対する警戒を、いつの間にか解いてしまっていたのかもしれない。
トパーズがこの状況に何も言わないのもおかしい。
想定のない何かがあるということ?
「クロはチロの匂いとか、分かったりとかしない?」
「無茶を言わないでくださいよ」
狼の耳や尻尾があるものの、それを除いてしまえば私たち人間ととくに変わらない姿をしているから、無茶なことよね。
このまま帰って報告書を見直すか、散策するかのどちらかね。
「獣人にそんな能力はないのですが、あちらからいい匂いはしております」
もしかして、女将さんの店は移転していた?
しかし、それでも報告の一つはあってもいいようなものだ。
ここの活気のなさ。この街で何か起こっているのだろうか?
「あれです。あそこからいい匂いがしています」
「なにこれ……」
冒険者ギルドの隣に同じぐらいの、もしかしたらそれ以上に大きな建物が建てられていた。
「とりあえず入ってみましょう」
「はい」
扉を開けると、冒険者たちが昼食をとっている。
そのテーブルには見慣れたものが置かれていた。
オセロの効果は未だ健在ね。
「こんにちはー」
「何だお嬢ちゃん。ここはお前なんかが来るところじゃねえぞ」
以前と比べて、ずいぶんとガラの悪い人たちがいる。
「イクミ殿に対して何たる無礼。殺っていいですか?」
なんでいきなりそうなるのかしら?
クロとルキアの服を引っ張り制止させていると、強面の大男が私の前に立ちふさがる。
「私がここに来てはいけない理由は何なのかしら? 見たところ、ここは食堂だと思うのだけど? それとも、あなたはこんな小娘にしか大きな態度を取れない小心者なの?」
「何だとてめぇ。誰になめた口を聞いてやがる、だいたいお前みたいな……」
この大きな男は冒険者なのだろう。
私に見知った冒険者はいないし、他の客も私を見てニヤニヤと不快な笑みを浮かべている。
私は店を間違えたようね。
「あんたたち、全員でていきな!!」
奥の方から、喧騒をぶち壊すほどの大きな声が響き渡った。
聞き覚えのある声の持ち主は、包丁を振り上げていた。
「あ、やっぱり女将さんだ。お久しぶりー」
「これはこれは、お嬢様。馬鹿な客が迷惑をかけたようだね」
女将さんが睨みを利かせると多くの冒険者がたじろいでいる。
その不思議な光景が少し面白かった。戦力としてはどう見ても冒険者たちが上にもかかわらず、優勢なのは女将さんだった。
聞き耳を立てていると、なんとなく状況がつかめてきた。
以前、暴れた客がいたらしく、その客はこの街の食堂から宿屋に至るまで出禁を食らったらしい。そうなってしまえば、街から出ていかざるを得ない。
ここを気に入っている冒険者たちも多く、そういう馬鹿者共を排除することもあるらしい。
「まあまあ、二人共。それより女将さん、チロはこちらに来ている?」
「チロですかい。今呼んでくるので、こちらにお掛けになってお待ちください」
案内されたテーブルは綺麗に整えられていた。
なんで女将さんもこんなことをしているの?
遠征したときの野営地のように、ここのテーブルだけ綺麗な布が掛けられている。
私がここに座るの?
周囲からの視線がすごい。
「あのガキ、あの場所に座ったぞ」
「どういうことだ?」
「あの場所は、ここがどんなに混んでいても誰もが座ることの許されていない場所だぞ」
「俺もそれは見たことがある。勝手に座ろうとした冒険者が、出禁されたっていう」
まさか……そんなことはないよね?
私ここにいてもいいの? いいのかなー?
「あ、お姉ちゃん」
「こら、チロ。まずは、イクミ様にご挨拶をしなさい」
「ごめんなさい。こんにちは、お嬢様」
んー、カーテシーを誰に教えてもらったのかわからないけど。
そういえばチロは、頭を撫でられるのが好きだったっけ。
「頑張っているようね。元気にしてた?」
「はい。皆よくしてくれます」
チロの頭を撫でると、尻尾はブンブンと揺れている。
私がよく知る名札を付けた奴隷たちも次々とやってきた。




