51 お嬢様に新たな護衛
「ルビー、落ち着いて」
ルビーの後ろから抱きつく。
「お、じょう、さま?」
「大丈夫だよ、ルビー。あんなの、問題にならないから」
ルビーは膝を折り、正面から抱きしめてくる。
まるで私がここにいるのを実感するように。
ルビーの威圧があったためか、ほとんどのエルフは気絶していた。
爺さんが連れてきた二人だけど……一体何者なの?
「あなたはこの村の長でいいのかしら?」
「そ、そのとおりですじゃ」
エルフたちにもはや敵意はない。
気絶していないものは、恐怖しているのか後ずさっていた。
「ルキアがまがい物とは、どういうこと?」
「我らはどの種族にも属さない、だがソレの母親はあろうことか禁忌を犯し。人の血が混じった汚れた存在じゃ」
混血。つまりエルフと人族のハーフ。
なるほど、見ての通り全員が金髪、男も女も関係なしに同じ髪の色。
一方ルキアの髪と瞳は緑色をしている。それは、ハーフエルフだからか。
その中でも人間という種族を嫌っているのか……とんでもなく、くだらない。
「ティアとクレスを帰してよかったの? この程度の低能部族だったとは」
「やめろ、止めてくれ」
「ルキア?」
「あなた様は、子供たちを助けてくれた。感謝をする。私はどうなっても構わない。しかし、同族を侮辱するのは許してもらえないだろうか」
ルキアの必死な願いに私の怒りは収まりつつあった。
気丈に振る舞っていた彼女が今にも泣き出しそうな顔に……
「何が同族だ。汚らわしい」
「騒ぐな! お前の前に立っている人を、誰だと思っているの?」
ルビーの睨みによって、村の長はガクガクと震え上がっていた。
まあ、怖いのはよく分かっている。
ルビーを筆頭に、皆が過保護になったのかもしれないわね。
「そう、わかったわ、この人がいらないというのなら、私が子供たちを助けたお礼にもらってもいいわよね?」
「勝手にするがよい。どうか、早急にお帰りを願おう」
「そうね……皆、戻りましょ」
エルフという部族は想像していたよりも酷い部族のようね。
他種族を見下し、小さな世界でただ何も見ようとも聞こうともしない。
なぜ自分たちがそうなってしまっているのかも理解しようとはできないみたいね。
「ルキア、ごめんなさい。嫌な言い回しをして」
「かまわない。私の方こそ悪かった、こうなることは予想をしていたのだが……」
混血を嫌うのは分からなくもない。
地球にだってそういうところは数多くある。
受け入れようとするには、まだまだ時間も掛かりそうね。
「あなたはハーフエルフであっているのかしら?」
「ああ……倒れていた父を助けたことがきっかけだったらしい」
「恨んでいる?」
ルキアは目を閉じて首を横に振った。
「いつか三人で村を出て暮らそうと、父はいつもそう言っていた。しかし……父と母は同族に見つかると、弓を打たれそのまま……」
「そう、それであなたは隠れながら、生き延びていたのね」
あの雰囲気からすればそういうことは簡単にできるのだろう。
自分たちだけの世界を保持するためだけに……
なら彼女はなぜ、そうまでしてあの子たちを助けようとしたの?
村の一員として認めてもらいたかったから?
両親を殺されてもなぜ……?
「ルキア、あなたはこれからどうする? 私としては、あなたが私の護衛に付いてもらえたらと思うのだけど」
クロ一人だと休みもないし、ルキアが嫌だというのならしょうがないわね。
皆の休みってどうすればいいのかな?
休むイコール体調不良だし。
「私に奴隷商人の護衛をしろというのか?」
「ええ、そうよ。あなたも分かっているでしょ? 人を売らない奴隷商人なんて、面白いでしょ?」
私は奴隷を買うが、人は売らない。
慈善事業をしたいわけじゃない。私の自己満足でいい。
「そうだな。お前の下で働くか、一人野垂れ死ぬか、また奴隷にされるか……か」
「あらよく分かっているじゃない。私と来るのもいいと思わない?」
「そうだな……」
さすがに無茶な提案だとは思う。
一年程度一緒に暮らしていたとはいえ、馴れ合うのは色々と葛藤もあるみたいね。
ティアとクレスとは、もう会えないでしょうね。
二人がいたから、ルキアと少しだけ仲良くなれた。それで良しとする。
「すまない、明日の朝まで返事を待ってもらえないだろうか?」
「返事はいつでもいいよ。私はあの屋敷にいるから」
「ああ、分かった」
彼女にも何か思うところはあるはず。でも、ルキアが私の護衛についてくれればクロの負担を軽減できると思うのだけど。
と思っているのだけど……クロ自身はさっきの話が気に入らないみたい。
両頬を膨らませ自分のしっぽの先をいじっていた。
思いつきだったとはいえ、一言あってもよかったかもね。
「とりあえず一件落着でいいんですか」
「そうかもね。今はあの屋敷でゴロゴロするのが恋しいよ」
「俺らを働かせて、自分は自堕落な生活ですかい?」
「そうそう。悪くないでしょ?」
「ドゥルグ、お嬢がゴロゴロしているときが、面倒だったりするんだ」
バナンは鼻で笑うものの、どこか満足げな表情をしている。バナンの友人。もはや戦友か? ドゥルグが「あー」と声を漏らしていた。
あまりいい気分にはならなかったけど、当初の目的は果たせたんだ。
「自堕落ですか? お嬢様、お屋敷を出て何日経っているとお思いですか?」
「う……頑張ります」
これで良しと思うしかないよね。
ティアとクレスが平穏に暮らせることを……
* * *
イクミが寝静まり見張りを残し多くの冒険者も眠りについていた頃。
ルキアは一人、貰った剣を持ち深い闇に包まれた森の中へと足を運ぶ。
「久しぶりなんだ。だから、どうかその剣を収めてほしい」
「ごめん……」
後をつけていたクロの存在に、ルキアは最初から気がついていた。
クロが謝った理由は、目の前にあった。ルキアが置いたであろう花の前には、少しだけ大きな石に文字が彫られている。
剣を鞘に収め、ポケットに隠し持っていた小さな果物を手にしていた。
「ん……あげる」
「ありがとう。しかし、あなたが私の両親にあげてくれないか?」
クロは墓石の前に両膝を折り、花の隣に持っていた果物を置くと手を合わせ目を閉じた。
二人で同じように祈りを捧げた。
「父上、母上。挨拶が遅くなりました。ですが、最初に謝っておかねばなりません。私はこの地を離れることにしました。彼女の名前はクロといいます」
突然の紹介に、クロはビクリと体を震わせる。
「はじめまして……でいいのかな?」
「ああ。私はイクミ殿にお仕えすることとなりました。彼女は私の先輩に当たる方です。ここを離れることになりますので……次、いつ会えるか答えることはできません」
「……」
クロは何か声を掛けたいと思ったが、結局言葉にはならなかった。
イクミに仕える身である以上、自分たちの行動には制限がついてしまう。
気休めも、慰めさえもこの場において口にできなかった。
「ですが、イクミ殿は立派なお方です。その方にお仕えする幸せをお許しください」
「私からもどうか、彼女を見守っててあげてください」
ルキアは小さな声で「ありがとう」と呟いた。
流れる涙を拭うこともなくしばらく祈りは続いていた。
* * *
「おはようございます。イクミ殿」
「ああ、う、うん。おはよう?」
欠伸をしながらよたよたとした足取りでテントから出ると、膝を付きルキアが待ち構えていた。
というか、いつからそこにいたのかな?
「どうしたの?」
「何か、私は間違えましたか?」
いや、正解もわからないけど。
挨拶してくれた?
なら正解?
「あ、いやそうじゃないけど……クロは?」
「はっ、クロ殿は少し支度が遅れているようです」
支度? それはいいとして、クロ殿?
一体これはどういうことなんだろう? 私が寝ている間になにがあったの?
彼女の変わりように戸惑っていると、ルビーは何事もなかったように私の隣に立っている。
「おはようございます、お嬢様。朝食の準備は整っておりますが……グセナーレ家のご令嬢が、なんて格好で出てきているのですか?」
再びテントの中に押し込められ、ルビーはテキパキと服を着替えさせる。
身内だけなんだし、こんな装いは……口にしそうだからやめておこう。
「ルキア、朝食に行くよ」
「はっ。お供いたします」
それじゃまるで騎士みたいだけど……てか、何がどうなっているの?




