50 お嬢様は少し怒っている
冒険部隊の皆はなぜこうも私を讃え、重たい荷物を抱えていても嫌な顔をまったく見せないまま行動をしている。
奴隷という立場はあっても私は命令をしていない。
奴隷紋を使って制御したのはクロのときだけ。
私に危害を加えない限り、自由にしていい。
この命令は、新たに増えた奴隷たちも同じ。
私が指示をするが奴隷紋を行使していない。
各自の判断で行動をしている。
何が原動力になっているのかが、私には理解できない。
私を守るためならとは言われるが……これだけのことができるのだから、一人でもやっていけるとは思わないらしい。
不思議とここの溝は深まるばかりなのよね。
森に入り二日ほど経過していた。
私を中心に、各方面に散らばっている奴隷たちは魔物と戦闘をしているかもしれない。
だけど、そこに私は踏み込まない。
ここにいるというだけで、こうなってしまうのは必然だから。
私の前にいるバナンに度々言伝が入り指示をしている。
ただ守られるだけ、私は何をすればいいのかはわからない。
私を慕う人は、私の平穏無事だけを望んでいる。
「クロ。皆は大丈夫かしら?」
「お気遣いありがとうございます。状況は分かりませんが、バナンの様子からしても問題はなさそうです」
問題はない。
その言葉を、言葉通りに受ける。
「そう……」
「大丈夫ですよ。イクミ様をお守りするのが私たちの使命でもあります」
「うん、わかっているよ。皆は強いからね、頼もしい」
「はい」
満足そうに胸を叩くクロの様子に私は分かっている振りしかできなかった。
屋敷の外を出て、こうやって危険な場所に身を置く。奴隷たちとともにしていると、どうしても考えてしまう。
私のしていることはやはり浅はかで、エルフの子供を帰すという大義名分を使い、非道なことをしているのではないかと……
もし、誰かが欠けたとしても、私を責めるのはきっと私だけなのだろう。
魔物は確かにいる。
この過酷な環境。なぜ、こんなことをしていると思うものがいても不思議ではない。
そう、それが普通な考え。
だけど部隊の考えは違う……そんなことすら考えない。
もしかすれば……考えようとすら、していない?
「私は……何がしたいのだろう?」
「お嬢様?」
「ごめん、ルビー。ちょっと悪い方向になっていたみたい」
まただ……この考えは間違っている。
ティアとクレスが不安そうな顔をしている。この子たちを無事に帰せばいいだけ。
今はそれだけでいい。
「お気を確かに……」
「お嬢、疲れたのか? 相手さんの村に着いたのだが、話せるか?」
「わかった。離れている皆を呼び戻してから私も降りるよ」
「了解した。お嬢になにか温かいものを頼む」
一緒にいたメイドに指示をすると、土台を作り魔法士が火を点ける。
手際よく具材を刻み、しばらくすると器に注いだ。
「失礼いたします。このようなスープで申し訳ありません」
「ううん。パルテ、ありがとうね」
「勿体ないお言葉です」
なんてことのない会話。
彼女にお礼を直接言うと、心の底から嬉しそうに笑顔をみせてくれた。
名前を覚えづらい私は皆に名札を作っていた。
パルテはその名札に手を置き指先で何度も撫でていた。
イクミ・グセナーレの奴隷、そして名前を刻印した金属プレート。
スープを飲み終えカップを返すまでパルテは私の後ろで控えていた。
「お嬢様、部隊は全て集結しました。欠員はおりません」
うん、大丈夫。
大丈夫だ。
「そう、よかった。ルビー、ルキアとクレス、ティアも呼んでもらえる?」
「かしこまりました。クロ」
「はい」
ティアとクレスにもスープを差し出し、本当に最後の食事を三人だけで過ごした。
話によると先行部隊は私たちのことを伝えるも、弓による攻撃を受けている。
幸いにも矢は当たることはなかったが、相手には警戒されているのは間違いない。
しかし、ここで立ち止まることはできないので、先頭にバナンとクロ、その後ろにルキア。
ティアとクレスはルキアの隣にして、真ん中に私とルビー。
後方を取り囲むように四人の冒険部隊という形になった。
危険ではあったが、それでも少数で行くほかない。
この人数で行けばまず話し合いにすらならないと思ったからだ。
「俺たちは囚われたエルフの子供を村に帰しにやってきた。穏便に願いたい」
「人間族よ、ここは我等エルフの村。このようなところに何の用だ?」
話聞いてなかったの?
あれは村の長でいいのだろうか?
他種族との交流がないためか、エルフを攫う人間がいるためか……まともな交渉はできないように思える。
「ルキア。この村であっているの?」
「ああ。そうだ」
ルキアの顔が、険しくなっている。
あの様子からしても、険しくなるのも無理はない。
私は、二人の手を取る。
震える手は、怖いのか、別れを惜しんでいるのかどっちなんだろうね。
「大丈夫だよ。守ってくれるから」
「お嬢様の隣には……」
「私の前にルキア。皆はここで待機……」
「お嬢! 本当にそれでいいんだな?」
「起きてほしくないけど……もしもがあれば、村が一つ消えるだけだよ」
そう言うと、部隊の全員の顔色が変わる。
躊躇うな、お前がこれを望んだのだろう?
この子らとルキアを帰すためにここに来た。
二人の腕には、私が送ったブレスレット。
上手くいかなかったら……本当にどうなるんだろう。
『お前らは、考えすぎなんだよ』
『後悔? 後悔なんざ、上手く行っても行かなくても付き纏うもんだ』
『だから考えるだけ、無駄。さっさとやれ』
親父さんが言ってた言葉。
俺たちを励ましてくれたあの人は、私ですら励ますつもり?
ここにいる時点で考えるだけ……無駄よね。
前へと進む。
ルキアもゆっくりと進んでいく。
遠くからでも、弓を引く音が聞こえてくる。
間違いなく私を狙っている。
「彼女はルキア。あと、子供が二人。訳あって私が匿っていたのだけど、ここの村の人であっているかしら? 今のところ、あなたたちに危害を加えるつもりはないのだけど。もし、私を攻撃するというのなら容赦はしないわよ」
二人の背中を押して、前に進めていく。
「あなたたち、今まで我慢をさせてごめんね。私たちはこれでお別れ、さあ行きなさい」
「お姉様。また、会えますか?」
「ごめんね。もう会えないの、あなたたちは村で静かに暮らしなさい」
「ほら、行くよ」
振り向こうとするティアの手を、クレスが掴み前に進んでいく。
「ふむ、たしかにその子らは覚えがある。先に子供たちをこちらへ。しかし、そこのまがい物は必要ない」
まがい物? 必要ない?
ルキアは視線をそらしたままだったが、何も気にしていないように見え、耐えているという様子もなかった。
「幼子よ、感謝する。では早々に立ち去るがよい」
「それを言うのは、ルキアにではなくて? あの人は身を挺して子供たちを守ったのよ?」
村の長、前に立つ目の前にいるエルフはルキアのことを見ようともしない。
私だけじゃなく、ルキアにも弓を構えている。
なんて、ふざけた連中なの?
「聞こえなかったのか? 立ち去れ」
「あら、随分な言いようね。あなたたちの子供を奴隷商人から守り、ここに来るのにも魔物から守りここまで連れてきたというのに、今すぐ帰れですって?」
「我等は他種族との交流をするつもりはない。この場を知られたのだから、本来は生きて帰さないところをありがたく……」
出会った頃のルキアと変わらないか……武器を手にしているからか?
このままだと私に何かがあれば……
「生きて帰さない? 恐らく、私の聞き間違いでしょう。では、もう一度お聞きしましょう。今なんと? 仰られましたか?」
ルキアの前に、ルビーが立っていた。
ルキアだけじゃなく、全てのエルフが……恐怖していた。




