47 お嬢様とルキア
「お嬢。かなり危険な道のりだ。悪いことは言わねぇ。俺達だけに任せておけ!」
執務室でバナンの大きな声が響く。
私を心配してのことだから、咎めるつもりはないけど……
「無駄ですよ、バナン。お嬢様がその程度のことで、私たちの言葉をお聞きになるとお思いですか?」
ルビーの言葉に、合点がいったのか口を半開きにしてソファーに座ると、ガシガシと乱暴に髪を掻いていた。
「そうなんだよなー。なんとか聞き出せたのはいいことだが……ここから北東の森の中なんだと。それなりに強い魔物がいる」
「北東の森? それってもしかして、パメルトラの森?」
クロは広げられた地図を指でなぞっていき、止まったところでバナンが頷く。
「ああ、そうだ。行くだけで一週間以上はかかる。内部の探索となると正直何日かかることか」
エルフの子供たちがこの屋敷に来て、すでに一年近くが経っている。
そして、ルキアがようやく集落のことを話してくれたのだ。
当然私もその旅に同行するつもりでいる。
そんなわけで、危険すぎるということから、二人はどうにか私を止めようとしている。
バナンとクロは、テーブルに置かれた地図を見て何やら考え込んでいる。
それは、今までのように済む話ではないので二人を悩ませている原因でもある。
私は夕食をいただいているのだけど、うるさいことこの上ない……
「お嬢。悪いがもう一度言わせてくれ、本当に行くのか?」
「皆からすれば行かせたくはないのはわかる。私みたいなお荷物の相手をしながら危険な場所へ行くのは無謀よね」
私は弱い。今はあの小さいチロにでさえ、私だけが剣を持っていたとしても間違いなく私が負ける。
というよりも、奴隷の子供たち全員に勝てない自信すらある。
そんなのが付いてくるっていうのだから、二人にとって最悪でしかない。ルビーは半分諦めているようだけど。
「それでも、私は約束したのよ。必ず帰すって」
「お嬢。俺たちはお嬢に危険があるのなら止めてほしいってだけだ。俺から何を言っても無駄だということも分かっている。だったら、そんな言い回しは聞き捨てならねぇんだよ。ここにいる奴らはお嬢を守るためにいる。それはわかってくれ」
「そうよね。ごめんなさい」
いくら弱いからと言って、私はバナンや奴隷たちの主だ。
だからなのか、卑下をすることを、かなり嫌っている。私が皆に自信を持てと言っているのに、その私がこんなことを言うことが気に入らないのね。
「なら言い直すわ。私はこの子たちを帰すために、パメルトラントの森に行く。あなたたちは同行し私を守りなさい」
「お嬢様。パメルトラの森です」
聞かないふりをして、残っていた夕食に手を付けごまかす。
本当に何なんだろうね、私ってここまで物覚えが悪い方だったかしら?
次の日の食堂にて……
「お嬢が行くって決めたのなら……おめぇら、分かってんだろうな!」
「「おおーー!!」」
「いつもみたいに、更地にするぞ!!」
「「おおーーー!!」」
扉を開けるとこれである。
更地ってなんだよ……私たちは地上げ屋か?
奴隷たちの声が食堂全体に響き渡る。
鬱陶しく思っていた時期もあったが、今ではこれが頼もしい。
しかし、そんな中でも状況を察した子供たちはあまり嬉しそうな表情をしていない。
「どうしたの? 煩すぎた?」
私の声で、騒がしかった食堂は一瞬で静まり返った。
なんというか、誰の指示かはわからないけど軍隊みたいになっていない?
「あの、お嬢様。クレスとティア居なくなっちゃうんですか?」
「ごめんね。仲良くしなさいって言っておきながら。本当にごめんなさい」
「ううん。お嬢様は何も悪くない、です。私は、わたし……」
「大丈夫。何も気にすることはないわ」
私は泣きじゃくる子供を抱きしめ、ただ謝ることしかできなかった。
ティアも涙を流しながら、私にしがみつき二人を抱き込むと他の子供たちも同じようにしがみつき出した。
先ほどと打って変わり子供たちの泣き声が響いていた。
「お姉様……お姉様」
「ティア、それにクレス」
「お嬢様」
ティアは、私のことをお姉様と言ってかなり慕ってくれていたけど、分かっていたこととは言え少し辛いわね。
一頻り泣いていた子供たちも、私が手を離し立ち上がると各々泣くのをやめていく。
「子供たちはこれから旅に出るまでの間、一切の仕事を禁止する」
「「「分かりました!!!」」」
「皆。数日しかないけど、好きなだけ遊べばいい。したいことがあれば皆に相談すればいい。どうしたって別れは辛い。なら今という時間を目一杯楽しみなさい。分かった?」
そう言い切って、ティアとクレスの手を子供たちに委ねた。
少し重い足取りだったが、庭へ出ると何かを叫ぶ声が聞こえ、いつものような声が聞こえていた。
「メイドたちには苦労をかけてしまうけど、数日間よろしく頼むね」
「かしこまりました。私たちも精一杯務めさせていただきます」
料理部兼メイド。
ルビーだけでなく、彼女たちもルビーの下につき私の身の回りもしてくれるようになっている。
とはいえ、相変わらず隣に立っているのはルビーだ。
「バナン。部隊の数人を子供たちの見張りにして、危険がないようにね」
「了解した」
「バナン。子供たちが怪我をした場合には、ポーションを使ってあげてください」
たとえ軽い傷でも、残された時間はもう少ない。
それなら、ポーションを使っても問題はないよね。ルビーの指示は的確よね。
「いいのか?」
「もちろん、使っていいわ。皆、よろしくお願いします」
私が一礼をすると、奴隷たちは皆同じように頭を下げている。
朝食を済ませて、いつものように執務室に入ると、テラスにはルキアの姿があった。
ここからでも聞こえてくる声からして、子供たちを眺めているのだろうか?
「ルキア、ありがとう。村の場所を教えてくれて」
「感謝されるいわれはない。私がもっと早く言えさえすれば、あの子達はあんなにも泣かずに済んだかもしれない」
「今そんな話をしても意味はないよ。あの子達にとって貴重な経験ができただけでも、私は有意義なことだと思うの。でも、あんなに泣かれると少し決心が揺らぎもしたわ」
「そうか」
ルキアの表情からしても、私と似たことを思っているのかもしれない。
ここにいれば、私に何かがない限り自由に近い生活を送ることができる。
彼女は無愛想ではあるけど、それなりに私のことを認めている気がする。と、思いたい。
冒険部隊での活躍、エルフだけではなく奴隷の子供と一緒に遊んでいるところも見た。
私に悪態をつくことももう無くなっている。
何がきっかけだったのかわからないけど……これからは、彼女も平穏な日々が送れるとよい。
ここを出るのが決まった以上、彼女にかけていた枷はもう必要ない。
「ルビー、アレを持ってきて」
「少々お待ちください」
遠征が決まり、冒険部隊は一時休止。
私の部屋に置いてあった魔石をルビーから受け取る。
子供たちは聞き分けが良く、今はなんの枷もない。
「もうこれは、必要ないわね。今まで本当にごめんなさい」
魔石を空へと投げる。
「クロ」
投げた魔石は、真っ二つに割れ地面に転がる。
ルキアの背後に立つクロ。ルキアに付けられていた首輪が割れる。
これは、彼女に対しての警告にも思えた。
今、目の前にいるのは魔力を取り戻したエルフ。
場合によっては私の敵になりうる人物。
クロの表情は、いつでも彼女を斬るつもりだ。




