46 お嬢様は八百長を見せられる
二人の勝負が始まり、一時間半が経過。
ルールの説明や、感想を織り交ぜているため時間がかかっている。
オセロは割と早く決着が付いたのだが……一枚差でルビーが勝つという展開。
今は将棋の終盤。これに至っては接戦の末、ルビーの投了によりラズ兄さんが勝利。
まあ、なんということでしょう。
私を圧倒するルビーに対して、初めてプレイされたラズ兄さんは、まさに天才。
なんてありえるわけがない。
本当の実力を知らないラズ兄さんは、ルビーの掌でこのゲームが進行していた事実に気づいていない。
どう見てもわかるミスを、真剣な顔をしてプレイしているルビー。
このなんとも言えない、茶番を見せられている私はどうすればよかったの?
「楽しかったぞ。これなら、貴族だけではなく庶民にも浸透するだろうな。だが、しかし……」
「何か問題でも?」
「ルビー。君がいたというのになぜこれを、放置していた!?」
「申し訳ございません」
途端に声を荒らげるラズ兄さんに、私はびっくりして手にしようとした紅茶のカップを倒してしまった。
なぜいきなりルビーが叱咤されるのか意味がわからない。
「待ってください、ラズ兄さん。なぜルビーが責められるのですか? ルビーは何も悪いことなんてしてません」
「いいかいイクミ。この遊戯はとても素晴らしいものだ。子供から大人まで誰でも簡単に覚えることができる。作るのですら容易とも言えるだろう」
「はい。そのようですね……それが?」
ルビーは「申し訳ございません」と再び深く頭を下げていた。
私としては、いきなり責められるルビーに対して納得がいかない。
「ラズ兄さん。一体何が不服というのですか。このオセロや将棋のどこがだめなのですか? それに、なぜルビーを責める必要があるのですか?」
「すまない、声を荒らげたことについては謝罪しよう。イクミはこの遊戯にどれだけの価値があると思う?」
「価値ですか? えっと、銅貨五枚ぐらい?」
「申し訳ございません、ラズバード様。お嬢様……以前にも申し上げましたが、この遊戯はお金を生み出します。それこそ、中規模の街ひとつに匹敵するほどの価値が」
それは聞いたけどどういう意味なの?
まあ確かに今は売れるかもしれないけど、大量生産するほど売れるはずもないよ。
「すまなかった、ルビー。イクミの様子からしてなんとなく悟ったよ。この遊戯は私の方で預かるが構わないか?」
「だ、だめです。それを持っていかれると……女将さんが困ります」
「まったく……これはちゃんと返すよ。もちろん君の物も取ろうとは思わないよ」
ラズ兄さんは何が言いたいのかよく分からなかったけど……オセロの準備をして、一人で遊び始めていた。
表情は真剣そのもので、一手一手に対し長考をしつつ戦略を練っているように見える。
「ルビー。イクミにはもう少し広く世情を教えておいてくれ。今後このようなことがないように。そしてまた、何かを作ることがあればまず私に報告をするように」
「かしこまりました。似たような事案がございましたら、書状にてご報告するように致します」
「そうだな、君には印を贈ろう。何かあれば……いや、気になったことがあれば何でもいい。それでは頼んだよ」
「ありがとうございます」
私を置いてけぼりで、話が進んで終わったらしい。
ラズ兄さんは、まだ一人で盤に向かって考え込んでいる。
今思えば、奴隷たちも夜になればオセロや将棋を楽しんでいるのをよく見かける。
もしかしたら、街でも似たようなことになっているのかもしれない。
こういうゲームをするのは楽しい。しかし、これは娯楽。
暇をつぶしたり、遊んだり、楽しんだりするもの。
子供たちは遊びの中で発見し、それが娯楽として広まったものもあるだろう。
だったら、なんでこの世界には娯楽が生まれることがなかった?
子供たちは大人の手伝いをする。
遊ぶということが子供の頃からなかった?
その理由は何なんだ?
狭い世界しか知らない私のせいで、ルビーに迷惑をかけてしまったのだろうか……
「ごめんね。ルビー」
「お気になさらないでください」
ルビーに視線を送ると優しく微笑み返してくれた。
私のせいで怒られたのに……
「ところで私はラズ兄さんとの対戦はダメだったの?」
「私の口からは何とも」
その言い方、私が悪いみたいなことを予感させるのだけど……しないよ?
なんで目を逸らしたの?
「イクミ様。只今戻りました」
「おかえりなさいクロ」
「君の護衛は、主の側から離れていて大丈夫なのかい?」
「ラズバード様! 申し訳ありません。返す言葉もございません」
「気にする必要はないわよ。ラズ兄さんも意地悪な言動は謹んでください。ここはグセナーレ家の屋敷ですよ?」
屋敷の周りには冒険部隊が数人取り囲み訓練し、改良した塀には見張りも立っている。
ここは私にとって安全な場所でしかない。
私が屋敷にいる間は、たとえ一人で居ても何も問題はない。とはいえ、ルビーはいつでも隣を離れようとはしないけどね。
「まあ、大目に見るとしようか。では、クロ。一戦頼めるかな?」
「は、はい?」
私はオセロの対戦の相手だと思っていたのだが、奴隷たちがいつも訓練で使っている広場へとやってきた。
両者は木剣を構え見合っている。一戦ってこういうことだったの?
「ねえ、ルビー。なんでこんなことになっているの?」
「ラズバード様は、クロの実力を測りたいのでしょう。パーティーの時もそのようでしたから」
パーティーで、そういやクロと何か話をしていたっけ?
「あの時の? 私の知らないところで二人は会っていたのかな? どうしたのルビー、頭を押さえたりして」
「いえ、何でもありません。お嬢様はどちらが勝つと思われますか?」
「クロが勝つに決まってるでしょ。強いからね、クロは」
何度か、剣撃の音がしていると思ったら、ラズ兄さんが持っていた剣は地面に落とされていた。
そして、クロの剣がラズ兄さんの喉元に突きつけられている。
私の目からは、何がどうなって、結果そうなったのかを説明してくれる人がほしい。
一つ、剣の動きが見えない。
二つ、二人の姿がいきなり消える。
三つ、なんでラズ兄さんは剣を落とした。
ほんの数分の話だけど、見えていないのって私だけだったりする?
というか、本当に人間なの? クロは獣人だけど、早すぎてどうなっているのかさっぱりわからなかった。
ただ、まあ、私の護衛は強い。ラズ兄さんも強い。
それでいいということにしよう。
「さすが獣人と……すまない、さすがイクミの護衛をしているだけのことはある。見事な腕前だ。これからもイクミのことをよろしく頼むよ」
「はい。この命に替えましても、必ず!」
クロは手を胸に当てて深く頭を下げる。
「ラズ兄さんはこれからお帰りになるのですか?」
「なんだ、もう帰れってことかな?」
いやいや、そうは言ってないから。
「君は何も気にすることはないよ。思ってもみない収穫があったからね。あまりゆっくりとしている時間はなさそうだ」
「そうですか? わかりました。お気をつけて」
「ああ、また今度ゆっくりとお邪魔させてもらうよ」
また来るのはよいのだけど、結局何をしに来たのだろう……?
その日の夜
私は正座をさせられている。眼の前には腕を組み、私を見下ろすルビーが立っている……顔は見上げられない。怖くて……
ラズ兄さんを客間に案内する際、私はやらかしていたらしい。
あの時、ラズ兄さんは、自分の腕に私が手を添えるのを待っていたらしい。私はそれに気づかず先に歩いてしまったため、お仕置きを受けている。
「お嬢様とラズバード様はご兄妹ですので、そのように接しても何ら問題はございません」
「いや……それ私、教えて……もらった?」
あ……余計な一言だったかもしれない。




