36 お嬢様とエルフ
「なるほどね。こういう場所であればルビーたちが言うように、私がここにいることを嫌がるのも当然ね」
私たちは奴隷市場の街の中を歩いていた。
多くの奴隷たちがまるで露店の商品のように並べられている。そこで目に映る光景は、最初に目覚めたばかりの頃の自分を見ているかのようだった。
ボロボロの布をただ巻かれ、快楽目的の奴隷は恥部を隠すことすら許されていない。
当初ルビーたちが考えていたのは、私はテントで待っていて何人か見繕ってくるものだったらしい。
私はそれを撤回させこうして奴隷市場の街に入っている。
街と言っても、本当に無法地帯に等しい。商人の護衛たちは当たり前のように武器を持っている。
危険が多いこの場所で、私の周りには十人ほど護衛として取り囲んでいる。
何人かの商人は、私が来たことで声を張り上げているものもいた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「別に……何を気にすると言うの? この場所の、この光景がむしろ当然なのでしょ?」
奴隷市場に入る前、私たちの顔を見られないように頭巾などで顔を隠している。
私とルビーはベールで顔を隠していた。
「申し訳ございません」
私の心配をしたルビーは何も悪くはない。
そう言わざるを得ないほど、私の苛立ちは声に出ているのだと思う。
この苛立ちは、奴隷を人として見ていないこと。だが、ここにいる人たちからすればこれを異質だと感じる私の方がおかしいのだ。
バナンたちは私の周りを取り囲み、辺りのことよりも私に降りかかる危険性に目を光らせている。
隙間からわずかに見える状態だと、奴隷とはどういったものか掴めそうにもないわね。
昨日のことを少し思い出してしまい、私は軽く頭を振った。
「カッシュ。どの人がいいと思いますか?」
「生産系に優れたものでしたよね。それでしたらあの男などいかがでしょう。農奴をやっていたようですから」
「そう。一応候補に入れておいて」
数箇所見て回ったが、苛立ちは募るばかり。
いくつかの建物があるが、そこに奴隷たちがいるのではなくここにいる悪党どもの根城になっている。
何人かの奴隷を見て回ったが、鎖で繋がれておらず暴行の形跡がないのは、その中のほんの一部だけだった。どの奴隷たちも生きる気力を無くしたのか、虚ろな目をしている。
私が初めて皆を見た光景と何も変わらない。
薄暗い檻も、安っぽいテントも、閉じ込められているのに変わりはない。
生きることすら絶望していた奴隷たちと……私が閉じ込めている奴隷たちも、どちらも変わりはしない。
なら、これから行う行為だって、本当にあの人たちのためになるのだろうか?
クロの言う言葉がいまだにわからない。私は必要になったから奴隷を買う。
この世界では奴隷が当たり前だったから、そういうものかと思っていた。
この場所に近づけば、自分の行いに後悔する。
必要だとねじ込み、否定する自分を押し留め、私もやはり、そこらにいるゲスと何も変わらない……
「お嬢様……本当に大丈夫なのですか?」
「ごめんね、変に気を使わせたみたいで……私なら大丈夫よ」
「そう、ですか」
ここにいる商人の大半はまともではないと、来る前にバナンたちに聞かされている。
だからこそ、ここでは弱気を見せることもなく気丈に振る舞うように言われた。
付け込まれないように……そう考えていたはずなのに、もはやそんな余裕もないほど、心は蝕まれていた。
私に危険が及ばないよう、皆が私を取り囲み外敵から守ってくれている。
頭で分かっていても、実際には私がこうなってしまうことを何より気にしていたのかもしれない。
私を守るため、場合によっては命すら投げ出して……
「俯くなよ。前を見ていてください」
「ごめ……そうね」
弱い言葉を出すのは危険だ。
この思いは後回しだ。
私が言ったことをやらなければ、皆に対してまた迷惑をかけることになる。
少し離れたテントの裏で、殴られている少年の姿が見えたのだが……
「あの子たちは……エルフ?」
「お嬢、あれには手を出さないほうがいい」
「バナン。あなたは誰に向かって言っているのかしら?」
ルビーは首を振りバナンに制止を促していた。
バナンは私たちの目を交互に見てから、小さく息を漏らして道を譲っている。
私はエルフたちのいる方へ足を向けた。
何があったのか知らない、だけど、私には……
「少しよろしいですか?」
「おお、いらっしゃいませ」
「エルフとは珍しいですね。もしかして、他にもいるのかしら?」
「もちろんでございます。ささ、こちらにどうぞ」
奥にあるテントの中にエルフの子供がもう一人いた。
外にいたものも含めて全部で二人。
そして、一人だけ柱に手足を縛られた女性のエルフ。
体のあちこちに傷があり、その反抗的な目がそうなるに至った原因なのだろう。見窄らしい布にも所々に血が滲んでいる。
彼女には、首輪をはめられていた。
並べられた子供たちを見ている私をじっと睨んでいた。
「この子たちはおいくら?」
「何分希少ですからね」
「ですから、おいくら?」
「子供は一人につき小金貨四枚です。ええ」
まさに絵に描いたような悪徳商人。気に入らなければ奴隷を殴り、お金をくれそうな相手には手揉みをして下手に出ている。
子供とはいえ、確かに高い。
ただ、希少っていう名目だけで、どういった使い道があるか分からない奴隷にこの価格は……きっと、そういうことなのだろう。
だがおかしい……エルフは別にしても、ここにいる奴隷たちはバナンたちに比べるとかなり高い。
体の健康状態からしても、まともに使えるようなものではない。
なら、なんのために?
一体どんな理由があって……いや、今考えている場合じゃないな。
その疑問はまだ解決できるはずもない。
「この子たちは買えそうですか?」
ルビーは何も答えず一度だけ頷く。
「この人も含め全員、小金貨十枚ではいかがでしょう?」
「は? これはこれは、お目が高い。ですが、全部で小金貨十枚というのはいささか無茶というものでは」
子供二人で小金貨八枚。子供よりも、女性で大人なエルフはより高価。
「彼女の値段はいくらなの?」
「小金貨七枚。ですので、合計十五枚となります」
「そう、わかったわ」
子供であるエルフよりも、成人した女エルフであれば利用価値は高い。
とはいえ、私にはそのつもりはないし、なによりこの商人が気に入らない。
たった三人の奴隷に小金貨十五枚。この価格を提示した時の不気味な顔は二度と見たくはない。
子供たちは手を縛られ、女性は足かせはないが、手を後ろで縛られている。
「これで足りるだろう」
ルビーから受け取った金をバナンが手渡している。
「確かに、ありがとうございます、ではこれについて少々ご説明を……」
エルフたちに付けられている首輪は、魔封じの効果があり魔法を使えないようにしている。
そして、エルフたちと一緒に渡された魔石。この魔石は首輪と対になっていて、離れすぎると首輪の呪いによって死ぬというとんでもないものだった。
なぜこんな物が必要なのか、人間や獣人と比べ魔力の高いエルフには奴隷紋を刻むことはできないらしい。
それでも、人目に付かないエルフだからこそ高値で売れる。
私の知る話の通り、見た目は多くの男を惹きつけるだろう。
「ここにはもう用は済んだわ」
「かしこまりました。お嬢様」




