33 お嬢様は不機嫌です
用意されていた、料理が運ばれてくる。
屋敷で食べるようなものと同じで、保存食は出なかった。
「こんな外でも、温かい美味しい料理が食べられるなんて思ってもみなかったよ」
「はぅ、お嬢様が私の料理を褒めて……」
「確か料理部の?」
「はい。当然です」
いや、何が当然なの?
会話になっていないのだけど……この野営が始まって分かったことだけど。奴隷の皆は私が少し褒めると、涙を流したり叫んだりと歓喜している。
私にはまだ皆の感覚についていけない。
それから何人かの奴隷たちと話をしつつ過ごしていた。名前さえ覚えていない私に対し誰も咎めるようなことはなく、覚えていない私は申し訳なさを感じていた。
あの頃よりも、皆は近くにいてくれる。近くにいたのに……私が知る名前は数人。
覚えようと努力はしたが、顔と名前が一致しない。
だからかもしれない。私は、私を称える彼らに踏み込めないでいる。
野営を見渡しても、寝床となるテントはたった一つしかない。それが何を意味しているのか、答えは簡単だった。
私だけに設けられたテント。そしてその内装は、ベッドが用意され床には真新しい白い布で覆われていた。
ルビーに促されるまま布団の中に入る。
屋敷で使っているベッドでないからか、その日はなかなか寝付くことができないでいた。
テントの外では、交代で見張りを続けている。
聞き慣れない、金属鎧の音。
その音が、ここが安全な場所ではないことを、私に改めて理解させる。
私が言わなければ、皆を今まで以上に働かせる必要はなかった。
これは誰のために?
私がよりよい暮らしを求めたせい?
目を開けたが、何も見えない。
瞬きをしてもそれは変わらない真っ暗闇。
今はあれこれ考えても、闇に沈むだけ。
周囲の音に耳を傾け、一人じゃないことだけでいい。
普段のようにルビーの声で目が覚める。
見慣れない光景に、現状を理解するのに少し時間がかかった。
「おはよう……」
「おはようございます。お嬢様、お体は大丈夫ですか?」
「寝る場所が変わると、思っていたより寝起きが悪いみたいね。そんな心配そうな顔をしないで。私は大丈夫だよ」
「ご無理はなさらないでください」
テントから出ると、整列をした冒険部隊が私を出迎えてくれる。
この人たちには疲労という言葉はないのかしら? なんで、朝からそんなに元気なのよ……
「皆、おはよう」
「「「「おはようございます」」」」
「今日もよろしくね」
「「「「はい!! お任せください」」」」
こ、声でかい。ところで……肝心のあいつの姿が見当たらない。
こういう集まりは、リーダーであるバナンが先頭にいるはずなのに、部隊の中心にいる彼はサブリーダーなのだろうか?
「ねぇ、ルビー。一つ聞きたいのだけど。昨日に引き続きバナンの姿が見えないのだけど」
「おそらく偵察でしょう」
ルビーは我関せずと言わんばかりに澄ましている。
先行しているバナンたちは何を考えているの?
「それでもおかしいよね。昨日後ろにあった馬車は無くなっているし」
「何を仰っているのですか。馬車ならそこにあります」
それ私が乗っている馬車だからね。
私がテントに入ってから、皆が何をしていたのかは知らない。
本来あるはずの馬車とあの馬鹿を筆頭に何人かの冒険部隊の姿も見えない。
「いやいやいや、それは昨日着いた時からそこにあったから」
「お嬢様……いっそ諦めたほうが、よろしいかと思いますよ?」
これまであまり見たこともないような顔をしていた。
「何、いい笑顔で無茶苦茶なことを言ってるのよ。バナンたちに何かあったらどうするの?」
バナンだけじゃない……他の誰かでも同じことだ。
誰も傷ついてほしくない。誰も……死んでほしくない。
私は人を殺した。そして、お前たちを殺せる私なんかのために……
野営から出発して、辺りは昨日と変わりがないほど、見渡す限り何もない草原と所々に見える森ばかり。
ゆっくりと流れる風景をただぽけーっと眺めていること以外に、馬車の中で暇を持て余していた。
しばらくそうしていると、外から微かに聞こえる誰かの声。ほどなくして馬車は停止をしていた。
「あれ、何で止まったの? 休憩にしては早くない?」
辺りを見ると前後の馬車が止まっている。
こちらの馬車に近づいてきた馬に乗っていた青年。
確かサブリーダーの……確か、カッシュ?
「どうしました?」
「申し訳ありません。早いですが、少し休憩にしましょう」
「そうですか……わかりました。お嬢様、昨日話されていた遊戯のことをもう少し詳しく聞かせていただいてもよろしいですか?」
「それはいいのだけど……」
休憩にしては、馬車の外には出してもらえず後方の馬車の周りにいた冒険者たちも何人かは姿が見えない。
そして、私には窓の外を見るたびに手を掴み話しかけてくるルビー。
鋭い眼光のまま降りていったクロ。そして、私が率いる冒険者の奴隷たち。
このあたりで何かが起こっている、それが何なのかは容易に想像がついていた。
「休憩ねぇ……どうせ、魔物でも現れたんじゃないの」
「そのような報告は来ておりません。ただの休憩です」
おそらくこの辺りで戦闘があるのだろう。ルビーの言い回しがそれとなくそう思わせる。
皆からすれば私はまだ十歳の子供だ。だから過保護にでもしたいのだろうか?
ルビーと話をしていると、扉が開き何食わぬ顔をしてるクロが対面に座る。
「何が出たの?」
「あっ、いえ。馬が少し疲れていただけですのでご心配なく」
慌てるクロの様子からして、口止めを徹底しているのだろう。
「さ、お嬢様。ちゃんと座ってください、危ないですから」
「ねぇ、ルビー。私は別に気にしてないのだけど……いや、気になるのよ。知らないまま、見せないままにされて」
不貞腐れ、駄々をこねる十歳の子供なら楽だったと思う。
この辺りで何かがあった、その理由もある程度は理解している。冒険部隊が何をしてきたのかは、報告書で知っている。
見えるものが近くにあるとするのなら、彼らがどのようなものを相手にしているのか理解したい。
「お嬢様……」
これが、いまの現状。
察してしまうのは当然であり、子供の姿をした私に魔物を見せるのは憚られる、ということなのだろう。
皆は私がどういう子供か理解しているはずなのに、子供というものが邪魔をする。
その対応に腹を立ててしまう。
「申し訳ございません。おそらくそうなのでしょう。ですが、彼らの懸命さを汲み取ってください」
「いつまで……それを続けるつもり?」
クロの視線は辺りを泳いで、目を合わせようとしない。
子供扱いされるのって正直辛い……それでも、報告ぐらいしてほしい。
私自身が子供ではないから、皆の行動が知りたいと思う。
これまでの報告で、冒険者というものがどれだけの危険を冒しているのか、何となくでしか分かっていない。
今までに数多くの依頼をこなし、今のところ誰一人として欠けることもなく私たちの生活の要になっている。
ただ、その報告は結果だけであり、彼らの行動を知るには不十分でもあった。
しかし今は、その行動を知る機会でもある……だからこそ知りたいと思っている。
私の行動は、皆にとって本当に正しいことなのかを……




