31 お嬢様は苦悩する
「うん、まあいいや。えっと、そうそう、奴隷を増やすって話だったね」
報告書の数々を、あのトパーズが作成していたという事実。
だがしかし、トパーズのことは理解より先に、拒絶反応の方が来てしまう。
「よくはないとは思うのですが……」
同僚のことをよく思われていないのが不満なのか、私が理解を示していないのが不満なのか……ルビーは大きく息を漏らしている。
大丈夫だよ、ルビーのことは信頼しているよ。
「話を戻すけど、奴隷を買うってことは、他の奴隷商人からだよね。あまり行きたくはないな」
「そんなこと言わないでください。奴隷商人には卑猥な豚どもが多いですが、イクミ様は別格です。そして、イクミ様に買われた多くの奴隷たちは、自身が救われたことに感謝しております」
クロが私に対する評価を、盲目的に持っている気もするのだけど。
私が奴隷を増やすというだけで、目を輝かせるようなことなの?
言いたいことは分かったから、少し離れて。詰め寄ってくるクロを押しのける。
「私も奴隷商人だし、その豚と同じだと思うよ」
「は? 何言ってるんですか?」
クロのよく分からない言動に、疲れのようなものを感じて、テラスに用意されている椅子に座る。
青々とした、遠くの空を眺める。
なんだか、私が奴隷を買うイコールで助けるってことになってない?
私としてはただの労働力確保なんだけどな。この世界だとよくあるんだよね?
いつも行く街にも奴隷は何人か見たことがある。特に目立っていたのは、行商人がよく奴隷をこき使っていたことだ。
私の心情を察したのか、ここに座ったからか、紅茶が用意される。
ルビーはほしい時を理解してくれている。
「クロ。そのような場所へ行くのなら、お嬢様のことを考えると用心に越したことはありません。最低でも十八人ほど、冒険部隊を連れるのはどうでしょう?」
現在、この屋敷にいるのは、バナンとクロを含めて四十九人。子供が五人、子供たちに勉強を教えている講師が一人。
屋敷内の掃除や雑務、十二人。この中の数人は女将さんのところで手伝いをしている。
そして、冒険部隊の人数は三十一人。
いつも行く街なら六人。その三倍は、遠方だから妥当な人数?
残ってる人数からすれば、とくに問題はないかもね。
「それで済めばいいと思うけど……」
クロは庭にいる冒険部隊を見て、耳が垂れていた。
「なにか問題でもあるの?」
「私の考えすぎかもしれないし。うん、付いてこれそうな人をバナンと話し合ってみます」
冒険部隊の方はクロに任せるとして、たしかこの辺りに……
執務室に戻り、本棚を眺めていく。お目当ての物を探し当てる。
「これを眺めるのも久しぶりだね」
最初に付けられていた奴隷たちの価格表。
奴隷と言えど、人の命であることに変わりはない。だというのに、この金銭感覚は私の常軌を逸している。ここにいる奴隷たちの価格は、高くても銀貨たったの五枚。あまりにも安すぎる。
多くの行商人は奴隷を使い、商会の中でやりたがらない仕事や力仕事をやらせている。
商品と割り切るのであれば、安く売るのは悪い話ではない。
冒険者で考えると、奴隷落ちするほどの借金をした。その対価を、自身で払っていた。
この価格表の金額が仕入れ値だとすれば、借金の肩代わりとしてはあまりにも安すぎる。
考えれば考えるほど合わなくなっていく。
冒険者をやっていたバナンは違約金の借金から奴隷になった。依頼のトラブルが法外だったのか別として、売っている金額がこれでは話にもならない。
奴隷商人は、借金を立て替えているのだから……借金の額に相当するはずでは?
であるのなら、安く売っても買い損でしかない。
その価格表にマークを付けられている奴隷は、娼婦だったり、その予定になっているものだった。もちろん、あのクロにも付けられていた。
吐き気がするのは、この娼婦価格だ。
まったくもって気に入らない。
「まったく、娼婦なんて……」
「お言葉ですが、娼婦もまた立派な職業なのです」
「だけど、奴隷だからって無理やり」
「そうではありません。なぜそのような職業があるのかについてです」
ルビーの言葉に、私は反論する言葉が見つからない。
「奴隷だけが娼婦ではありません。娼館もございますし、それが無理強いでなければどうでしょうか? であれば、咎める対象になりえないと思います。彼女たちもまたそうやって生きているのです。どんな職業であれ、需要があるから存在しているのです」
確かに、前世でもそういったお店は無くなることもないし、昔からずっとある。
自分の勝手な価値観を、職業に対して優劣を決めつけていたというわけか。
どんな職業でも、需要があるから存在している……か。
だったら……奴隷に落とす意味は、何だ?
「この屋敷でも、娼婦を見つけるべきだろうか」
「必要があれば」
三大欲求の一つでもあるし……そういうものを、必要があれば、か。
「ごめん、ルビーの言いたいことは分かったよ。これに協力できるものも……いずれ検討する。この辺り一帯は私の好きにしていいってことだから、敷地拡大と労働者確保。今は、この二点で考えることにする」
「かしこまりました……ところで、お嬢様」
「どうしたの? 他にも問題がある?」
「つい、私もお嬢様のペースに振り回されましたが……今のお嬢様はお休み期間ですよね?」
「しょ、書類整理はしていないかな? ほら、今のは……そう! 雑談。雑談だよ」
私は、馬車に押し込まれ……再びあの服屋に連行された。
奴隷を買いに出かける準備には数日かかると言われ、私は屋敷を見て回ったり、ダラダラと過ごしていた。
その間、元娼婦の奴隷たちに少しだけ話を聞いてみた。
たとえば……という話を枕にして、そっと聞いてみた。
男の多いこの場所に、女性も少なからず共に暮らしている。
問題にならないと思いたいが、それでも間違いが生まれる可能性は大いにある。
使用人として働いている彼女たちは、私が言う内容も四人ほど快く受け入れてくれたのだ。
『少しでも嫌だというのなら断ってほしい。片方の欲求のために、あなたたちを傷つけたくないの』
『お気遣いありがとうございます』
『そのようなお顔をされないでください。私も彼らには感謝しております。危険を顧みない彼らの、一時の休息になるのであれば』
『でも……その……子供が』
『ご心配にはおよびません』
ここはさすがというべきなのか? 魔法の世界だけあって、避妊魔法というわけのわからないものがあったことに驚いた。
それを言うのなら、奴隷魔法も変わりはないか……
魔法を私はまともに使うことができない。各属性に色々と魔法はある。
火、水、風、土、雷、音、光、闇、そして各属性に該当しない、無。
魔法の属性は自然から成り立っている。
その避妊魔法や私が使う奴隷魔法は、無に該当する。
奴隷魔法は、命令と解放。だが、命令無視でなくとも、あの苦痛だけを与える魔法もある。
この魔法が使えたことで今があり、この魔法を嫌悪している。
彼女たちもまた、その魔法が使えたからこそ……そうせざるを得なかったのかもしれない。
翌日から、浴場の隣に新たに部屋を設けることとなった。
冒険部隊に対して感謝していたとしても、せめて体ぐらいは綺麗にしてほしいみたいね。
壁を厚くしての防音と、避妊魔法。
それにしても、魔法があるからか、ファンタジー世界というものは、もはやなんでもありなのだろうか?
屋敷の拡張に伴い、奴隷を増やすということは、今いる奴隷たちにとって何かしら思うところがあるのかと考えていた。
賛成・反対の意見や問題点など、私の思いつかないこともあるだろう。
『さすがお嬢様です。そのようなご立派なお考えをお持ちになられて。お仕えできて光栄です』
『俺はよいと思うぜ。お嬢の奴隷なら、何人でも大歓迎だ』
『なるほど、よいお考えだと思います。ご当主様』
話を聞いても、なぜかクロと同じような考えを持っていて、私が称賛される。
皆にとって私の存在って、なんなのかしらね。
ただの奴隷商人なんだよね?




