30 お嬢様は暇が嫌い
「もういいわ。それにしても、オークの群れか。バナンたちは大丈夫なのかしら? 冒険者もやられたと言ってたし」
魔物、その中でもオークか。ゲームとかだと豚のような魔物だったかしら?
友人がやっていたゲームだと、弱いモンスターとして登場していた。だけどこの世界ではどれほどの相手かよくわからない。
私は頭を振って考えを改める。だめだ、ゲームなんかを考えても意味がないじゃないか。
バナンたちは以前にも一度オークの集落を蹴散らしているけれど、今度も上手くいくとは限らない。
「それなら恐らく問題はないでしょう。まったく被害がないとは言いませんが、欠けることはないと思われます」
「そうだといいけどね。いっそ、薬師の経験を持つ奴隷とかいないかな」
「ポーションを作るつもりですか?」
「そ、屋敷の周りは私の好きにしてもいいと許可ももらっているしね。屋敷の中だろうと敷地内だろうと……どうせなら徹底的に武具の開発や錬金施設なんかも作りたいよ」
私が拳を握りしめて語っていると、クロは困ったような顔をしている。奴隷たちに何かできることがあるのならこういうものを作るだけでも意味はあると思う。
ルビーの顔には『もう少し自重してください』と書いてある。
何なのよ、そのあからさまな反応は……
屋敷を拠点に、生産物も向上させより一層の強化を図ることで生活基盤を安定させる。
魔法研究所とか大それた物はできないだろうけど、武具や薬などなら製造できるかもしれない。私の元を離れるにしても、手に職をつけているのならなんとかやっていけるはずよね。
「それには莫大なお金が必要になりますね。今の財政では作ることさえかなわないですね。そもそも、ポーション作りができる奴隷がいるとお思いですか?」
「そんなことは分かってるよ。でもポーションがあれば少しでもゆとりが生まれるでしょ? 死んでしまったらそれで終わりなんだし」
「そうですね。ですが最初に比べれば随分と強くなっていますよ。近くで見てきた私が言うのですから」
クロの強さは分かっているつもりだけど、全員が強いことなんてまずありえない。
ポーションだって有限だからこそ、必要以上に持っていても損はない。
生産業の強化をして、地盤をゆっくりと固めていくのが一番なのかもしれない。
とはいえ、主である私がただ屋敷にこもってこき使うのも気が引ける。
「やっぱり。私も実戦に参加すれば、皆の能力も測れるしいいアイディアだと思わない?」
「あの程度で音を上げていたではありませんか。何をおっしゃっているのですか、お嬢様?」
やめろや諦めろと言っていたのはあなたよね?
「イクミ様は私がお守りするのですから、そんなことありえませんよ?」
二人の鬼気迫る様子に押され、私の出陣は皆無のような気がしてきた。
やっぱり自分の弱さを痛感するなー。
「暇だー。あ、それ。ひーまーだー」
兄様のパーティーから一週間が経った。
私はテラスの机に項垂れている。
今の私には何も、やることがない。
ここ数日は、思案をまとめた資料を作ったり、好きにしていいということでかなり充実していた日々を送っていたが……
「たまにはこういう時間があってもよいと思いますよ。報告からしてもオークの件は何事もないようですし、それにイクミ様は忙しいとまた夜遅くまで作業しますからね」
「クロの言うとおりです。こうしてのんびり過ごすのもいいと思います。先日のパーティーで旦那様から、この屋敷の全権をいただいてからというもの、ほぼ毎日と言っていいほど徹夜されてました」
ルビーの視線がこのところ怖いのは……まあ、分かってはいたけど。
少しぐらいは理解してほしい。屋敷だけでなくその周辺も好きにしてもいいというのだから、できそうなことを増やすのに時間が足りないのだ。
今日から、寝室に置いていた机は撤去されるし、執務室は立入禁止にされた。
「いや、あれはちょっとハイテンションになっていただけで、それほど無茶をしたわけでもないよ?」
二人のため息が混ざり、私は居心地が悪いのでテラスの隅へと逃げていた。
角に置かれていた木箱の上に乗ってあたりを見渡す。屋敷の外では何人かの奴隷が残っていて、訓練に励んでいた。屋敷を取り囲む塀の外では、奴隷たちの手によって木が切られていた。
バナンたち率いる冒険部隊はオーク討伐の遠征に出かけたまま、まだ戻ってきていない。オークの集落を壊滅させたという報告は上がっているが、ついでに周囲を警邏してから帰ってくるらしい。
そこまでしろと言ったつもりはなかったと思うけど、こっちに来るのは事後報告なのでここから命令をするということはできない。
バナンたちは一体何を考えているのか、よくわからないわね。
子供たちは、新しく始めた鶏の飼育と野菜を中心とした畑を任せたが、今のところうまく稼働している。
今年の収穫にはギリギリかもしれないが、ダメになったとしても非難するつもりはないし、いい経験とも言える。
奴隷の大半は冒険者で、生産系は人手的に難しいのでこれ以上拡張はできない。
能力がないのに拡張したところで何の意味もない。
「いっそ、奴隷を増やせないかな」
「それはいい案ですね。イクミ様の奴隷なら、皆喜んで働いてくれると思います」
今のクロからすれば当然の意見なんだろうけど……クロの目はキラキラと輝き、無駄に高い評価点に私は言葉を失う。
今ならそうなのかもしれないけど、あんただって最初はあんなんで、新たな奴隷だって、絶対問題が出るよ。
「新しい奴隷ですか。余剰の小金貨は十七枚程度です。それもよいのではないでしょうか?」
「ふーん、小金貨十七枚ねー……いくらなんでも多くない?」
この世界で流通している通貨は、銅貨、銀貨、金貨。これは地球でもよくある話。
紙幣がないため、硬貨も小中大に分かれる。
硬貨の形で区別され、縦長の楕円に穴が空いているのが小硬貨、円形が中硬貨、長方形の大硬貨になる。
呼び方としては、小銅貨、銅貨、角銅貨であり、銅貨と銀貨が一般的に使われている。
小銅貨の価値は、一円。銅貨は十円。角銅貨は百円と上がっていく。
余剰金とはいえ……小金貨十七枚? 百七十万ってマジかよ……いや、一千七百万。
この計算は間違っていると思う、円に換算するからおかしな金額だと思う……そうだと思いたい。
とはいえ、角金貨の上にある白金貨。他にも二種類あったけど……そこまでのお金を私が手にすることもないし、こんなことを考えるだけ無駄よね。
価値に関してはまあいいとしても、ルビーの言うこの余剰金がどれだけおかしいのかが気になってしまう。
一体何でこんな結果になっているの?
「疑っておられるようですが、トパーズの計算は正確ですから、間違いはありません」
トパーズの計算は正確?
「……はっ。ごめん、何言ってるのかわからないんだけど」
「ですから、屋敷での収支計算、冒険部隊の経費、屋敷の修繕など、それらの報告書を作成していたではありませんか? 行動に逸脱はありますが、彼女はああ見えてもかなり優秀です」
あのトパーズが?
あの問題児トパーズが?
私を高い高いしてくるアレが?
最近では、毎晩のように絵本の読み聞かせを迫ってくるあのトパーズが?
「あっはは。ルビーも冗談を言うものなんだね」
「冗談を言ったつもりはありません。今までの書類に目を通されていたと思うのですが? お気付きになられてないのですか?」
あの事細かな収支報告書をトパーズが作っていたの……?
あれか、真実はいつも残酷っていうアレなのか?
トパーズはできる問題児か……なんかおかしい気もするけど考えない。




