26 お嬢様とクロ
目が覚めるといつもルビーが立っている。
私は彼女のことは信頼しているつもりだった。
ときに甘えたり叱られたりとそれが許される人物でもあった。
しかし、ルビーは爺さんの使用人であって私の使用人ではない。
だから、心のどこかで信頼というものを見いだせなかったのかもしれない。
「ルビーは、いつか私を残していなくなることだって……いつか変態貴族に私は買われるのだろうか」
いっそそれで、完全に心が壊れて……楽になれるのかもしれない。
「お嬢様。しっかりしてください。私はお嬢様の侍女です。お側にいつも付いております。バナンもクロもおまけに付いてきますよ」
「ははっ、あの二人はおまけなんだな」
「もちろんでございます。お嬢様の隣は私だけでございます」
「それも悪くないのかな」
皆で笑っていられる世界。
そんな世界があるのなら見てみたいものだ。
奴隷という立場であろうと、主人を支える。
主人は道具ではなく、一人の人間として奴隷を見るようなそんな世界があれば……
頭を撫でられた感触と同時に、思考がふつりと途切れた。
ルビーは立っていた……トパーズ?
「あれ? 私なんでまたベッドに?」
「お体は大丈夫ですか?」
「ルビー。私は確か……何があったの? 途中からあまり覚えていないのだけど」
「クロと会話中にまた倒れられたのです。魔力欠乏がかなり深刻だったのでしょう」
「話をしていたまでは、なんとか思い出せるけど。あれから何時間ぐらい経ったの?」
「六時間ほどです……」
なにか話をしていたような気がするのだけど。思い出せそうにない。
変なことは言ってないと思うけど。
「ルビー? どうしたの?」
「いえ、なんでもございません。何か飲まれますか?」
「うん、ありがとう」
ルビーがドアを開けると、クロの尻尾が見えていて、ルビーと少しだけ何かを話している。
私と目が合うと、敬礼のように左手を胸に当て礼をしただけで、部屋に入るつもりはないみたいだった。
手招きをすると、ルビーを一度見て、部屋の中へ入って来た。
クロは私の護衛という話になっているが、本人はそれで本当にいいのだろうか?
中途半端な話だったので、二人きりで話をするのもいいかもしれない。
「クロ。迷惑かけたね」
「イクミ様、お体は大丈夫なのですか?」
「少ししんどいかな。チロは大丈夫だった?」
奴隷紋を使えなかったにしろ、あんなことを命令したのだから、彼女が何を思ったのかわからない。
クロの表情からは私を心配そうに見ているのは見て取れる。
「チロにはお優しいイクミ様が何であんなことを言ったのかと、私のほうが怒られましたよ」
「どういうことなの?」
「妹からすれば私が粗相をしたことで、イクミ様を怒らせたのではないかと。そういうことになりました。あながち間違ってはいませんので」
クロの話を聞いていると、知らない間に私の人格は随分と高尚なものになっているのではないかな?
チロとはあまり話をしている仲ではないのに、私のことを優しい人と思っている?
今までのことを思い返しても、とくに思い当たる節はないのだけど。
「そう、ごめんなさい」
「謝らないでください。私ももう少し順序立てて言えばよかったと思いました」
「それはどうかしらね。あなたたちのことを知っているつもりで、結果何も知らないのだと思い知った。私の浅はかな考えは捨てるべきなのよ」
この世界のことを、私はきっと知らなさ過ぎる。
そして、奴隷たちはこうあるものだという考えに、私は架空の物語から得た知識を当てはめていた。けれど、それは結局歪な知識でしかない。
ゲームやアニメ等の世界。
そんな世界観として、勝手に理解している気になっていたと思う。その世界観も、友人から教えてもらったもので、私がプレイをしたわけじゃない。
こうだという決めつけをしてしまったことで、私は皆のことを理解しようとする気を持っていなかったのかもしれない。
「クロは冒険者をしていた方がよかったということはないの? 私の護衛なんか、昨日のことを見て面倒くさい気がしてこないの?」
「そうですね……」
「はっきり言ってくれて構わないわ。私もできるだけ皆の意見を聞き取るようにするから。ただ、私は本当に皆に慕われる人間なのか、それがはっきりと言えない」
手を顎にやり、考え込むような仕草をしているが、尻尾が左右に揺れているのは何でだろう。
もしかして、触っても怒られない?
というよりも、その尻尾は私を誘っている?
「何をなされているのですか?」
「話の途中なのにごめん。ちょっと尻尾が気になっちゃってね……」
「私の尻尾ですか? 確かに獣人はこの辺りでは珍しいですよね」
奴隷の中でも二人だけが獣人で、それ以外は全員人間。
以前は通りすがりに見たペットショップで眺めているだけだった。
今では、こうして目の前に、手を伸ばせば届く距離、触りたいと思ってしまうのは当然なのかもしれない。
「触ってもいい? いいよね?」
「はあ、私は構いませんが……」
クロは体を反転させ、尻尾だけをベッドの上に置いてくれた。
そっと触ると、もふもふとした手触り。軽く握るのもまたよかった。
頬に当て、もふもふ感を堪能していると、水を持ってきたルビーがやってきた。
「お嬢様、何をなされているのですか?」
「クロの尻尾はすごいの、気持ちいいの。これを抱いて寝たいわ」
「イクミ様、それはさすがに無理ですよ」
「そっか……だめかー」
「はい。クロが殺されます」
ルビーが真顔で言い切った。
あー……うん。添い寝に使うのは、ダメみたいね。
トパーズがいるしね。
それにしても、動物の尻尾って触ったことはなかったけど、犬?
猫の尻尾は細いイメージだから、これはやっぱり犬の方かな?
「嫌な質問かもしれないけど、クロは犬の獣人なの?」
「えっと、私は狼の獣人ですが……その、犬というのはどういう種族なのでしょうか?」
「犬を知らない? こっちにはいないのかな」
今思えば、ペットという習慣もなさそうだし……というか、一部の獣は魔獣とかと呼ばれているんだから。
あんな物をペットにしたいっていうおかしな人もいないよね。
「ごめん、気にしないで。時間もあることだし、今日は何をしてようかな」
「お嬢様は今日一日、部屋で休んでいただきます」
見てのとおり結構元気になったよ?
それなのに何もするなってどういうことよ。
「異議あり! 私は見ての通りもうすっかりよくなってるよ」




