27 お嬢様は剣術を披露する
ベッドの上に立ち、勢いよく両手を上に上げる。
そして、そのままベッドに倒れ込んでしまう。
立ち上がるまではよかったけど、立ちくらみのように体の力が一気に抜けて、抵抗も虚しくそのまま沈んでいく。
ここ最近、魔力を使いすぎてからというもの、こんな風に倒れることが多い気がする。
「お嬢様! 大丈夫ですか? そのような無茶はしないでください」
「ルビー。わかった、わかったから。そんな怖い目で見ないで……」
「そう思われるのでしたら、無理をなさらないでください。クロ、私はお嬢様の着替えを持ってきますので、何を言われようとも決して聞いては駄目です」
そこまで言う必要はないでしょ……ルビーって私のこと信用していないのかな?
これまでのことを思い返しても、逆の立場だったら私だって信用するのも憚られるわね。
「そんなに拗ねないでください。ほら、私の尻尾でも……」
目の前にあった尻尾を掴み、撫でていると、不思議と気分は落ち着いていくように感じる。
そうか、これが癒やしというものかな?
「クロは護衛だから、チロを尻尾係にでもしようかな」
「何をおっしゃっているんですか。あの子は冒険者として十分役に立つと思いますよ。尻尾が触りたいというのであれば、どうぞ私のを撫でてください」
チロに対抗をしているのかわからないのだけど、クロとしてはそれでいいのだろうか?
冒険者たちは今のところ、大きな被害にあっていない。
しかし、いつ壊滅するかもわからないような場所に自分の妹を行かせていいの?
クロがそれなりに高い戦力なのだから、チロだって十分素質はあるのだろうけど……まだ小さいのだから、自分のやりたいことを見つけてほしいのよね。
窓の外では、剣を振るう冒険者たちの掛け声が響いている。
あの中に、いつかチロも並ぶのだろうか。
「クロは怖くないの? チロが冒険者になったとして、私のせいで死んでしまうかもしれないのに」
「ここにいる冒険部隊は、皆強いので信頼できます。あの子は私と同じで、戦闘は向いていると思います」
狼ということを考えれば、戦闘向きと考えていいのだろうか?
私よりも小さいのに、それでいいのかな……もしかしたら、私も実はかなり強いんじゃ?
「無駄だろうけど、剣の訓練をしようかな?」
「イクミ様が剣を? 興味があるのですか?」
「そういうわけじゃないのだけど。少しぐらい、戦えるほうがいいと思わない?」
考える仕草はお決まりなのかしら?
無意識になると、尻尾はブンブンと左右に揺れ、痛くはないけどこれはこれで、気持ちのいいビンタだった。
「ああ、申し訳ございません。私としたことが……」
「いいよいいよ、それはちょっとありだった。そう言えばさっき、冒険者と護衛との話をしてたね。どうなの? 冒険者のままがいいとは思わない?」
「そう言えばそうでしたね。私はこのままがいいです。イクミ様は、危なっかしいところがありますから、護衛が必要だと思います」
危ないことはしてないよね?
それとも、さっき倒れたことを言ってるの?
いつもいつも、倒れているわけじゃないのよ。
今日はたまたま調子が悪いだけ、そう今日はたまたま調子が悪いだけ。
本気を出したら、皆が困っちゃうからね。
「イクミ様は、あえて前に出る必要はないと思います。私が守りますし、このお屋敷には多くの冒険者がいますので」
「私一人でもなんとか対抗できる方がいいと思わない? ないとは思うけど、誘拐とか……強盗とか……」
この屋敷に侵入してくるバカがいたらの話だけど……
「このお屋敷にですか? 来るのでしたら、返り討ちにしますよ。ただ、これだけの冒険者がいるところにというのも考えにくいですが」
だよね、屋敷全体を朝も夜も最低でも五人は警邏をしている。
私の魔力は、一般人よりも低く、奴隷魔法を使いこなすだけでも苦労した。
つまり今の私は弱いのだ。
私がこの世界に来て一週間が過ぎ、二週間が過ぎ。
魔力というのを理解するというだけで、何ヵ月もかかった。魔力は常人の三分の一あるかどうかとトパーズが言っていたと思う。
以前の環境のせいか、私の成長もあまりよくはなく、年相応以下の身体能力が判明。
結果、私は弱い。年下の子供と喧嘩しても負けるほどに弱い。
「あの、イクミ様?」
「ごめんごめん。ちょっと、考え事してただけ。クロが護衛なんだし私の実力を知るというのもいいと思わない?」
「そうですね。お体のいい時に一度手合わせをしてみましょう」
それから数日が経って、体の調子ももとに戻った。
クロから木でできた剣を渡されると、なんだかいける気がしてきた。
初めて持った木剣を、振り下ろす。
振り下ろす、振り下ろす。
冒険部隊連中は私たちの稽古を眺めていた。
依頼はどうしたの? いいの? 私を見るほうが面白い?
バナンからこの話を聞き、午前中は休みにしたとか?
「って、私は見世物か!」
「そういうなって。俺たちもお嬢の戦っている姿を見てみたいんだ」
「そういうものなの? まあいいや、見てるといい私の可憐な剣捌きを!」
木剣を掲げると、なぜかそれだけで歓声が上がった。
「では、イクミ様。私は攻撃しませんので、どこからでも打ってきてください」
クロは木剣を構える。
「言われなくても! てやー。とう。はっ」
クロに向かって剣を何度も振り下ろし、それをクロが防ぐ。
勢いよく振るたびに、木剣の重さが腕にのしかかる。
体に当たらないのは分かっている。それでも、一太刀くらいは、と思っていた自分が滑稽だった。
何度か、打ち合いをして息を切らしたところで、私は寝転び空を眺めた。
「空が青いね……」
私の言葉に、誰も何も言わなかった。
腕がもう上がらない。
最初は、剣を振るうたび聞こえていた観客の声は、ドンドンと少なくなっていき、最後にはもう見ていられないと、唇を噛み俯く者や、両手で顔を覆い座り込む者まで現れ、私の心は折れた。
「イクミ様。大丈夫ですか?」
「ちょっと疲れただけ。それで、どうなの?」
「どうとは……け、剣は、そ、そうですね。その初めてでしたから、それはもう……申し訳ありません」
本音を言おうとしたのだろうが、その言葉をクロは飲み込んだ。
「お嬢様、俺が……いや、俺たちが守ってやんぜ」
「そうだ、俺たちがお嬢様を守りゃいいんだよ」
「ああ、気にするこたぁねぇよ」
もういいから黙ってて……そうだよね。何度打ち付けても、いい音なんて一回もなかったよね。
三分も経ってないのにこのザマだもんね。
「ありがとう、皆。その優しさが嬉しいよ」
「お嬢様。何をなさっているのですか?」
「ルビー。見てのとおりよ」
「剣の訓練ですか。では、なぜ寝ているのですか? 少し遠くから見ていたのですが……酷い有様でしたので、やめたほうが……いえ、諦めた方がよろしいかと思います」
その言葉に、冒険者たちの方を見ると誰も視線を合わせてくれない。
最初から分かっていたことだから、別に傷ついてなんかいないよ。
本当に傷ついてなんかいないよ……




