22 お嬢様と冒険部隊
私が頷くと、控えていたルビーは私の前に出た。バナンもルビーをじっと見ていた。
私は考えがまとまらず、一人で困惑していた。
ルビーが私以外に誰かと話をするのは珍しい。
いつもなら、私の判断を静かに見守っているだけなのに。
それだけこの話が、ただの世間話では済まないということなんだろう。
嫌な予感がしながらも、二人のやり取りを黙って見守るしかなかった。
「バナン。あなたはお嬢様のためなら、迷いなくその命をかけて守ることができますか? お嬢様から死地に行けと言われたとして、それに従えますか?」
「もちろんだ。護衛とあれば体を張って守り通す。ドラゴンを倒してこいと言われれば断る理由もない」
「では最後に、あなたはお嬢様に忠誠を誓えますか?」
「無論だ。最初からそのつもりでいる」
何を言っているの?
死地に向かうというのは、生き残る保証がないということ。
依頼に対しても、私は無理をしないようにと何度も言い聞かせてきた。
今バナンが言っているのは、私との約束を無視したものだ。
命をかけるとか、忠誠を誓うとか、そんな大層な言葉に縁がなかった。
友人に酒を奢っただけで『一生ついていきます』なんて冗談交じりに言っている阿呆はいたが、本気の目でそんなことを言う人がいるなんてありえない。
「わかりました。このお金ですが、なぜあなたがこれほどのお金を? あなただけのお金ではありませんね?」
「これは冒険部隊全員の金です。最近この辺りでは、俺たちのせいで依頼が少なくなっている。日に日に、一部の部隊を待機させていることもある。だから、日帰りじゃないところでの依頼をこなせればと思った次第です」
それでもおかしい……自由の身でありながら私個人に仕える?
給金もなく今までと何も変わらない状態で満足なの?
依頼が少なくても、冒険部隊からの金額は少なくない。
それに留まらずさらに稼ぐにはなにか意味があるのかしら?
「なるほど、そういうことでしたか。お嬢様、私からの提案はバナンを奴隷紋から解放し、忠誠を受け入れるのがよろしいかと思います」
「何が分かったというの? そもそも忠誠ってなんなの?」
「バナンの話からして、今問題となっているのはトパーズの件です」
「トパーズ?」
たしかに問題しかないけど……そういう意味じゃないよね?
「お嬢様もご存知の通り、冒険者ギルドでは依頼の受諾、完了の報告は全てギルドに登録をしている彼女を通す必要があります。彼女が街に出る程度であれば問題はなかったのですが、他の街での依頼であれば当然同行が必要になります」
ギルドカードは、国で管理されているから他の場所でも通用する。
このままでは近場の依頼が減る一方で、今の稼ぎを維持するのは難しいというわけね。
なるほど、別の街で活動を増やしたいから、バナンが皆と話し合った結果ということね。
「ねえ、バナン。他の街での活動を増やしたいというのは、冒険部隊全員の意見なのかしら? それともあなた個人?」
「我々全員の思いです」
「それは何のために、お金を増やすのかしら?」
「お嬢は、俺たち奴隷に良くしてくれている。夜遅くまで色々と思案されているのも知っている。俺にできることは冒険者としての稼ぎしかない。だから、お嬢の助けになるのならと皆で話し合った結果です」
何をするにしても、お金が必要になる。
お金があるのならあるだけ十分な助けになる。
バナンの様子からしても、ルビーは何も文句はないみたいだし。
だけど、本当にいいのかしら?
私だけが得をしているような関係で……落ち着いたら、何かしらの手当てを考えていたほうがいいわね。
価格表のことが一瞬頭をよぎったが、すぐに打ち消した。
あれは、誰にも売らないために作ったものだ。バナン自身を縛るためのものじゃない。
「わかったわ、奴隷は冒険者登録できない。そのためのトパーズだったよね。ごめん、うっかりしていたよ。では、そのお金でバナンの奴隷紋を解放することを認める。でも、一つだけいいかしら」
「何でしょう?」
「私の元から去りたいのならいつでも言うこと。いい?」
「わかりましたが、もとより去るつもりはありません」
これ以上、何を言っても気持ちは変わらないのだろう。手を伸ばし、バナンの左手にある紋様へと魔力を込めていく。
奴隷紋の命令とは違い、解放に必要な魔力は膨大で少し目眩のようなものを感じる。
「奴隷紋解放!」
バナンの手にある紋様は宙に浮かび上がると砕け散った。
想像以上の魔力を消費したことで私はソファーに深く座り、少しだけ大きく息を吸い込んでいた。
視界が少し歪んでいる。以前二回ほど奴隷たちに命令した時よりも、魔力を使ったように思う。
それでも、奴隷紋はバナンの手からなくなっている。
だが……本当に? そんなことを考えながら、ふと確かめたくなった。
「バナン……命令よ。そこに、跪きなさい」
「はっ」
バナンはソファーから立ち、床の上に何の迷いもなく膝をついた。
「ん? あれ? 奴隷紋は消えてないの?」
「お嬢様……奴隷紋から解放されても、まだ正式ではありませんが主従関係になります。バナン、そのまま立ってください」
バナンはルビーの言う通り立ち上がった。それは、奴隷紋の力が働いていないことを示すには十分な行動だった。
そんな私の様子を見て、バナンはがははと豪快に笑っていた。
「お嬢ってどこか抜けているところがあるよな」
「う、うるさいわね。トパーズの冒険者管理をバナンが引き継ぐわ。これからもよろしく頼むわね」
「お任せください、お嬢」
「それと、バナンが信頼できるという人がいれば、今度はこんなことをしないでその忠誠っていうのを受けるから」
「受けるのではなくて受け入れるです」
そういえば、トパーズって普段は何をしているのかな?
屋敷ではあまり見かけないし、夕食にも顔を出すことは少ないよね。
今度ルビーにでも聞いてみようかな。
困った行動は相変わらずだけど、トパーズも屋敷のために動いてくれている……と思いたい。
今度会ったら、少しくらいは労いの言葉を……かけて大丈夫なのか?
「とりあえず、このお金どうしよう……返す?」
「それを返されると皆にどう言えばいいか……」
小金貨一枚分とはいえ、平民からすれば大金に違いない。袋いっぱいの銀貨や銅貨をかき集めて、ようやく小金貨一枚分か……改めて数えると、その重みを感じる。
「ルビー、バナン。これから街に行くわよ」
二人を引き連れて武具屋に行く。バナンの装備を新調させるには、十分な金額だった。
バナンからはもったいないと何度も言われたが、十分な働きを期待していると言い聞かせることで、強引になんとか買わせることができたのだった。
お金の重みは、これほど大きい。にもかかわらず……人である奴隷の、本来の値段は驚くほど安い。
爺さんはこんなものを押し付けて何がしたいんだ?
冒険者ギルドへと行き、バナンを登録するために、ドアを開けたのだが……




