21 お嬢様とバナン
食堂の入り口で珍しいことにバナンが待っていた。
朝起きるのが遅い私は、普段であればすでに依頼に出かけており、バナンと話すのは夜だった。
「おはようございます。お嬢」
「おはよう、どうしたの?」
「お嬢に折り入って、頼みがあります」
いつもとは違う雰囲気に、何か問題が出たのだと予想を巡らせるが、話は長くなりそうだし、あとに回しても大丈夫かな?
「分かったわ、食事が終わるまで待機してもらってもいい? 緊急であれば今聞くけど」
「いえ、執務室の前で待機しております。聞き入れていただきありがとうございます」
冒険者ギルドで何かあったのかな。
トパーズの報告からしても、冒険部隊に困った様子はない。資金もそれなりにたまりつつあるから、装備も少しずつ買っているみたい。だとするのなら部隊内でのトラブルかな?
奴隷たちで構成されたメンバーだから、何かしらのトラブルはあるわよね。
考えごとをしているうちに、手元のスプーンでスープをぐるぐるとかき混ぜていたらしい。
「お嬢様。そのように遊ぶものではありません」
「ああ、ごめんね。冒険部隊のことを考えていたから。早く食べてバナンの話を聞いてからにしよう」
食事を済ませ、執務室の前にいたバナンは私を見ると一礼をしている。
執務室は最近できたもので、寝室に仕事を持ち込まないようにと用意されたものだ。
これほど改まったバナンは見たことがない。よほどの事情があるのだろう。
バナンにはソファーに座るように指示したが、私が椅子に座るまで腰を下ろすことはなかった。
普段はもう少し話しやすいのに、まじめに話を聞く必要があるみたいね。
出会った頃はただの大男だったというのに、今ではすっかり部隊のリーダーとして活躍している。
だからこそ、いつもとは違う態度を見せられると、落ち着かない気分になる。
「それで、どういった内容なのかしら?」
「はい、ここに俺の取り分の金があります」
ルビーがバナンから小さな袋を受け取り、机の上に置いてくれた。
少しだけ開いている袋の口から、何種類もの硬貨が見えている。
このお金はどうしたのだろうか?
いや、バナンは自分の取り分と言っていた。
余裕ができてからというもの、冒険部隊のみならず、子供を除く奴隷たち全員に給金とは言えないほどの少額を渡していた。
「最初は皆渋っていたけど、私は仕事に見合った給金として渡しているわ。もちろん、少ないということも理解している。それなのにこれは、一体どういうこと?」
「この金で自分を買わせてください」
「なるほど、そういうことね。ルビー、確認して頂戴。バナンは確か金貨一枚だったかしら?」
ルビーに勘定を任せ、新しく作っていた奴隷たちの価格表を確認する。
この価格表は、もし奴隷を買いたいという人がいても買わせないよう、あえてかなり高く設定している。
爺さんのつてで誰かがここを訪れることを警戒し、このような対策をしていた。
バナンのことを知っていると言っても、元々の金額に合わせるつもりはない。
しかし、自身の価格に見合うだけのお金を用意されたのであれば、私からは何も言えなくなる。
バナンは自由になりたいと……それなら、さっきの対応も頷ける。
自由になりたい、か。当然の願いだと思う。誰だって、いつまでも他人に縛られたまま生きていたいわけじゃない。
バナンがいなくなったら、この屋敷にいる冒険部隊は誰が率いるというのだろう。
そうなったらそうなったで、考えるしかないのだろうけど……この額が短期間で集まるのだろうか?
「全部で、約小金貨一枚に相当します。これでは、まだまだ足りませんね」
それでも小金貨一枚。
私が自重しろと言っても、なぜかそこに否定的だったのはこういうことなのか?
「そうか、自分で思っていたよりも高く評価されていたんだな」
「それは当たり前でしょ。十分な成績を収めているのに安いお金で買われて、その人にあった役割もなく使われるなんて私が許さないよ」
私としては、すでに誰かに売るとかそういうことはそもそも考えてはいない。
奴隷の売買だけがいい方向にもなりそうにない状況だし、今の軌道を狂わせたくもない。
今となってはリーダーとしての活躍を考えれば、抜けられるとここにいる奴隷たちも困る。
「俺が頑張れば頑張るほど、評価価格が上がり自分さえも買えなくなるというのか……」
的を射る回答だ。
私が決めたルールとその事実に落胆しているように見える。
冒険者としては優秀なバナンは、十分な成果を上げているので価格が上がるのは当然の話なんだけど、ここまで落胆されると正直辛いわね。
このまま引き止めたとして、今までのような活躍を維持してくれるのかが問題となってくるわね。
「バナンは自分自身を買って、また冒険者として始めるつもり?」
「いや、お嬢……イクミ・グセナーレ様に雇っていただきたいのです。これまでのように冒険者として」
「ええっと、それは今と同じってことじゃないの?」
「全然違います。奴隷として使われるのと、お嬢に雇ってもらうとではまるで話が違う。もし叶うのなら、俺を冒険部隊で本当のリーダーとして使ってもらいたい」
バナンの言っている意図がまったく伝わらず、言葉の意味がわからなかった。
奴隷を辞めたいから自分を買い取り、自由にどこかで暮らす。そう言われたのなら、その金額でも私も考えなくはない。
ここを離れて自由に暮らせるというのなら、その希望を折ることに私は抵抗がある。
漠然とそんなことを考えていたのだけど……熱意のこもった眼差しに私は頭を抱えていた。
自分の価値観が当てはまらないのは当然のこと、だとしても私に雇われてまた冒険者になるってどういうことなの?
「ごめんなさい。私にはいまいちピンとこないのよ。もしかして、給金が少ないということかしら?」
「今のままで何の文句もありません。むしろ、俺の我儘を通してもらえるのなら俺個人で使う金など必要ありません」
さきほどから理解しがたい会話が続き、額に当てていた手がズルッと滑り落ちる。
バナン、お前は何を言っている? 天井を見上げ、何度もしているやり取りを頭の中で繰り返す。
まったくもって意味がわからなかった。
働いた対価として、お金を渡していたというのにそれがいらない?
「さっぱりわからないわ……お金がいらない? 雇ってくれるだけでいいってこと? それって今より待遇がひどくなってない?」
何のために奴隷を辞めて、そんなものに成り下がる必要があるのだろうか?
意図が見えない。どんな世界でもお金はかなり重要だ。
それさえもいらないなんて、バナンは今何を思っているのだろう。
あー、だめだ。理解できなくて何を言えばいいのかわからない。
机に突っ伏す私を、ルビーが黙って見ていた。
普段の彼女なら『グセナーレの淑女として』と始まるものだが……
ずっと黙ってこのやり取りを見ていたルビーには、バナンの言いたいことがわかるのだろうか?
その視線を見つめ返した。
「お嬢様、私から少しよろしいですか?」




