20 お嬢様は特別です
「繁盛しているようだね」
昼時を過ぎているというのに、空席のほうが少ないほどお客さんが入っている。
以前は少々問題もあったけど、今となっては私がここにいても周りのお客さんも、とくに気にも留めない。
ある程度は顔が知れたのと、女将さんが庇ってくれたことが大きいのよね。
変わったのは、店の空気だけじゃない。
この数ヵ月で、街の人たちの中に、奴隷という存在への見方が少しずつ変わってきているのかもしれない。
ここで働く彼女たちをただの労働力ではなく、料理を作る人として見てくれる客が増えてきた。
冒険者をしているバナンも、最初こそ色々とあったと思うが、成果がそれらを黙らせる。
同じ紋様を持つ彼女たちはここで頑張っている。
私とはまだ会話にたどたどしさを感じるが、女将さんとはそれなりにうまくやっているようだ。
最初は生きるだけで精一杯で、こんな小娘にも怯えていた。
まだ屋敷に残っている奴隷たちも、こんな風に居場所を作ることができればいいのだけど。
ここで世話になっている奴隷たちは、私に挨拶をする余裕がないのか、調理場で忙しく働いている。
私から行こうものなら、恐縮させるだけだし、もっと気軽な付き合いができればいいのだけどね。
「お嬢様のおかげもあって、繁盛はしているんだけどね……私がこんなことを言うのも厚かましいのだけどさ、知り合いのところにもお嬢様からいただいたレシピや、あの冷蔵庫を使わせてほしいんですよ」
「どういうこと?」
女将さんのところは、私の奴隷たちやなんとなくできあがったフライのレシピのおかげで、かなり繁盛はしている。だけど、友達の食堂では経営すら厳しい状況になってしまったらしい。
ただでさえ狭いのに、かなり多くの客が来ているようだ。
しかし、客たちは外ででもいいからと、帰ることもなく飲み食いをしている。
夜のことは分からないけど、繁盛すること自体はいいと思う。女将さんも手一杯だから、奴隷を増やしたところでこれ以上は調理場的にも難しい。
問題となっている話は、場所が狭いということかな?
女将さんの友人は私と直接の付き合いがないため、女将さんの一存でレシピを教えるわけにはいかない、と遠慮しているらしい。そんなの気にする必要ないのに。
これだけ繁盛したことで、女将さんとしても少し後ろめたさがあるのかもね。
「なるほどね、それで仲間のところにも同じようなものがあれば、分散して対応できるってわけね。あの子は確か……ミルファだったかしら?」
「は、はい。お嬢様」
よかった、合っていた。
私が名前を言ったことで、慌てた様子でワタワタとこちらへ向かって来た。
忙しいのにごめんね。
「料理部として、女将さんを助けてあげて。女将さんたちと話し合って、人員の配置や対応を任せるわ」
「はい、かしこまりました。そのように手配を致します」
「でも、簡易冷蔵庫までは難しいわね。魔法が使えるのなら、できるだろうけど」
水を氷に変えて冷やしているのだけど、誰でもできる話ではない。
料理部の中に、その魔法を使える者はいない。冒険部隊にいる魔法士が、毎日ここで作っている。
活動の状況が変わり、魔法を使える人がいなくなれば、それで終わりだ。
魔法に頼らない、現代にあったような冷蔵庫がなければ、いつまでも続けられるものじゃない。
できれば、誰でも回せる仕組みに落とし込みたいところだけど……私に科学的な知識はない。
欲張りすぎるのもよくないか。一つずつ、片付けていくしかないな。
今思ったのだけど、ミルファたちはいつもどうやってここに来ているのかしら?
朝はともかく、夜は一体何時まで仕事をしているのだろう。
「女将さん、奴隷たちはいつからここにいて、何時ぐらいに帰らせているの?」
「お嬢様、それについてですが。料理部は朝と夕方とに分かれておりまして、朝はバナンたちと街に来て、夕方になれば交代をしております」
ルビーが代わりに答えてくれたが……せめて、報告書に書いてくれればいいものを。
「それって、夕方の人は、夜中屋敷に帰ってきているの? あの屋敷は門の外なのよ?」
「はい、一応は警護についておりますが……何か?」
何かって、それだといくらなんでも環境が悪すぎるよ。
ルビーはこのことを知っていて、放置したというの?
疲れているのにあれだけの長い距離を歩かせていたなんて。私の馬車を……使ってくれる気がしない。
できればそんなことをこれ以上させたくはないわね。
「女将さんって、宿屋もやっていたよね」
「ボロですけど……」
「一室でいいから、私の奴隷の部屋として貸してもらえませんか? もちろんちゃんと宿代は払いますよ」
ここからの給金分は少なくなるだろうけど、そんなことをさせ続けるよりもよっぽどマシな案だった。
「私のところで、朝一人と夜に二人ほどですが。他の場所ともなるとお嬢様のお屋敷は大丈夫なのですか?」
それもそうね。人員をこっちに持ってくれば当然私のところは人手が足りなくなる。
あと六人いなくなったとして、屋敷の稼働はどうなのかしら……
「お嬢様。彼女たちに任せてみてはいかがでしょう? たとえばですが、一人こちらに回して何日か経ってまた一人と。お屋敷の人手不足にならない程度のギリギリ可能な状況を、模索させるのはいかがでしょうか?」
少しずつ導入させることで、仕事の内容を覚えさせるというわけね。
そうやって屋敷とのバランスを探る、と。なかなかいい案だとは思うけど。
そんなことばかりお願いしていて大丈夫かしらね。
「ミルファはどうかしら? 皆と話し合って誰が残り、誰がこちらに来るかを決められそう?」
「それは、私だけでは……」
「うん、だから皆で話し合って決めてほしいの。あなたたちが思うようにやりなさい。もちろん命令ではなくてお願いよ」
「私も陰ながら補助致します」
「よろしく頼むわね、ルビー」
命令じゃなくて、お願い。
言葉にしてしまえば簡単だけど、彼女たちは奴隷紋を使った命令をこなしていたはず。
できなかったとしても拒否することもできない。
今後ミルファたちがどのような考えで行動するのかわからないが、正解も不正解もない。
奴隷でありながら、前に進んでくれることを願うほかない。
ミルファは突然の難題にオロオロとしていたけど、女将さんが背中を叩き嬉しそうにしていた。
宿も二部屋は貸していただけることとなり、彼女たちが夜遅くに帰る心配もなくなった。
しかし、宿代を一切受け取らない女将さんが手強く、ルビーの『ここは甘えておきましょう』の一言で、その厚意を受けることにした。
ここはルビーに免じて引き下がったが、女将さんには今度何かお礼をしなくちゃ。そう、お礼って必要だしね。
馬車に揺られながら、今日一日を振り返る。
ドレスの……いやいや、それはいい。
ミルファたちの励みになればと前向きなことを考え、屋敷に着くまで目を閉じよう。
屋敷に帰ると、魂が抜けたように空を眺めているトパーズの姿があった。
私が帰ってきたことにも気がついていない様子だったが……その腕には、今夜読み聞かせるつもりだったらしい絵本が抱えられている。下手に声をかけて、添い寝の日が前倒しになっても困るので、そのまま放置することにした。
「はぁぁあ。お嬢様のドレス姿……見たかったですぅ……」




