19 お嬢様、とてもお似合いです
「そ、そうよね。えっと、その、き、綺麗ね」
「いえいえ、このドレスはお嬢様が着てこそ、輝くものですわ」
そんなことはないと思いたいのに、この店員さんは押しが強い。
ある程度のお金があるとはいえ、これだけのドレスを作るのに一体いくら使ったと言うの?
「そ、そうかしら。私にはとても不釣り合いだと思うけど」
「そのようなことはございませんよ。お嬢様の愛らしさを拝見し、私共はグセナーレ様にこのドレスこそがふさわしいと思っております」
「「とってもお似合いだと思います」」
店員さんのテンションが高いのは何でだろう……私に詰め寄る店員から逃れようと、視線をずらすと、屈託のない店員の笑顔の奥から奇妙なものが見える。
正確には窓の外に見えている。トパーズの視線が私を凍りつかせる。
窓に張り付き、「お嬢様、困ったお顔もかわいいですねー」とでも言っていそうな満面の笑み……なのに、視線が動かせない。
「お嬢様?」
「と、トパーズ!?」
「どこで嗅ぎつけたのでしょう。ご安心を、お嬢様。私が追い払いますので」
「お、お願いね」
瞬時にルビーが部屋のカーテンを閉めると、おぞましい絶叫が辺りに響き渡った。ここ二階なのだけど……どうやって窓に張り付いていたのかしら。
あの問題児が私専属の侍女をしているのかと、疑問しか出てこない。というか、侍女なんだから、ルビーの隣にいても不思議じゃないのに……なんでわざわざあんなことをしているのかしら。
そんなことを考えていると、ルビーに上着を脱がされた時点で私の心は折れ、抵抗することもなく着せかえ人形となった。
「いかがでしょうか?」
いかがも何も、似合っているのがまた何とも言えなくなってくる。
私はこんな物を着てどこに立つというの?
「そうね……きれい、ドレス、綺麗だね」
それにしても、赤い髪と黒い瞳にこのドレスはよく似合っていた。
似合っているからこそ、ぞんざいに扱うことができなくなってしまう。
「どうかなさいましたか? 気になることがあれば何なりと」
私は一度咳払いをして、平静を取り戻す。
「そういうわけじゃなくて、このドレスは私の目と髪にあわせたの?」
「……お嬢様は、白や青よりも色の濃いものが合うと思いましたので、いかがでしょうか?」
そう何度もいかがと言われても、何とも言いようがないのよね。
似合っているのは認める。だからといって、素直に喜べるものではない。
「そうですか、いつ着る機会があるんだろうかと思いまして、ははっ」
鏡に映る姿を前に、乾いた笑いしか出てこない。
「来月は領主様の誕生パーティーがございますので、そのためにご用意しました」
「へー……はぁ? 聞いてないよ、そんなこと。その話しぶりからして私が出るってどういうことなの?」
領主のパーティー?
貴族ならよくあるのだろうけど、私みたいな奴隷商人が、パーティーに参加するものなの?
確かに、商売上貴族との付き合いはあると思っていたけど。
それは奴隷を売買する商人の話であって、私は違う。今抱えている奴隷たちを売るつもりは、私にはない。
「お忘れですか? お嬢様は、グセナーレ家次期当主です。このように招待状もちゃんと届いております」
ポケットから書状のようなものを取り出すが、すでに開封をされている。
「それ私、初めて見るよね? 今、初めて目にしたよ?」
「お嬢様にお見せすると、参加されないのではないかと思い、私のほうで対処することとなりました」
そういう事後報告はいらないので、私に相談してほしいよ。
だいたい次期当主って言っても奴隷商人だし、領主様って貴族だよね? その相手の階級もわからないのだけど?
この世界での礼儀作法やダンスは、ある程度なら教えられたけど実践があまりに早くない?
ねぇ、いつから知っているの?
ドレスだってすぐにはできないよね?
ドレスはいつから注文していたの?
なんでサイズがぴったり合っているの?
測ったこともないよね?
ルビーに対して疑いの眼差しを送るものの、澄ました顔をして受け流している。
赤い悪魔の侍女め!
「ですので、そのためのドレスの新調でございます」
「ちなみにルビーはその格好のままなの?」
「はい。私のような侍女は、会場に入れてくださったとしても、給仕か会場の端で待機です」
「それでも、中にはさ、その侍女にドレスを着せて参加する貴族もいるのではないかしら?」
「そのような方はいたことがないかと」
その言葉に、私は舌打ちをしてしまう。
「はしたないですよ」
パーティーと言えば、貴族の集まりによる社交界よね。多少はこの世界の知識も理解しているけど……交流を深め、横や縦の繋がりを集める場として利用されているはず。
次期当主である奴隷商人の私が、のこのことそんなところに行ってどうしろっていうのかしら?
「ですが、お嬢様の場合は一人になってしまいそうなので、私はお嬢様のお側にいることと致しましょう」
「ルビー、ありがとう」
ドレスの新調が終わり、これで帰れると思っていたのが大きな間違いだった。
他の服も何着か着せられたあと、結局そのうちの一着を着たまま帰ることになってしまった。
何も買っていないルビーが、なんでそんなに上機嫌なのか……
これもかなりのお金がかかるとは思うのだけど……どこからそのお金が出ているの?
普段着とは思えないような、よそ行きのような格好だったけど、せっかく街に来ている。宿屋兼食堂を営んでいる女将さんのところへ行くことにした。
ここでは私の奴隷を働かせてもらっていて、様子も気になっていた。
何度か女将さんと話をしていて、私の記憶を元に作ったレシピによるメニューが、世間に浸透するかその実験も兼ねてる。奴隷も勉強がてらに置いてもらっている場所でもある。
「女将さん、お久しぶりー」
「これはこれは、お嬢様」
前世の記憶を頼りに、思いつくレシピを奴隷たちに教えたことで、馴染みのある料理が食べられるのはここが唯一と言ってもいい。
似ているというだけで、味にはかなりの差はある。
「なにか召し上がっていかれますか?」
「じゃあ、いつものを一つ」
「お、お嬢様?」
「冗談だよ。ぶどうジュースでももらえるかしら?」
ここのジュースは簡易冷蔵庫のおかげで冷たくて美味しい。奴隷の中に氷の魔法が使える人がいる。上部の棚で水を氷に変化させ、それを大きな箱に閉じ込めることで冷やしているらしい。
そのおかげで、夜になるとかなり賑わっているようだ。冷たい飲み物というだけで、人気が出るのも納得できる。
猪の脂身からラードを作ることができるようになり、コロッケから始まりとんかつに似たものも作れるようになっていた。
とんかつと言っても、まあ、猪の肉だけど。ここの食堂ではかなり評判はいいらしい。
フライという食べ物は今後増えていくと思われる。
それにしても、パーティーか……
美味しいものもあるんだろうけど……貴族とのやり取りを考えるのも面倒だな。
というか、あのドレス本当に着ていくの? 頭の片隅ではもう、あのドレスを思い出し、テーブルに頭をうずめる。




