16 お嬢様の責任
「このままでは決まりそうにありませんね」
ルビーは不満げに言葉を漏らす。
その言葉に怯えた数人の奴隷たちは俯き、ただ何かを待っている。
「この前も思ったけど、奴隷って結構根深いものなんだな」
「どういうことでしょうか?」
俺自身理解ができていない。俺の命令は、俺に危害を加えないこと。
その言葉の意味をどう解釈しているのか……考えても答えなんて出ない。
「いや、なんでもないよ。そうだ、適当に本を持ってきてもらえる?」
ここにいる人たちの料理はそれなりだった。
これをお金を出してまで、と言われると正直何とも言い難い。
素材や環境のせいということもあるのだと思うけど……
「いっそのこと、新しい料理を作らせるか。こちらで仕事を決め、従事してもらうほかないのか」
なら先に決めやすい男性からだな。
まずは、講師をしていたという彼だ。
それがまたなんで、奴隷になったのかは疑問だけど、本当であるのなら役に立つだろう。
「あなたは以前、講師をしていたということですが。この本を朗読できますか?」
ルビーが持ってきた本を彼の前に開き、文字を読ませると、とくに問題もなくスラスラ読み上げた。
紙に文章を書かせてみると、こちらの方も何も問題はない。
子供だけではなく奴隷たちの識字率はきっと低いと思う。
成人している者は、会話は問題ないし、グループの一人でも文字が読めれば問題は少ないだろう。
それなら、子供たちの教育者としては、人格は不明だが文字の読み書きを学ばせるにはちょうどいい。
「ありがとう。お前は子供に文字を教えなさい。計算もできるのならそちらもよろしく」
「子供たちに? それはここにいる子供たちでしょうか?」
「ここにいる子供たちだよ。これからどうするかはまだ分かってはいないが、知らないよりも知っている方がいいと思わないか? あの子たちがこれから先どんな仕事をするのか、その幅を広げるためにも、これは必要なことだからな」
「ご当主様のご期待に、添えるよう頑張ります」
子供たちが今後どう育つかによって使い方も変わるし、やってみたいことがあるのならやらせてもいい。
バナンたちを見てかっこいいと思う子供や、ルビーを見て憧れる子供がいてもおかしくはない。
どんな職業でも、文字が理解できないのはそれなりに欠点にもなる。
「残りの男性は体つきもいいし、今すぐには仕事はまだないが、畑だったり、家畜小屋を作る予定だ。いつになるか分からないが、出来次第そちらを任せる」
そう言い切ると、少しだけ安堵をしているようにも見えた。
仕事がないと、前の生活に戻ると思っていたりするのだろうか?
「それまでは屋敷で働く彼女たちの手伝いをしろ。重いものだったり負担になるようなことを手助けすること」
力仕事だけになってしまうけど、バナンたちの活躍によっては働いてもらうのも早くなるかもしれない。
街の周りにも畑がそれなりにあったし、自給してみるのも悪くない。
少しでも経験をしているのだから、生きる目的になればいいのだけど……
「女性には使用人の継続と、新しい料理の開発をやってもらう。レシピはこっちで用意する。それでは各自よろしく頼む」
奴隷たちは皆一礼をして部屋から出ていく。
さて、冒険者たちとは違い、こっちは結局、俺が決めるしかなかったな。
料理のレシピ……色々と食べたいものはあるが、この世界にどんな食べ物があるかを知る必要もあるか。
屋敷を出て庭を見渡すが、圧倒的に狭いのを感じる。
浴場が場所を取っているのは仕方ないとしても、敷地内に畑を作るのはできそうにもないし、ずっと買い続けるにしてもここと街までそれなりに距離もある。
それに奴隷たちの数からしても、食費もそれなりにのしかかってくる。
少しでも、この辺りで生産するのが望ましい。
「やっぱり土地が必要だな」
賑やかな声が聞こえ、そちらの方へと視線を送る。
「あれは……」
あれから何日、クロを円の中に置いたままにしていたのだろうか?
そのクロが、妹や他の子供たちには優しい笑顔を向けている。
一体どんな会話をしているのかまでは聞こえてこなかったが、円の外にいる子供たちへと手を伸ばし、途中でその手を戻している。
俺が近づいたことで、子供たちの声がなくなり、クロの優しい顔は……厳しいものに変わる。
何日もこの場所に放置されて、夜はどうしていたんだ?
もしも自分が、あの場所にいたら……子供たちにあんな顔を向けられるのだろうか?
笑っていられるのだろうか。
バナンとは多少会話ができても、ほとんどの奴隷は俺という人間を恐れている。
そう思うと、自然と手に力が入ってしまう。
「命令を変更する」
「お前は……」
「皆と同じように私に攻撃をしない限り自由にしていい。今は子供たちの相手をすればいい」
「どういうことだ?」
「言葉通りだ」
この人を見ていると、自分がどれほど馬鹿なことをしていたのか、思い知らされる。奴隷たちの見せしめのつもりで、自分でやっておきながら、その効果は最初から意味がなかった。
彼女は奴隷たちの中で唯一反感を見せていた。
反感であっても、意見であることに変わりはない……今では自分の対応に苛立ちすら感じていた。
「馬鹿すぎるだろ」
違う方向からの解決策も考えず、思いつきの浅はかな考えで行動して……俺は奴隷たちの何を知っているというのだ。
俺の取る行動に対して誰もが理解を示さない。
そんなことは当たり前だった。俺の知る世界とこの世界の常識が違うからだ。
頭では何となく分かっているつもりでも、結果として意味のない理由で彼女を苦しめたのは事実だろう。
「くそ、何で俺は……」
考えがまとまるどころか、自分でもよく分からないことばかり考える。
なら……お前はどうしたい?
ここにいる奴隷たちを売り払うこともなく、仕事を与えてそれでどうなる?
ただ、自己満足のために行動しているに過ぎやしないか?
お前は、それで満足なのか?
「うるさい……そんなこと分かっているんだよ」
自分が助かりたい一心で、奴隷たちを本当に人として見ているのか?
別にいいんじゃないのか? 奴隷はこの世界に当たり前にいるのだから……だから、お前も気に入ったものだけが側にいればいいんじゃないのか?
アイツみたいに……
お前の父親のように……お前は、道具だっただろ?
「違う、俺は違う」
俺の考えとは別に、まるでもう一人の俺が問いかけてくるようだった。
「お嬢様? どうされましたか?」
「俺がただの世間知らずだってことを、思い知らされただけだよ」
ルビーに肩を掴まれる。真っ直ぐに俺を見つめてくるルビーから、視線をそらすことしかできなかった。
「お嬢様、ご自身の状態をお分かりになられていますか?」
「何を言ってる? まだまだやることは山積みなんだ、言いたいことがあるのならはっきり言え、見てのとおり俺は暇じゃないんだよ!」
「ご無礼をお許しください」
今度は無理やり抱き上げられる。暴れて振りほどこうとしても、今の俺の力では、ルビーの手は決して離れなかった。
「何を……離せ!」
「そのご命令には従えません」




