15 お嬢様は役割を見つける
屋敷に戻ると、トパーズを呼び出し、今日の経緯を伝えたものの、今一つ頭に入っていないようだ。
「もう一度言うわね。明日冒険者ギルドに行って、冒険者登録をしなさい。それから、一緒に行くバナンたちと相談して、依頼の内容を聞いてから受けなさい」
「はぁ……なぜ私なのですか?」
「それはさっき説明したよね? 本当に大丈夫?」
何度も同じことをループさせられていた。
トパーズは、受けたくないのだろうが、俺は何度も頼み込むしかない。
「トパーズ。お嬢様にはこれが、今必要なことなのです」
「そうは言うけど……私だって暇をしているわけではないのよ?」
ルビーは思い出したかのように、わざとらしく手を叩いた後、人差し指を立てていた。
「そうそう、お伝えするのを忘れていましたが……なんでも、あなたがお願いを聞き入れてくれたのなら、お嬢様は週一回添い寝をしてもいいと仰ってました」
「ちょ、待って、言ってな……い」
ルビーは重圧を含めた視線を俺に突き刺し、今にも飛びつきそうなトパーズの襟を掴んでいた。
「私の言葉に間違いはございませんね。お嬢様?」
条件の話など、まだ何もしていない。今すぐにでも否定したいが……ルビーの視線がそれを許してくれない。
「あら? 話がわかるお嬢様って素敵です」
待て待て待て、勝手に話を進めるな!
その日の夜。
トパーズとの週一回の添い寝が始まった。
頭を撫でられたり、寝かしつけるように背中をトントンされたり。
ただ……子供扱いに抗議するつもりが、あっさり寝落ちしてしまう自分に呆れてくる。
トパーズは無事に冒険者登録を済ませ、受付の対応もとくに問題はなかったらしい。
まだ数日なので額が少ないのは当たり前だけど、冒険部隊からの収入が確保できるようになった。
そこで得たお金が、ある程度の金額に達した場合は、奴隷たちにも分け与えるように指示をした。
給金を与えることで意識の変化を求めたが、これが今後どうなるかは未知の領域だ。
奴隷に給金は当然なく、その必要性すら理解していなさそうだ。
やはりこの世界の奴隷の現状がおかしい。
それから二週間が経った朝、事件が起こってしまう。
「お嬢様。おはようございます」
「おはよう……もう朝か、ふぁぁーー」
ルビーが書類を机の上に置いている。
俺の承認が必要な書類や、報告書などが、ここ最近作られるようになっていた。
「昨日の冒険部隊からの報告がありました。薬草の採集は十束のところ集まったのは七十四束。ウェアウルフ討伐は目標三体のところ、討伐は二十です。コボルトやゴブリンといった、弱い魔物ですがこちらは合わせて三十八体。ブランクがあったにせよ、なかなかの評価だと思います」
「は? 何考えているの?」
ルビーが読み上げている書類の内容に、俺は髪を乱暴にかきむしっていた。
「お止めください。グセナーレ家の淑女が髪を乱暴に扱うものではございません」
今はそんなことはどうでもいいんだよ!
どうしてこうなった?
「そんなに頑張ったら、依頼がなくなってしまうでしょ! 薬草だっていつもどこでも生えているわけじゃないんだから」
俺は着替えもしないまま広場へ向かい、のんきに素振りをしているバナンに詰め寄った。
「バナン!」
「お、お嬢か。びっくりさせないでくれよ」
俺はバナンを正座させ、採集は程々にするようにと言い聞かせた。それと、討伐がどうしてこうなったのかもじっくりと聞き出した。
「頑張ってくれるのはありがたい話だけど……ちょっと聞いてるの?」
「お、お嬢。いや、あの……後ろを見てくれや」
後ろを振り返ると、お怒りのご様子のルビーが立っていた。
布を被せられ、まるで荷物のように運ばれてしまう。その理由は、淑女たるものそのような格好で出歩くものではないと……説教していたはずの俺が、今度は説教される側になってしまった。
少しトラブルはあったものの、冒険部隊の方はとりあえず目処は立った。
再び冒険者をしてくれと言ったものの、ブランクはあると思っていた。だから、ゆっくりでもよかったのだけど……まあ、やる気があるのはいいことだ。
着替えを済ませ、机に置かれている資料を眺めていた。
残っているのは生産職系予定の奴隷たちと子供が五人。
冒険者たちとは違い、こちらは人数が少ない。
以前は何かしら仕事をしていたとは思われるが、適材適所として現時点で使えるのだろうか?
屋敷に残された資料には、彼らが以前何をしていたのかも、どんな経緯で奴隷になったのかも書かれていない。
成人は、男性が四人、女性が九人。
あの日から調理場で働き、屋敷や奴隷たちが使っている部屋の掃除など、現在は使用人に近い仕事を任せている。
とはいえ、掃除にしてもこの人数で事足りている。そこまで大きくはないこの屋敷だが、使っていない部屋がいくつかある。
大した手入れもしていないけど、女性や子供たちには使ってほしいところだ。
前の反応からしても多分無理だろうし……どうしたものか。
男性陣は家事に関しては、壊滅的。力仕事を任せるか、重たい荷物や薪割りとかか?
今のところ何も起こってはいないが、どこかで不満が出てもおかしくはない。
それからさらに数日が経った朝。
「お嬢様。おはようございます」
「ああ、ルビーか。おはよう」
まずは様子を見に行ってからだな。
前職を聞き出し、それから対応していくしかないだろう。
「ルビー、今日は冒険者以外の奴隷たちを見に行く。朝食が終わり次第、食堂に残るように伝えておいてくれ」
「……かしこまりました」
子供たちは庭で遊ばせるとして、表情からして男たちは浮かない顔をしているな。
様子からして俺に怒られるのではないかと思っているのか。
対して女性たちのほうは、姿勢を正し指示を待っている。
このたった数日でこれほどにも差が出るとは予想外だ。
「今日は皆で働く職種について考えようと思う。奴隷になる以前の仕事は何をしていたのかを一人ずつ聞くので、そちらから順番にこっちへ来てくれ」
なるほど、男性の三人は子供の頃から奴隷で主に肉体労働をしていたようだ。
持ち主が必要なくなったためか、再度売られたというわけか。
残る一人は何とも……学校の講師をしていたらしい。とはいえ、そんな人物が何で奴隷に落ちたのか不思議ではある。街の様子からしても義務教育があるようには思えなかった。
どんなことを教えていたのか興味もあるし、彼には後で色々と教えてもらうことにするか。
女性たちの多くは、料理人、裁縫、農家、そして娼婦。
こちらはそれなりに役に立ちそうではあるが……
この世界でなくても、娼婦というのはお金にはなる。
強要するには俺自身抵抗もあるので、そのまま使用人として使うほかない。
「このまま、使用人として働きたい者は手を上げてもらえる?」
しばらく待ってみたが誰も手を上げる様子はない。
これはどう判断すればいいのだろうか。
今の環境が好ましくないのか、自分の意見を言うことがだめだと思っているのか。
冒険者たちとは違い、この人たちのできることは限られている。
それでも意見の一つも出ないというのか、この人たちは……
「ふぅ。質問を変えるよ。料理を作るのが好きな人は?」
こちらも誰も手を上げることはなかった。
俺だけではなく、ルビーの方からも小さなため息が漏れていた。
奴隷たちの基本的な価値観。それが俺と大きくかけ離れているのだと思う。
こんな些細な意見に何もできないのか……一体どうすればいいんだ?
俺に……俺の命令を待っているとでも言うのか?




