14 お嬢様と冒険者ギルド
「ん? そうですね、依頼の品が約束通り揃っていて、討伐も依頼通りで、報告に嘘がなければ問題はないと思いますよ」
「バナンって元は冒険者だったよね。バナンを登録すればすぐにでも依頼は受けられる?」
「その方の登録は認められませんね。申し訳ないのですが、冒険者ギルドでは奴隷の登録はできないのです。命令一つで何をするか分かりませんからね」
そうか、奴隷という立場なら主人の命令は絶対だ。
そんな中途半端な相手に、依頼の責任を負わせるわけにはいかないか。だけど、ギルドの登録さえできれば、依頼をこなせばいいだけなんだな。
「さっきの話だと、奴隷を使っても問題はないよね? 登録する人が奴隷じゃなければ」
「そうですね、奴隷を使って依頼を遂行する人はごく稀にですが、いないことはないですよ。ですが、奴隷が失敗しても依頼を受けた人が処罰の対象になりますから、その点はご注意ください」
それであるのなら、多分問題はないと思う。
問題はないのだけど、誰を登録させるかという話が残っている。俺が登録できない以上、代わりに登録する必要がある。
「トパーズかルビーを冒険者登録させましょう」
俺の提案に、ルビーの表情が少しだけ暗くなった気がした。
「私は構いませんが、彼女は条件付きになりそうですね……」
「条件?」
頷くルビー。
「お嬢様がよいのであれば……」
条件という言葉に嫌な予感がする。
これまでトパーズの行動からして、よからぬことを言ってくるのは間違いない。
だが、ここでルビーを冒険者登録すれば……ルビーが街へと向かい、冒険者ギルドで手続きをして帰ってくるまでの間。残った侍女はトパーズであり、当然俺の隣にいることとなる。
そして、ギルドを利用するたびに、その地獄がやってくる。
ルビーを登録すれば、ギルドに行くたびにトパーズと過ごす長期の苦痛。トパーズを登録すれば、条件という短期の拷問で済む。
長期の苦痛か短期の拷問か……そんなことは分かりきっている。
「条件か、それはできるだけ控えるように伝えて……とはいえ、本人もいないし登録は明日になるかな?」
条件付きか……考えただけで気分が滅入ってくる。
「後は、トパーズに任せるとして。バナン、あそこにある依頼の中であなたたちが、今の戦力で受けられそうなものはあるかしら?」
「正直言って、俺たちがどこまでやれるのか今は何とも言えない。だけどよ、この薬草の採取で得られる報酬は少ないんだが……」
依頼書に書かれている金額は銅貨五枚。銅貨だから、多いものとは言えない。簡単であればあるほど、もらえる金額は少ないのは当然のことだ。
多分その答えも、俺とバナンたちの差異によるものだと思う。
「バナンよく聞いて頂戴。少ないお金だろうと、奴隷たちを養っていく上では必要なの。私はできないことをやれとは言わない。けどね、たった一枚の銅貨でもないよりもある方が当然いいでしょ?」
「だけどよ……」
「奴隷って買われてからはどうなるの? 冒険者が土木作業? 料理ができる人なのに少し綺麗ってだけで娼婦? たとえばルビーみたいに優秀なメイドが看板娘とかに使われていたら、雇い主の頭がオカシイよ」
バナンが言いたいことも分からなくはない。
この程度のお金では何の足しにもならない、俺がそのお金に満足できるはずもない。そう言いたいのだろう。
多くの冒険者は金額で選ぶか、少額でその日をやり過ごしているのだろう。
冒険者の経験があるのなら、それを生かして、できることとできないことを判断し、確実に依頼をこなしてお金を稼ぐものだ。
たとえこの銅貨一枚の報酬でも、俺はそれをけなすつもりはない。
「使える人を使える場所でお金を生んでもらう。あなたたちは経験者なのでしょ? 私が望んでいるのは大金ではないわ。確実にあなたたちが稼げるという実績が欲しいのよ。だから、自分たちができることを探しなさい」
「お嬢様。俺だって……そんな期待に応えられるかどうか」
「ああ、そう言われても俺たちなんかに」
奴隷生活が身に染みると、ここまで意欲というものが削られてしまうものだろうか……命令するのは簡単だけど。
できればあの魔法は今後こんなことに使いたくない。
奴隷だとしても、意志を持って行動してほしい。
「お嬢。お任せください。たとえ一人であろうと、俺はこの依頼を……ここにあるどんな依頼でもこなしてみせる」
「うん、頼んだよ。バナン、あなたを冒険部隊のリーダーを任せるわ。できないものに無理強いはさせないこと。能力を見極めて、依頼をこなしてみせなさい」
バナンは俺の前で片膝をつき頭を下げていた。
「期待に添えるよう。この命をかけよう」
「バナン、訂正して。私はそんなくだらない心意気を望んでいない。命は落としてしまえばそれまで、生きていれば次のチャンスがある。だから、そうならないように頑張りなさい」
やはりこの世界では、奴隷の命は軽く見られているのだろう。
街で見かけたように、命じたことができなければ酷い仕打ちを与えていた。奴隷紋による苦痛ではなく、暴力による痛みを与えていた。
奴隷たちがどれだけ懸命に働こうとも評価すら与えない。
社会人だった頃と比べ、ここはまるで地獄の中にいるみたいだ。
「お嬢……いや、見ていてくれ。俺たちの頑張りを」
「それでいいよ。よろしく頼むわね」
バナンの肩を軽く叩く。後ろにいた冒険者たちはうつむき、これからのことを考えているようにも見えた。
せっかく街に来たので、ギルドから少し離れたところにある食堂に入ることにしたのだけど、席に着くまでの奴隷たちの遠慮ぶりといったら本当に面倒くさい。
自由に暮らしていた頃のお前らは、元からそんな奴じゃないだろ?
もう少し近い存在になれないものか……
主従の関係というものが、こんなにも重たいものだとは思わなかった。
会社にいた頃は、上司と部下という立場があっても、飲み会の席では軽口の一つも叩けた。多少の壁はあっても、あくまで人と人との関係だった。
だけど、ここでは違う。
命令一つで人が苦しみ、意見を言うことすら躊躇われる。俺が望んでいなくても、奴隷紋という壁によって近づくことはできない。
それでも、少しずつでいい。
バナンは俺の意図を汲み、自分の意見を口にした。
ああいう瞬間が増えていけば、いつかこの壁も薄くなっていくんじゃないか……そんな、根拠のない期待を抱いてしまう。
「問題は山積みだな」
「お嬢様。難しい顔をなされて、どうかされましたか?」
「なんでもないよ。それより、早くご飯にしようか」




