12 お嬢様と冒険者
兎にも角にも、金、金、金だな。
どの世界であっても、通貨がある以上最終的にはそうなるのが当たり前だよな。
当面は資金を集めつつ、今の状況を凌いでいくほかない。
どこまで通用するのかわからないことだらけだが、今できることを探し、これからに繋いでいけるよう考えていくしかない。
「ルビー」
「はい?」
「昨日狩りをしていたという人の中に、冒険者だった人がいたのよ。この近くに冒険者ギルドはある?」
「はい、この場所は街から少し離れてはおりますが、その街の中央広場の近くにございます」
「なるほど、これから冒険者ギルドへ行く。準備をして」
「かしこまりました」
屋敷の庭に行くと、奴隷たちは次の狩りに向けてだろうか、剣の素振りをしたり、筋トレをしたりと鍛錬に励んでいた。
剣の数が少ないからか、中には木の棒を振っている人もいた。
それを監視するかのように、屋敷の入り口ではトパーズがその光景をただ見ている。
俺が指示したわけでもないのに、自分たちで動いてくれるのはいい傾向だと思う。
「精が出ますね」
「お嬢か、おはようございます」
素振りをしていた昨日の大男に声をかけると、俺の姿を見るなり姿勢を正し一礼をしている。
冒険者。ギルドから依頼を受け、報酬を受け取り日々の糧としている者たち。
依頼は多種多様で、魔物の討伐や素材の採取。
要人警護といったものから、果ては荷物運びまで、報酬さえあれば何でも依頼ができるらしい。
「おはよう。えっと、名前は?」
「バナンです」
「昨日はありがとう、バナン」
「礼を言うのは俺たちの方です。ですが、奴隷の身分である俺たちに……」
手を突き出して、それに続く言葉を制止する。
そんな話がしたくて声をかけたわけじゃない。俺がため息を漏らすと、バナンは肩を落としていた。
「お礼なら必要ないわ。昨日、冒険者だったとか言ってましたね」
「はい。ランクは低いですが」
ランク?
階級のようなものだろうか?
俺が知っている冒険者は、屋敷にあった本で知ったことばかりだ。だが、冒険者たちの武勇伝のような物語の中に、このランクという単語はなかった。
冒険者ギルドに行けばその辺も詳しくわかるだろうから、バナンから聞く必要はないか。
「私はこれから冒険者ギルドに行くの。あなたを含め五人ほど、冒険者経験のある人を集めてもらえる?」
「わかった。あ、いや……わかりました、声をかけてみます」
「私に対して、そんなことを気にするだけ無駄よ。皆も好きに話していいのよ?」
「……そりゃ助かる」
バナンは頭をかきながら、ニカッと笑った。
俺とバナンのやり取りを睨みつける視線に気がついた。
近づくと、尻尾の毛は逆立ち、俺を威嚇している。
「あら、おはようお犬さん。それとも猫なのかしら?」
「くっ」
「さすがにその格好では疲れたでしょう?」
それにしても、人間とあまり変わりはないのだが……獣人の特徴とも言える耳や尻尾には触れてみたいとは思う。
今そんなことをすれば、関係はさらに悪化するだろうし我慢するしかない。
我慢できなくなったら、この人の妹にでも頼むとしよう。ペットにするわけじゃないのだけど、ただの知的好奇心だ。
準備を終えたルビーが、俺を見るなりすぐさま駆け寄り、間に割って入ってきた。
「お嬢様、あまり近づいては……」
「大丈夫よ、ルビー」
ルビーの制止に構うことなく、俺は転がっていた石を集め、彼女の周りに円を作っていく。
「あなたの命令を変更します。この円の中から出てはだめよ」
「ちっ、この紋様さえなければこんなやつ」
左手に刻まれた奴隷紋があるから、言われた通りにしないとあの苦痛が待っている。
それさえなければ、俺なんてすぐにでも殺したいということなのだろう。
「お嬢、お待たせしました」
「トパーズ、あそこで座っている人にコップ一杯の水と半分のパンを用意しなさい」
「よろしいのですか?」
トパーズに任せておけば、まともな食事など出すはずもない。かといって、彼女にはもう少し反省してもらう必要もある。
バナンのようにそれなりに理解力があれば、こんなことをしなくても済んだのに。
「お嬢は優しいな」
「そうかしら? あなたたちを道具として扱っているのよ?」
「奴隷商人だからそれは当たり前なんだろ? 俺が言ってるのは反抗しているクロに対して、食事を与えるなんざ普通じゃ考えられねえ」
それにしても、水とパンを与えたことすらこの世界では普通じゃないのか。
朝になり彼女に食事が用意されていたとは思えない。そう思っただけなのに……どれが当たり前で、何がおかしいのか未だ掴めない。
だけど、必要でもない虐げは俺が望むものでもない。
多少罵られようとも、俺の言うことに素直に従ってくれるのであれば、他の奴隷同様に扱うつもりだ。
とはいえ、奴隷である以上、反感が出るのも当然のことだと思っている。
食事を取らないと死んでしまう。あの程度が優しいなんて冗談じゃない。
俺からすれば、死なないための最低限を与えているに過ぎない。
俺が思っていた奴隷と、この世界の奴隷というものはどれだけかけ離れているんだ?
たかが小娘の命令だとしても、逆らえばあの苦痛。
奴隷魔法。この魔法という概念が、俺の理解できない世界観を作り出しているのか?
自己を否定されてもごく当たり前だと思わされ、人であって人ではないような扱いを受け入れてしまう……いくら考えても、まったく理解できそうにもないな。
「クロ? あのお座りしているお姉さんのことかしら?」
「ああ、冒険者の中でもなかなかの強さだったんだぜ。ま、噂程度の話だがな」
「だったらなんでこんな所になんか……」
噂程度の話ね。どうしてこの屋敷には、これほどの冒険者たちがいたのだろうか?
奴隷たちと話をしても、アレたちに比べてかなりまともな人ばかりだ。
それなのにどうして? 疑問ばかりが頭の中をぐるぐると回っているだけで、何の糸口も見えない。
「依頼の違反をしたとかで、多額の賠償を命じられたとかなんとか……いいように型にはめられて奴隷に落ちたって話だ。冒険者の間ではそれほど珍しい話じゃない」
その噂の真偽は不明だし、なんとなく想像もできなくはない。
あの言動からして不仲な冒険者に裏切られ依頼を失敗にさせられたか、あの容姿に獣人といったことも相まってその手の筋から糸を引かれたか……昔の友人も『獣耳はよいものだ』とか言っていたな。
とにかくお金が絡むと、奴隷も絡みやすいのがこの世界か……
「バナンも、そういう理由だったの?」
「冒険者の依頼には、失敗による罰金もあるんだ。護衛なんてものは、罰金もかなりデカくなる」
「なるほどね。その罰金が払えなくなると奴隷商人に売られて、借金を肩代わりするってことね。売る側は冒険者ギルドってわけ?」
「おいおい、ギルドがそこまで冷徹じゃないぞ。ある程度の金なら肩代わりして、次からの報酬の一部を差し引いてくれる対応だってしている」
それはそうだろう。
そんなことばかりなら冒険者になる奴が減る。ただ、冒険者になるのは簡単で、手っ取り早く就ける職業みたいだな。
「俺の場合、護衛をしたやつが運悪く町で襲われてだな。それでこのザマだ」
そう言って、バナンは豪快に笑い飛ばした。
結構深刻な話だとは思うけど、なんで笑っていられるんだ?
彼らに冒険者を任せるにも、大きなリスクがあるってことだな。




