11 お嬢様は優しい?
戻ってきた奴隷たちも含め全員の入浴が終わり、食堂に集まる奴隷たちの前には多くの料理が並んでいた。しかし、奴隷たちはその料理を前にしてじっと我慢をしていた。
なぜなら、イクミを皆が待っていたからだ。
奴隷たちが主よりも先に食べ始めることは許されない。皆はそれぞれ料理を前に、腹の虫があちこちで鳴り響いていた。
空腹を前に歯止めが利かないのは子供たちで、隣にいる者は手を伸ばさないよう腕を掴んでいた。
「侍女様、申し訳ないですが。お嬢様をお呼びしてはいただけないでしょうか? このままですとせっかくの料理が……」
「あなたは何様のつもりで何を言ってるの? お嬢様は今疲れておられるのよ。可憐で愛おしい私のお嬢様が、お休みになられているというのに、それをこの私が邪魔するとでも本気で思っているのかしら?」
トパーズの言葉に、期待をしていた者たちは俯いていた。
イクミさえ来れば、これまでにないごちそうにありつけると思っていた。
料理を見ないようにするものの、匂いが空腹を刺激していた。
「トパーズ。私が起こしてきます。お嬢様のことですからきっと、起こさなかった方がお怒りになられるはず」
「私はそれに承諾した覚えはないから、怒られる場合はルビーだけにしてよね」
ルビーはイクミの部屋へ向かうも、その足取りは重かった。
それは、あの疲れ切った顔をまた見るのではないかと思っていたから。
この屋敷の主に代わってイクミは、休むことよりも働くことばかり選んでいる。
以前の体であれば、この程度は当たり前のようにこなしていたが……幼い体にかかる負担の大きさを、イクミは理解していなかった。
そして、ルビーはイクミがどこにいてどんな生活をしていたかを知らない。
朝の様子も何かがおかしいと思っていたルビーは、イクミの部屋に向かう途中も何度かため息を漏らしていた。
「少しは元気になられているでしょうか」
軽くノックをした後、ドアを開けると、先ほどと変わらず眠りこけていたイクミの姿に少しだけホッとしていた。
顔にかかっていた髪を払い、あどけない顔をして寝息を立てている姿に、自然と表情が和らいでいた。
「お嬢様、そろそろ起きてくださいませ。皆が待っておられますよ」
「ルビー? ここは……俺寝てた?」
目は半分程度しか開いておらず、大きな欠伸をしている。
「言葉遣い……それよりも、狩人も戻り夕食の準備も整いました」
「ごめん、起こしてくれてありがとう」
「さ、お嬢様」
* * *
食堂へ向かう前にルビーから狩人のことや調理場での出来事について簡単に説明を受けていると、食堂の扉の前に着いていた。
ルビーが扉を開けると、用意されていた長いテーブルだけでは収まらなかったのか、他の部屋から持ってきた机と椅子に全員が座って待っていた。
俺の姿が見えると、一斉に立ち上がり軽く礼をしていた。
「待たせてしまいましたね。それでは、いただきましょう」
俺一人のためのテーブルに置かれていた料理は、皆とは違うものだった。
いつものように手を合わせ俺が食べ始める。ルビーからは、「許可を出してあげてください」と言われ、皆に向かって両手を広げる。皆が俺の真似をして手を合わせてから一斉に食べ始めていた。
料理をいただきながら、皆の楽しそうな様子を眺めていた。
「皆、そのまま食べながら聞いてください。私は、イクミ・グセナーレ。知っての通りここの奴隷商人です。私のことは好きに呼びなさい。これからもこの楽しい食事を続けていきたい。だから、私に力を貸してください」
歓声や拍手が起こり、嬉しさのあまりか泣き出して隣にいた者に縋りつく者もいた。俺はその様子を見て、少しだけ安堵していた。
ただ一人だけ、あまり喜んでいない者がいた。
料理が乗った皿を手に持ち、料理を食べることもなくじっと眺めている少女が少しだけ気になっていた。
「どうしたの? なぜ、あなたは食べないの?」
「えっと……お姉ちゃんにご飯」
耳と尻尾。獣人族の子供? お姉ちゃんというのは、あのまま広場に放置しているあの人のことで、この子は妹だろうか?
その子供の頭に手を置いた。
小さい俺の体よりもまだ小さいのに……今すぐにでも料理を食べたいはずだというのに。
「私からは、彼女に食事を渡すことはできないの……だけど、誰かがここにある物を持っていったとしても、私は咎めるつもりはない……ごめんね」
「え? あの」
それだけ言って俺は自分の席に戻っていく。
残っていた料理を食べていく。俺からの施しであれば、口にするとは思えない。
そう思っていたからあんなことを言ったのだけど……何人かが俺の方を見て祈りのようなことをしているのはなんでだ?
「ほら、これも持って行ってこい、お嬢様は怒らねえって言ってんだ」
「あ、ありがとうございます」
この子は、皿に肉を置いてくれた人にではなく、俺に向かってお礼を言っている。
ありがとうか。本来なら、姉に罰を与えた相手に礼を言う必要なんてないはずだ。
笑顔で食事を運ぶあの子は、何を思っているのだろう……
部屋に戻り、机に向かう。今日はなんとかいい方向に持っていけたのだけど、これからやることは山積みになっている。
狩りを続けるにしても、動物を狩り尽くしては元も子もない。
食料の安定供給、寝床の確保、諸々とかかってくる資金の調達。
食料を単純に考えれば家畜という線もあるけど、鶏を数羽飼う程度の小屋では意味がないし、育てている時間の余裕もない。
そもそも最初に家畜となる動物を買う資金すら出せない。
また、放牧をするにも屋敷の周りはすぐに森に面しているため、伐採から手をつける必要が出てきて、結局どのみち労力的に破綻する。
何もかもが順調で、労働力さえあれば、今考えたこともできると思うが……
たった一回程度のまともな食事。だけど、寝床はまだ、あの地下の檻を使っている。
一応は男女に分けているけど、薄い布を掛ける程度。
せっかくお風呂で体を清潔にできても、あの寝床は衛生環境が悪い。長期間使うのは好ましくない。
かといって、新しく建物を建てることは不可能だ。
風呂ですら、土では天井を支えきれずに吹き抜けにしたのだ。何十人もが眠る建物を土魔法で建てるなど、危なくて任せられない。
屋敷に住まわせる話もしたけど……俺と同じ所に住むというだけで奴隷たちの顔は一気に暗くなったので、その話は取りやめた。
昼間のトパーズの行動が尾を引いていると思って間違いないのだろうけど。
明日は一度きれいに掃除を済ませた後、草などを藁代わりにして敷き詰め、シーツを掛けるのが今は一番早くできることだろうか?
それでも、薄くてもいいから掛け布団になる物も必要だな。
何をするにしても資金は必要になってくる。
奴隷商人なのだから奴隷を売るのが当たり前なんだろうけど……この屋敷に残されていた奴隷たち個々につけられた価格表。たとえ売れたとしても、それほど大きな額にはならない。
最初からそんなつもりはないが、よほどの目玉となるものがいないと、商売の儲けは少ない気がしてならない。
だから、ああやって最低な食事と環境に追いやるのも、ある意味当然の結果なのだろう。
しかし……売価が安い割には、なぜほとんどの奴隷が借金奴隷になっているんだ?
この売価以下の借金が、皆が背負った借金だとでも言うのだろうか?
その程度の金額で……なぜ奴隷になるというんだ?




