3羽 空の館で、ひと休み
「この人……かなり傷ついてる」
アキトは、倒れている青年を見つめた。
水のように透き通った淡い水色の髪。
光が当たると、ラピスラズリのような深い藍にも見える。
服もところどころ破れている。
「このままじゃまずいよ」
「だったら、寝かせられる場所を探すぞ」
アークが立ち上がった。
「寝かせる場所?」
「ああ。ベッドでも何でもいい」
アークは青年のそばにしゃがみ込む。
そして――。
「よっと」
青年の身体を軽々と抱き上げた。
「えっ、アーク!?」
「何だよ」
「いや……抱っこするんだ?」
「歩かせられる状態じゃねぇだろ」
アークは青年を抱えたまま、周囲を見回す。
「とにかく、寝られるところを探すぞ」
「う、うん!」
アキトも急いで後を追った。
二人は、天狼館の中を歩き始めた。
さっきまでいた場所とは違い、こちらは長い廊下になっている。
壁には見たことのない模様。
天井には淡い光。
そして――。
「……広いな」
アキトが思わず呟いた。
どこまで続いているのか分からない。
まるで、一つの建物の中に街が入っているようだった。
「アーク」
「なんだ?」
「応急処置できる場所とか、ないかな?」
「探すしかねぇな」
「だよね」
二人はさらに進んだ。
すると――。
「……あ」
アキトが立ち止まった。
廊下の先に、いくつかの扉が並んでいる。
「部屋がある」
「開けてみるか」
アキトが一つ目の扉を開ける。
中は――。
何もない部屋だった。
「……違うね」
「次だ」
二つ目。
物置のような部屋。
三つ目。
大きな机が置かれた部屋。
「うーん……」
アキトが困った顔をする。
そのとき。
アークが廊下の奥を見た。
「……あそこ」
「え?」
「扉に何か書いてある」
二人で近づいていく。
そこには、見たことのない文字と一緒に、小さな紋章が描かれていた。
アークが扉を開ける。
「……!」
アキトの目が大きくなる。
そこには――。
ベッドが並んでいた。
「ベッドだ!」
「やっと見つけたな」
アークは抱えていた青年を、ゆっくりとベッドへ寝かせた。
「……よし」
アキトが青年の顔を覗き込む。
まだ眠ったままだ。
「大丈夫かな……」
「傷を見てみるぞ」
アークが青年の服の破れた部分を確認する。
「かなりやられてるな」
「応急処置できるもの、探そう」
「だな」
部屋の中を見回す。
棚。
机。
いくつもの見慣れない道具。
「これ……使えるのかな?」
アキトが一つを手に取る。
「分からねぇ」
「だよね……」
「無理に使うな。下手したら悪化する」
「うん」
アキトは道具を戻した。
そのとき――。
ふわっ。
窓から風が入ってきた。
「……風?」
アキトが振り返る。
そこには、大きな窓があった。
「窓、開くのかな?」
アキトが近づく。
そして、ゆっくりと窓を開けた。
――ぶわっ。
爽やかな風が吹き込んできた。
「……わぁ」
目の前に広がっていたのは――。
青い空。
白い雲。
アキトがいつも見ていた空と、同じ空だった。
ただ一つ違うのは――。
「……雲が、下にある」
アキトは窓の外を見つめた。
天狼館は、空の中に浮かんでいた。
「俺たち……空の上にいるのか?」
アークも窓まで歩いてくる。
「……みてぇだな」
二人とも、しばらく言葉を失った。
そのとき。
遠くの景色に、見覚えのあるものが見えた。
「……え?」
アキトが目を凝らす。
「アーク……」
「なんだ?」
「あれ……」
アキトが遠くを指差す。
そこに見えたのは――。
さっきまで自分がいた街だった。
「……俺たちの街だ」
アークも目を細める。
「……本当だな」
「じゃあ、ここって……」
「分からねぇ」
アークは短く答えた。
二人は、まだ知らない。
この空に浮かぶ巨大な館が何なのか。
なぜ自分たちがここへ来たのか。
そして――。
なぜ、この館には自分たちのいた街が見えているのか。
今はただ。
目の前で眠っている青年を助けること。
それだけだった。
アキトはベッドのそばへ戻った。
「……大丈夫だからね」
眠っている青年へ、静かに声をかける。
アークもその横に立つ。
「まずはこいつを助けるぞ」
「うん」
二人はまだ知らなかった。
この青年との出逢いが――。
二人の運命を、大きく変えていくことを。




