第2羽 空から落ちてきた異変・そして出逢い
「……また、あの夢……」
朝。
窓から差し込む光を眺めながら、アキトはぼんやりと呟いた。
昨日も見た。
いや――昨日だけじゃない。
何度も、何度も。
空から落ちていく夢。
そして、その先にある星空を映した巨大な湖。
湖の向こうに立っている、長い髪の誰か。
その人は、いつも泣いている。
「君は……誰なんだ?」
夢の中で何度尋ねても、答えは返ってこない。
今日も、あの人の姿が頭から離れなかった。
「……考えてても仕方ないか」
アキトは身支度を整えた。
今日は、とあるオーディションの日だった。
声の仕事。
自分がずっと追いかけてきた夢。
不安はある。
それでも――。
「行ってきます」
家を出た。
*
オーディション会場へ向かう途中。
いつもの街並み。
いつもの人の流れ。
いつもの日常。
――だった。
「……ん?」
ふと、アキトは足を止めた。
空がおかしい。
青かったはずの空に、黒い影が広がっている。
雲ではない。
まるで空そのものに、何か巨大なものが映し出されているようだった。
「……なんだ、あれ?」
次の瞬間。
空から――何かが落ちてきた。
ドォォォォン!!
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
地面が大きく揺れた。
悲鳴が上がる。
人々が一斉に逃げ始める。
「危ない!」
「逃げろ!」
「何なんだよ、あれ……!」
アキトも走り出した。
しかし――。
また空から何かが降ってくる。
巨大な瓦礫。
まるで、どこか遠い場所で起きている戦争の残骸が、突然この世界へ落とされているかのようだった。
「うわぁぁぁぁ!!」
アキトは頭を抱えた。
その瞬間。
頭の奥で、声が響いた。
『……おい、アキト』
「……え?」
聞き覚えのない声だった。
だが――。
なぜか、ずっと昔から知っているような気がした。
『こっちだ!』
「こっちって、どっちだよ!?」
『いいから来い!』
「いや、待って! 誰なんだよ、あんた!」
答えを聞く暇もなかった。
空から、巨大な何かが落ちてくる。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
アキトが叫んだ。
そして――。
アキトの身体の中から、もう一つの声が響いた。
『クソッ!!』
「えっ!?」
光が弾けた。
次の瞬間。
アキトの目の前に、一人の青年が立っていた。
鮮やかな赤い髪。
鋭い瞳。
狼を思わせるような雰囲気。
だが、その青年自身も明らかに困惑していた。
「……なんだ、ここは?」
「え?」
「俺にも分からねぇ」
青年は周囲を見回した。
そして、アキトを見る。
「……おい、アキト」
「なんで俺の名前を知ってるんだ!?」
「俺は――」
青年は一瞬だけ黙った。
そして名乗る。
「アーク・シリウス」
「アーク……?」
「そうだ」
アークは自分の手を見つめる。
まるで、今まで存在していなかった身体を確かめるように。
「……やっと自由になれた」
「自由……?」
「それも分からねぇ」
アークは頭を押さえた。
「俺はずっと、お前の中にいた」
「……俺の中?」
「ああ」
アキトには意味が分からなかった。
目の前にいる青年。
自分の名前を知っている。
自分の中にいたと言う。
なのに――。
「アークは……ここがどこか分からないの?」
「分かるわけねぇだろ」
即答だった。
「えぇ……」
「俺だって何が起きてるのか分からねぇんだよ!」
「じゃあ、さっき『こっちだ』って言ったのは!?」
「知らねぇ!」
「知らないの!?」
「知らねぇって言ってんだろ!」
二人が言い争っている間にも、空は崩れ続けていた。
そして――。
まばゆい光が、二人を包み込む。
「な、なんだこれ!?」
「アキト!」
「アーク!」
「手ぇ出せ!」
アキトが手を伸ばす。
アークも手を伸ばす。
二人の手が触れた瞬間――。
世界が白く染まった。
*
静かだった。
さっきまで聞こえていた街の喧騒もない。
車の音もない。
人の声もない。
「……ここ、どこだ?」
アキトが呟いた。
目の前に広がっていたのは――。
巨大な空間だった。
天井も見えない。
壁も果てがない。
どこかの建物なのか。
それとも――宇宙なのか。
分からない。
ただ一つだけ。
ここが普通の場所ではないことだけは分かった。
「……アーク」
「なんだ」
「ここ、知ってる?」
「……知らねぇよ」
「だよね」
二人は顔を見合わせた。
「じゃあ……俺たち、どこに来たんだ?」
「さあな」
アークは周囲を睨む。
その時だった。
――ゴゴゴゴゴ……。
遠くで何かが動いた。
「……何?」
アキトが振り返る。
巨大な構造物の奥。
そこに、淡い光が灯っていく。
一つ。
また一つ。
まるで眠っていた何かが、二人の到着を待っていたかのように。
「……動いた?」
「俺たちが来たからか?」
「そんなこと言われても……」
その瞬間。
――ドクン。
アキトの胸が大きく脈打った。
「……っ」
胸の奥が熱い。
まるで何かが、自分を呼んでいる。
そして。
アキトもアークも知らない、その場所の奥から。
小さな声が聞こえた。
「……だれ……か……」
「!」
アキトが振り返る。
「今、声が……」
「聞こえた」
二人は声のする方へ走った。
暗い通路。
その先に――。
一人の青年が倒れていた。
「……人!?」
アキトが駆け寄る。
青年の髪は、水のように透き通った美しい色をしていた。
淡い水色。
けれど光の当たり方によっては、ラピスラズリのような深い藍にも見える。
青とも藍とも言い切れない。
澄んだ水のようでありながら、夜の海のような深さを持った色。
その青年は、傷ついていた。
「大丈夫!?」
アキトが身体を支える。
青年はゆっくりと目を開いた。
「……ここは……」
「分からない」
アキトは答えた。
「俺たちも、今来たばかりなんだ」
青年は驚いたようにアキトを見る。
そして、かすかな声で呟いた。
「……竜の……国……」
「竜の国?」
聞き返した瞬間。
青年の意識が途切れた。
「ちょっと!」
アキトが慌てて抱き起こす。
アークは青年を見つめた。
「……竜の国、だと?」
「知ってるの?」
「知らねぇ」
「また!?」
「だから俺も知らねぇんだよ!」
アークが苛立ったように叫ぶ。
二人の目の前には、傷ついた青年。
そして、自分たちがなぜここにいるのかすら分からない謎の場所。
まだ二人は知らなかった。
この場所が――。
異世界と宇宙をつなぐ、巨大な館。
そして、彼らの運命を大きく変える場所。
――天狼館であること




