第9話 宇崎百花は推しとお茶をする
隅っこの二人席を確保して、くるにメッセージを送った。
《推しが行きつけの本屋の店員さんだったっぽい。らびこって呼ばれた。これからお茶する》
《は?》
期間限定のストロベリー何とかを飲みながらスマホを眺める。いちごうまい。
だよねー。私も「は?」って思う。
なんて返事を打とうかなと思って顔を上げると、イカ焼き屋さん(仮)がコーヒー片手に店内を見回してた。早いな。
スマホをしまいながら、小さく片手をあげる。気づいた。こっち来る。
イカ焼き屋さん(仮)は意外と普通の男性だった。
ちょっと細いというかひょろっとしてるけど、接客業だから清潔感もあるし、パッと見てオタクって感じでもない。本当に、普通の本屋の店員さんなんだよなあ。
「お待たせしてすみません」
「いえ、全然待ってないので」
目の前の男性をまじまじと見ながら考える。
推しに認知されたくない身としてはお断りすべきだったんだろうなあ。
イカ焼き屋さん=銀杏先生も、イカ焼き屋さん=目の前の本屋さんも、ほぼ確定ってことは、目の前の本屋さん=銀杏先生もほぼ確定だし。顔出しNGで、サイン会とか人前に出るイベント全部断ってる銀杏先生の素顔をこんな形で知ってしまうのは、ファンとしてNGだと思うし。でも、推しの頼みは断れないし。
「えー……百花さんとお呼びすればいいですか?」
「なんで本名までバレてるんですか」
少し賑やかとはいえお店の中なので、大声でツッコみたい気持ちを抑え込んだ。頑張った。私どこで本名漏れたの。
「予約の注文票で……」
「自分でバラしてた……いや、不可抗力だけど……」
にしても、苗字じゃなくて名前なのか。推しが望むならそれでいいんですけど、男女交際未経験の身としては、男性に名前呼ばれるのちょっと照れる。
とりあえず気を取り直して、私も呼び方を確認しよう。人目のあるところでイカ焼き屋さんとも銀杏先生とも呼べないし。
「私は、何て呼べばいいですか?」
「飯ケ谷杏一といいます」
「……いがやき?」
「函館あたりだとイカがなまってイガになるそうですよ」
イカ焼き屋さんの名前の由来をうっかり知ってしまった。っていうか、私も推しの本名知ってよかったんだろうか。私の基準だと完全NGだけど、聞かないわけにもいかないし。うううーん、自分の中の何かが揺らぐ。推しとの距離感とか。
「えーっと、じゃあ飯ケ谷さん。本題なんですが、どうして私バレてるんでしょうか?」
前置きとか色々すっ飛ばしてるけど、大事な話なので、さっさとやっちゃいましょう。あと、推しと長時間面談はダメだと思う。私がもたないし、許せない。素顔、本名、色々距離感バグってるけど、せめて短時間で終わらせたい。そのあとは適切な距離に戻る。よし。
飯ケ谷さんが「うーん」と唸っている。困ってると言うか、言葉を探してる感じ?
「気色悪いファンで申し訳ないんですが……店で聞いた声が『いつも聞いてる声』と同じだったので」
「……どう気をつけろと……」
「俺も最初は『聞いたことある声だな』ってくらいだったんですが、テンション高いときの声がそのまんまで」
頭を抱えそうになった。人目があるから耐えた。
外で極力声を出さないとか無理だし。配信時はボイスチェンジャーとか使うのも今更だし。顔出してないから油断してたけど、声だけでバレる想定はないって。似てる声だなくらいで終わらないか、普通。テンション高いときの声、そんなに特徴的なの?
「たぶん、俺が気持ち悪いファンなだけで、普通は気づかないと思うので……」
「……それならいいんですが……」
推しを自称気持ち悪いファンにさせてしまったのもつらいけど、身バレフォローしてくれてるのを否定するのもできない。推しの言うことは絶対なのだ。多少、場合にもよるけど。
「……ところで……」
飯ケ谷さんが控えめな声で切り出す。
うなだれたい気持ちはあるけど、推しに気を遣わせるわけにはいかない。
私がなんで身バレしたかはわかったし、いったんこの話は終わりでいいや。
「俺は、なんでバレたんでしょうか」
「……」
私はスマホをぽちぽちと操作して一枚のイラストを表示した。
「これです」
「……? コンテストのやつですね?」
「……え、気づいてないんですか?」
「え、なんか変なところありました?」
困惑してる飯ケ谷さんの反応に、こっちのほうが困惑する。
スマホをぐいっと押し付けて、それから自分のほうを指さす。今日は偶然ながらそのコーデだったから。
「服、おんなじ」
飯ケ谷さんが「あ」って口を開けてすぐ、額を抑えてうつむいてしまった。
え、無自覚でこんな同じ服着せたの?
消えそうな声で、飯ケ谷さんが必死に言い訳を始める。
「ちがうんです」
「はい」
「偶然なんです」
「はい」
「全身図がなかったから」
「……はい」
「最近見た可愛かった服着せようと思って」
「……はい」
「よくよく思い出したら百花さんの服でした……」
「……偶然だなあ……」
偶然が絡まりまくってお互い身バレしたのかあ。どんな偶然だよ。
心の中でツッコんでみるけど、ホントに起きちゃったしなあ。
肩の力が抜けて椅子にもたれていると、飯ケ谷さんがちょっと顔を上げて、心配そうな声を出した。
「……百花さんにお聞きしたいんですが」
「はい?」
少しの間をおいてから、本当に本当に切実そうな声で、こう言った。
「……引退は、しないでもらえますか?」
「もちろん」
即答。
くるに危機感ないって言われるかもしんないけど、身バレした原因はわかったし。気を付ける必要もなさそうだし。私も早く雑談やりたいし。
何より推しが「やめないで」って言うならやるしかあるまい。
オタクは推しの頼みを叶えられるなら叶えたい生き物なので。




