第8話 イカ焼き屋は推しの不在に耐えられない
あのコンテストの翌日、らびこさんがSNSで休止宣言を出した。つらい。
学生だから勉学優先なのはわかるけど、つらい。二週間も聞いてないのつらい。筆が乗らなくて担当さんに怒られた。つらい。
「はー……つら」
バイト中にも思わず漏れる。もうすぐ交代の時間だけど、やる気が出ない。品出しの手もキレがない。店長にも怒られた。
休止宣言以降、我ながらダメな人間になっていると思う。
らびこさんが配信引退したらどうするんだろう。頑張れるかなー。
「あのーすみません」
「っはい!」
女神の声がした。
正確には女神と言う名の推しである。
目の前にはリアルらびこさんがいらっしゃった。やべえ、声だけで元気になった。
「この本を探してるんですけど」
「あー、この本でしたら……」
書店員としてらびこさんを案内しながら、色々考えてしまう。
大学の課題で使う本だろうか。
元気そうでよかった。
学校が忙しいんだろうか。
配信飽きてしまったんだろうか。
そんなこと聞いたらリスナーに身バレしてることを知って、ホントに引退してしまうかもしれない。
わかっていながらも、気になって仕方ない。
「こちらでよろしいですか?」
「はい、それです! お忙しい中ありがとうございます」
「いえ、らびこさんのためなら」
言った瞬間「やべっ」て思ったけど、それ以上にらびこさんが「やべっ」て顔をしていた。
「も、もしかして」
「え、や、え、あー……」
らびこさんが口元を押さえながら小さく震えている。
そりゃ若い女の子なんだから、身バレ怖いに決まってる。完全にやらかした。まずい。推しを怖がらせてしまった。どう詫びたら。土下座か?
混乱しているところに、らびこさんの震える声が届く。
「イカ焼き屋さん?」
「え」
なんでバレてんの?
思わずらびこさんを凝視してしまった。余計怖がらせてしまう。よくない。
「えーっと、俺、もうすぐ仕事終わるので、よければ少しお話できませんか? 無理強いはしませんが、絶対貴方に危害を加えないことはお約束します。不安だったら信頼できる人を呼んでください」
らびこさんの視線が少し迷う。当然だ。身バレした成人男性が「話をしよう」だなんて。怪しすぎる。警察に駆けこまれても文句言えない。
それなのに、らびこさんが小さく頷く。
「ありがとうございます。あと十分くらいなので、隣のカフェで待っててください。お金は出しますので」
「や、そんな、お金は気にしないでください! 新作飲みたいですし」
「お願いです、推しに課金させてください」
頭を下げる俺に、らびこさんが「何言ってるんだ?」って顔をしてる。
当然だ。詫びとかそういう意味で奢ると思ってただろうし。その意味も含まれているけど。
らびこさんの配信スパチャオフだし。推しに課金したくても手がなくて。こんな状況で何言ってるんだではあるけど、課金チャンスを見逃したくなかった。
「いったんこれだけ。後でレシートください。足りなかったら追加で出すので」
「え? え? え?」
混乱しているらびこさんの手に千円札を押し付けると、慌ててその場を去った。突き返されるの防止もあるけど、品出しがまだ終わってない。時間がない。推しを待たせるわけにはいかない。
本気になったオタクは、通常時の数倍の働きが出来る。体感だけど。
残っていた仕事をギリギリ収めて、時間ちょうどにタイムカードを切る。
推しの引退をどうやって阻止するか悩みながら隣のカフェに飛び込んだ。




