第10話 宇崎百花は推しに身バレしたけど、推しの秘密は守る
「ありえなくない?」
「私もそう思うー」
あのあとくるからの着信があったので、そのままくるの部屋に来た。
くるからの電話なんて珍しいんだぞ。たぶん、初めてなくらいに。
それくらい心配かけてるんだなーと思ったから、慌てて報告に来たわけです。
その結果が「ありえなくない?」です。まったくもってその通り。
「イカ焼き屋さんが銀杏先生かどうかは置いておいて」
「いや、絶対そうだって! 確定だよ!」
睨まれた。解せぬ。でも黙る。怒らせたいわけではないので。
「最近聞き始めたのに、ずいぶん気合の入ったリスナーだね。確かにテンション高いもかの声はわかりやすいけど」
「え? そんなに変な声出してる?」
「それでも似た声で終わりそうなものを、よく本物と認識したね」
無視された。
え、そんなわかりやすいほど変な声なの? 結構ショックなんだけど。
「服も偶然……いや、もかのあのアイコンから、もかの思い描いてた姿そのまま描けるくらいだから、感性がもかに似てるのかな? だからもかが好んで着る服が可愛く見えた?」
くるがぶつぶつと呟きだした。なんか失礼なことも言われた気がする。
また私の絵が下手って話してなかった?
「まあ、身バレ問題は解決したみたいだけど、どうすんの?」
「なにを?」
めでたしめでたし以外になんかあるの?
くるの出してくれた紅茶を飲みながら首をかしげる。
可愛いうさぎと花の柄のマグカップ。意外かもしれないけど、くるの部屋は可愛いものが溢れている。
「仮に銀杏先生なら、推しに認知された上に身バレしてるけどいいの?」
「……よくはない」
視線を逸らす。
飯ケ谷さんと別れてからずっとずっと見ないふりして、めでたしめでたしにしようとしてる問題。
見なければ、ないんだよ。シュレディンガーだよ。
「よくないならどうすんの?」
「……どうやったらなかったことになるのかなあ」
「ならねーよ」
願いに対してツッコまれた。
「だーーってさあ! 推しに気づかれずひっそりと生きていたかったのに、推しに推されて、顔も名前もバレて、これからも配信してくださいって言われて、いっぱい話をしてしまった私は! 本来! 許されてはいけない! けど! 推しがそんな私を推してるから許すしかない! でもやっぱり私の気持ちは許せない! でも、推しの言うことは絶対!」
くるの部屋のうさぎクッションをべしべし叩く。くるに頭を叩かれた。私よりうさぎを優先するのか。
私だってうさぎだぞ。らびっとだぞ。
そう言ったらまた叩かれるのがわかってるから言わないけど。
「で? じゃあどうすんの?」
「……推しにバレたことも推しが見てることも忘れて、前と同じように配信する」
「やれんの?」
「無理かもしんないけど、推しが見てるから……やる」
もう、我ながらめちゃくちゃだ。
推しのためにも配信を続けるけど、続けるために推しが見てることを忘れる。なんのこっちゃ。
「まあ、がんばれとしか言えないけど。あと、リアルのほうはどうするの?」
「リアル?」
「よく行く本屋でしょ? また会うんじゃないの?」
「んおう?!」
そっちは完全に忘れていた。
それまずくない?
配信はまだコメントだけだから頑張れるけど、本人前にして知らないフリ無理じゃない? っていうか失礼では?
「あの本屋使うのやめるのが手っ取り早いけど」
「無理無理無理無理! このへんで一番おっきい本屋な上に、銀杏先生のサイン色紙飾ってあるんだよ! 定期的に摂取しに行かなきゃ!」
「摂取ってなんだ」
「サイン色紙は栄養になるの!」
飯ケ谷さんが店舗にいない時間を狙うしかない? いや、それ、どうやって知るのよ。
「そもそも、イカ焼き屋さんに銀杏先生かどうか確認してないんだから、あんたの勘違いな可能性が高いんだけど」
「確認しなくても本人だし、本人に『身バレしてます』なんてお伝え出来ないでしょ!」
飯ケ谷さんには絶対言わない。銀杏先生ですよねなんて絶対言わない。
らびこって呼ばれてびっくりして「イカ焼き屋さん」とは呼んじゃったけど、「銀杏先生」とは絶対に絶対に呼ばない。そんな失態やらかしたら処刑だ。
だってわざわざ絵柄変えてコンテスト送ってくれたんだから、絶対身バレしたくないじゃん。それなら、その願い叶えるのがファンでしょ!
だから、絶対絶対本人には言わない!




