第3話 らびっと100は今日も荒ぶる
気づいたのは一か月前。いつも通り本屋でバイトをしていた時だった。
「すみません、本の予約をしたいんですが」
「あっはい」
聞き覚えのある声だな思いながら、予約用の伝票を用意する。
顔に見覚えはないから他人の空似かなと思いながら、誰に似てるんだろうなと記憶をさかのぼった。
最近見たアニメではないか。それならたぶんすんなりわかるから違うな。
ドラマやバラエティは見ないから芸能人ではないと思う。
じゃああと何があるかなーと思いながら渡されたメモに書かれた本のタイトルを見る。
「っ!」
見覚えのあるタイトル。慣れ親しんだ作者名。
俺の新刊じゃねーか!!
叫びそうになった言葉を無理矢理飲み込んで、笑顔を向ける。
「こちらにお名前と電話番号の記載お願いします」
顔出しはしてないからバレることはないとはいえ、自分の新刊の予約を受注するとは思わなかった。
部数少なめだから予約が確実とはいえ、実際に目の当たりにすると、ちょっと拝みたくなる。
読者様ありがたいなあ。
そんなことを考えていると読者様が「あの、書き終わりました」とおっしゃった。
浸ってる場合じゃなく仕事をしよう。
控えを渡すと読者様が嬉しそうに笑う。あー、これで頑張れます、ありがとうございます。
「ありがとうございます! 発売日の朝一に来ます!」
うん?
さっきまでの控えめなテンションだと聞き覚えのある声だったけど。
このテンションの声、知ってる。間違えない。本人だ。いや、マジで?
推しじゃん!
作業中によく聞いてる雑談配信者じゃん!
思わず読者様を二度見する。
「え? なにか不備ありました?」
大学生って話だったけど、ちょっと幼く見える。身長のせいかもしれない。
ポニーテールを揺らしながら不安そうな顔をしてる。
そりゃそうだ。いきなり店員に二度見されたら不安になる。
「あ、いえ、俺もこの漫画好きなのでびっくりしただけです……」
てきとうな出まかせを口にする。
まあ、嘘ではないです。好きだから書いているので。
けどその途端読者様の目がぎらっぎらに輝いた。
「めっちゃいいですよね! 私の周り誰もハマってくれないんですけど、おかしいですよね? こんなに面白いのに!」
あーあーあーあー完全に推しです。
覚えのあるテンションと声。間違えようがないです。
こんな形で推しと邂逅していいのか?
困惑してると、読者様の後ろで別のお客さんが咳ばらいをした。
ちょっと列になってきてる。まずい。
読者様がその事実に気づいて慌てて「すみませんっ!」て去っていった。
カウンターの上の注文票の文字が目につく。
作者名:銀杏はじめ
注文者:宇崎百花
不本意ながら、推しの本名を得てしまった。
宇崎だからうさぎでらびっとねー、なるほどーじゃないんだよなあ。
それから一か月。
発売日翌日の夜、いつもどおりらびこさんが暴れていた。
「なんっでみんな読んでないの?!」
《みっか★:そのほうがらびこの反応が楽しい》
《刀狩り見習い:以下同文》
《カレー名人:以下同文》
作者として、読んでもらえないのは残念だけど、リスナーとしては完全同意だった。
読んで一緒に盛り上がるよりも、読まないリスナーに荒ぶるらびこさんを見るのが楽しい。
「布教したい気持ちVS今布教するとネタバレが飛び出しかねない恐怖! もーネタバレしたくないから読んでよー!」
《刀狩り見習い:ネタバレ禁止》
《カレー名人:ネタバレはアカン》
《みっか★:読むつもりがなくてもネタバレは踏みたくない》
「だーかーらー読んでー!」
リスナーに遊ばれてるらびこさんがやっぱ良い。
作業用BGMなので、筆が乗る。助かる。
こんな作者だってバレたら嫌われるんだろうかとちょっと思うけど、SNSも見られてるらしいから性格はバレてる気がする。じゃあ、大丈夫か。
「あ、これはネタバレじゃないから聞いて! 私巻末書き下ろしに出たかも!」
思わず手が止まる。
アレで気づかれた、だと?
《カレー名人:妄想乙》
《みっか★:らびこ疲れてるんじゃない?》
《刀狩り見習い:今日早めに配信終わるか?》
「妄想じゃないし、そんな心配しないでよ! 先生が後書きで『最近いろんな配信を見てます』って書いてたんだけど、そこに私のアイコンそっくりなイラストが混ざってたの!」
マジか、マジでバレてるのか。
らびこさんすげえ、バレないと思って描いたのに。
《みっか★:アイコンって小学生が書いたやつ?》
《刀狩り見習い:それにそっくりは、完全に気のせい》
いや、うん、まあ、ちょっと美化して描いたから、そっくりではないかな。
スピーカーからは相変わらず荒ぶるらびこさんの声がする。
「小学生じゃなくて、私が描いたの!」
《刀狩り見習い:まさかの小学生以下の画力w》
《みっか★:小学生の時のらびこじゃなく、今のらびこの絵?》
《カレー名人:試しに猫書いて!》
「見てろよ! 私のマウスとペイントが火を噴くぜ!」
《みっか★:せめてフリーソフト入れろよw》
《刀狩り見習い:ペwイwンwトw久しぶりに聞いたわw》
もしやイラスト動画配信が始まるのか? と期待して、手を止めて画面に目を落とす。
「あれ? 画面ってどうやって配信すんの? んもうっいいや! 出来たら画面に映すから待ってて!」
思ったよりぽんこつというか、予想通りならびこさん。
コメント欄が「無言枠w」と盛り上がってるけど、集中してるらびこさんからの反応はない。
らびこさんと作業してると思うとちょっとイイな。
そんなことを思いながら筆を滑らせていると、突然らびこさんが「渾ッ身の出来!」と叫んだ。
「食らえリスナーたち! 猫の可愛さに悶えろ!」
お? っと思って画面を見ると、謎の生き物がいた。
足が四本あることは理解できる。
《カレー名人:エイリアン爆誕★》
《刀狩り見習い:ねwwwwwwwwこwwwwww》
《狸山:今来たんだけど、なんでUMA見せられてるの?》
《みっか★:らびこは、猫に謝りな?》
残念だけど、猫には見えない。猫と言われても納得できない。
そんなコメント欄にらびこさんはさらに荒ぶる。
「なっんだよ! そんなに言うならみんなも描いて見せてよ!」
《刀狩り見習い:【速報】第一回らびこ似顔絵コンテスト開催決定》
《みっか★:みんな気軽に応募してね!》
《カレー名人:来週までにらびこのSNSに送ってね!》
《狸山:みんな好き勝手やってるw》
え、どうしよう。描こうかな……




