第48話 何者
魔法使いのもとへ向かうその日、空はどこまでも澄み渡っていたが、その青さとは裏腹に、エリカの胸の奥には拭いきれない不安が静かに広がっていた。
屋敷の前に用意された馬車に乗り込むと、向かいに座ったリリアーナが興味深そうに身を乗り出してくる。
「ねえ、エリカ。魔法使いってどんな方なの?」
その問いかけに、エリカは少しだけ考えるように視線を落とし、それからゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。
「未来を読むことができる方、です。ただそれは変えるものじゃなくて、物語として把握するだけみたいで。だから、未来を直接どうこうすることはできないって聞いています。」
「未来を物語として…。」
リリアーナはその言葉を繰り返し、小さく考え込むように視線を揺らした。その横でアルベルトが静かに口を挟む。
「魔法使いは、この国でも滅多に会えない存在だ。会いたくても居場所が分からなかったり、訪ねても不在だったりすることがほとんどで、実際に会えたという話自体が珍しい。」
その言葉に、エリカは思わず苦笑する。
「じゃあ、私かなり運がよかったんですね。二回とも普通に会えてましたけど。」
「普通にと言っている時点で異常だな。」
アルベルトが淡々と返すと、リリアーナも小さく頷いた。
「本当にね。今日は会えるかしら。」
その一言に、馬車の中の空気がわずかに静まる。
(もし、会えなかったら……)
エリカは無意識に膝の上で手を握りしめた。黒い影、ノートの断片、そしてエリカ自身の転生。すべての答えに近づけるかもしれない機会を、逃すわけにはいかない。
そんな張り詰めた空気を和らげるように、リリアーナがふと話題を変えた。
「そういえば、日本のお話、もっと聞かせてくれない?」
「あ、日本ですか?」
エリカは少し驚きながらも、どこか懐かしさを感じて表情を緩める。
「はい。えっと、この世界みたいな貴族制度はなくて、もっと平等で。食べ物も全然違いますし、建物も高くて……。」
言葉を重ねるうちに、自然と記憶が蘇ってくる。夜の街の明かり、忙しなく行き交う人々、コンビニの匂い、スマートフォンの光。
そのひとつひとつが、もう遠い世界のもののようにも感じられた。
「面白いわ。まるで別の物語みたい。」
リリアーナは純粋に楽しそうに微笑み、アルベルトも静かに耳を傾けていた。
そんな穏やかな時間を過ごしているうちに、馬車はゆっくりと速度を落とし、やがて目的地へと到着する。
扉が開かれ、外に出た瞬間。
エリカは思わず足を止めた。
「……あ。」
そこには、すでに一人の人物が立っていた。
濃紺の髪を風に揺らしながら、どこか余裕のある表情でこちらを見ている男――レオンだった。
「どうも。」
軽く手を上げるようにして、いつもの調子で微笑む。
「待ったか?」
「いや、ちょうど今着いたところだよ。」
アルベルトの問いに答えたレオンは、視線をゆっくりと周囲へと巡らせた。その仕草は、ただ景色を見ているというよりも、何かを確認しているようにも見える。2人はいつの間にか敬語で話す間柄ではなくなっていたらしい。
ふと、レオンは小さく息を吐くようにして言った。
「しかし、もしかしてとは思いましたけど。」
その声は穏やかだったが、どこか確信を含んでいた。
「やっぱり、ここだったんですね、」
その言葉に、リリアーナが静かに頷く。
「ええ。私も、そう感じていたわ。」
二人の間で交わされる、どこか意味深なやり取り。
それを聞いたエリカは、思わず首をかしげた。
「え、ご存じだったんですか?」
思わずリリアーナの方へと問いかけると、彼女は少しだけ迷うように視線を伏せ、それから静かに口を開いた。
「ええ。ここは私の母が所有している離れよ。」
「リリアーナ様の……?」
「と言っても、来たのは初めて。母はここに誰も近づけず、1人で仕事をしたいときにこっそり使っていると聞いていたから。」
この場所は、エリカが知る限り魔法使いの家でしかなく、それ以上の設定は、エリカの物語にはなかった。まさかリリアーナの母親が魔法使いだったとは。
一方で、レオンはそんな二人の会話を興味深そうに眺めながら、わずかに目を細める。
「なんだか、いろいろ面白いことが判明しそうですね。」
その一言は、軽く聞こえるのに妙に重かった。
風が、静かに木々を揺らす。誰もいないはずの屋敷の前で、四人はしばし無言のまま立ち尽くす。
まるで、この扉の向こうにあるものが、何かの答えであるかのように。
そして、エリカはゆっくりと息を吸い込んだ。
(ここで、何かが繋がるかもしれない。)
胸の鼓動が、はっきりと速くなる。
「行きましょうか。」
リリアーナのその一言を合図に、四人は同時に扉へと向かって歩き出した。
まるで、それぞれが異なる理由を胸に抱えながら、同じ真実へと引き寄せられていくように。




