二章④
「秘密……?」
「はい。ひみつです」
絶対に言わないぞ、と言わんばかりの目で少女は言った。これでは名前を聞けそうにない。諦めた店主は「それなら仕方ないな」と言って話を終えてくれた。
(幼児特有の秘匿主義を利用したのか)
おそらくブラッドドール育成時に教わったものなのだろう。ヴァンパイアであることを偽り、生きている同類は多い。
「ごしゅじんさま、ごしゅじんさま」
少女が小声で圭に訊く。
「これでよろしかったでしょうか?」
「……正直、助かった。ありがとう。ああ、店から出なければ好きに見ていて構わない。私は少し店主と話さなければならないから、待っていてくれるか?」
「かしこまりました」
少女は頷くと、店の商品を見て回る。まるで普通の少女だ。だれもブラッドドールだなんてわからないだろう。
「それで、今日はどうしたんだ?」
「前に頼んでいたものを取りに来たんだが……まだ来ていないか?」
「あれか。ちょっと待ってな」
店主が店の奥から何かを持ってきた。
古めかしいランプだった。鈴蘭のような形をしており、ほんのりと灯る淡い光が圭は好きだった。
「これでいいか?」
「ああ、ありがとう」
ずっと探していたんだ、と圭はつぶやく。
「珍しいやつだしな。でも、どうしてそんなにほしかったんだ?」
「……昔、似たようなものが家にあったのだが、壊れてしまったんだ。直せなくて、だけど、とても大事なものだったから、代替え品として探していたんだ」
「ふぅん……。用件はこれだけか?」
「そのつもりだったか……」
圭が後ろにいる少女を見た。
少女は何かを見つめている。圭は少女に近づき、その何かを見た。
「オルゴールか……」
「っ!」
少女が見ていたものは小さなオルゴールだった。
「もうしわけ、ございません……っ」
「? 何故謝る?」
「えっ、と……ごしゅじんさまのこと、きづけなかった、ので」
「気にするな。ところで、これを見ていたのか?」
「は、い。なにかわからなくて、すみません」
「わからなくて当然だ。これはオルゴールといって、この部分を回すと、音が流れるんだ」
「おるごーる」
圭が試しに回すと、音が流れた。少女の目が驚きに満ちる。
「やってみるか?」
と尋ねると、少女はためらう様子を見せながらも、こくりと頷き、オルゴールを回す。
「すごい……」
夢中になっているのがわかる。気に入ったのだろう。
「店主。これも買う」
「!!?」
「はいよ」
店主にお金を払い、圭はランプとオルゴールを買う。
少女はオロオロと慌て、小さな声で圭に言った。
「わ、わたし、これ……」
「もう君のものだ。返さなくていい」
「で、でも……」
「それとも、嫌だったか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「なら君のものだ。それでも納得がいかないのなら……命令だとでも思っておけ」
「!」
少女が「命令」という言葉に反応する。
「そういう、ことなら」
どうやら受け入れてくれたようだ。
「もう一件よっていいか?」
「はい。もちろんです」
そのあと呉服屋に行き、少女のサイズを測った。少女の服を発注するためだ。子供用の服は今少女が着ているものと、もう一つしかない。
圭は一人っ子で男性だが、家が裕福なので、圭の性別が判明する前に男児用の服も女児用の服(しかもなぜか5歳ぐらいが着る服)を買ってあったのだ。なんで無駄なことをしているのだろうと圭は思っていたが、結果的に役立ったので「まあいいか」と思っている。
「ごしゅじんさま」
「なんだ?」
帰り道、圭は少女に質問された。
「わたしはぶらっどどーるです。なのにやさしくしてくださるのは、なんでですか?」
「……私はヴァンパイアやブラッドドールといったもので区切るのは間違っていると思っているんだ。だから誰にでも平等に接しているつもりだ。ただ、それだけだ」
圭がそういうと、少女は微笑んだ……気がした。
(笑った、のか?)
少なくとも、喜んでいるのはたしかだった。
「……あかり」
「え?」
「君の名前だ。あかりというのはどうだろうか」
圭はずっと少女の名前について考えていたのだ。
「あかり……?」
「そうだ」
圭がそう言うと、少女は「なんとかくのですか?」と尋ねた。
「そうだな……。明るいに梨と書いて明梨。明梨はどうだろうか」
「あかるい、に、なし」
「あっ、漢字わかるか?」
少女はこくりと頷いた。
「ならよかった。……今日から君は明梨だ」
「あかり」
「そう。明梨だ」
少女は「あかり、あかり」と何度もつぶやく。そしてだんだんと目がまどろんでいった。
「あかり、あか、り……」
(ん?)
見ると、少女の首が落ちたり上がったりしている。
(眠たいのか……)
圭は少女を抱き上げる。軽かった。とても軽かった。
「おやすみ、明梨」
屋敷に帰った圭を出迎えた紅秋と白百合は、微笑ましそうに見た。圭は少し恥ずかしかった。




