二章③
街は西洋文化に染まりつつある。
華やかなドレスや、異国と自国の文化を組み合わせたハイカラなど、特に女性の変化は大きい。
圭は黒の外套を羽織る。これも異国のものだ。
「あるじ様。支度が終わりました」
「そうか。ありがとう」
白百合の後ろから少女が出てきた。
真紅の可愛らしいドレスだ。フリルやリボンがたくさんついている。少しの戸惑いと初々しさが現れており、まるで人形のようだ。
「行こうか」
圭が少女に手を伸ばす。少女の瞳が小さく揺れる。
「は、い」
少女はゆっくりと圭に手を伸ばし、つかんだ。
(小さな手だ)
自分なんかが触れてよいのかと不安になる。
小さくて、弱くて、脆い。
壊れてしまいそうで、圭は怖かった。
街へ来て少女が始めに思ったのは、キラキラと輝いて見えたことだった。
すべてが少女にとって初めてのものだ。好奇心を抑えられないのか、少女は右を見たり、左を見たりと、ワクワクしているのが見てとれた。
(喜んでいる、のか……?)
少女はあまり感情を表に出さない。いや、正確には感情そのものがないに等しいのだろう。ブラッドドールはそのように育てられている。
ブラッドドールにまともな人間はいない。感情の起伏が薄いのは多いことだ。ヴァンパイアに忠実に従う奴隷のようになることを目的としているからだ。
(できることなら、普通の生活をさせてあげたい)
だが圭はヴァンパイアで、少女はブラッドドールだ。
生きるためには血が必要で、圭は少女を求めるほかない。それがわかっていても、受け入れがたい。それは圭の過去に理由がある。
『ばけもの……』
圭の記憶にこびりつく、嫌な過去だ。
それはーー
「ごしゅじんさま」
「っ、どうかしたか?」
「あんてぃーくのおみせにごようがあったのでは?」
「? それがどうかしたのか?」
「おみせ、すぎてます」
「えっ……!?」
あたりを見渡すと、数メートル手前にアンティークショップがあった。たしかに過ぎている。どうやら見逃していたようだ。
(何度も来ているはずなんだが……恥ずかしいな)
二人は引き返し、アンティークショップに入る。
「御影さんじゃないか。久しぶりだな」
「店長もお元気そうで何よりです」
「用件を聞く前に一ついいか? ……その嬢ちゃんは隠し子か何かか? それとも御影さん、あんた、そういう趣味で……?」
「違います。全く違います。この子は……」
何か言おうとして、圭の口が閉じた。
(この子は私の何だ?)
店主は圭がヴァンパイアであることを知らない。だから当然、少女がブラッドドールだなんて思いもしない。
圭は何かしら言おうと思ったが、その何かで戸惑い、結果的に沈黙を選択してしまった。
「まさか、本当に……」
「いや、違う。そうじゃない。そうじゃないのだか……」
「ま、御影さんのことだ。親戚なんだろ? その子。自分の子じゃないならそれ以外にないしな」
うんうんと店主は勝手に納得した。ひとまず、追及を逃れたことに圭は安堵した。がーー
「それで名前は?」
「え?」
「名前だよ。な、ま、え。なんて言うんだい?」
「えっ、と……」
ブラッドドールに名前はない。管理番号はあるが、それは名前とは言わないし、特に重要でもなく長ったらしいので圭は覚えていない。
「自分から言わせるように言ってんのか? なあ嬢ちゃん、名前はなんていうんだ?」
「わたしのなまえ、ですか?」
「ああ。おじさんに教えてくれないか?」
(まずい)
圭は少女に名前を与えていない。「なまえはありません。ぶらっどどーるです」と答えられれば厄介だ。
かと言って圭が少女の仮の名前を店主に言った後、「わたしになまえなんてありませんよ、ごしゅじんさま」と指摘されても困る。
(どうすれば……っ)
だが、圭の心配は無用だった。
「ひみつです」
少女はそう言うと、圭の背中に隠れた。




