第36話 黒き刺客②
こんばんは。
さぁ、ついにこの時がやって来ました。
覚悟の決まった方は、お読み下さい。
あれから時間が過ぎていき、時刻は集合時間と決めていた正午。龍聖達と勇者3人組は再び、冒険者ギルドの酒場に集まっていた。
朝の時よりも多くの人が賑わう中、龍聖達はやっと空いた座席に座る。
「さて、正午になった訳だけど、皆のウォーミングアップは順調だったか? こっちは目まぐるしいスピードで2人とも成長していたぞ。何せリオネルくんに至っては俺を押したし」
「「「……えぇっ!?」」」
さりげない爆弾発言に、目を見開いて驚く太陽達。リオネルは照れ臭そうに後頭部を掻いているが、これは一同にとってとんでもない快挙であるのは周知の事実である。
「マジでか!? あんだけオレ達が苦労したのをこの子はたった1週間でやったのか!?」
「太陽達よりは手加減してたけどな」
太陽は手で功績者を示しながらシャウトし、その本人であるリオネルはそれにビクッとしながら肩を縮ませる。
「いや、ボクはそれでも十分凄いと思う……」
「右に同じです……」
美姫と朱音も、自分達よりも手加減されていたとはいえ、苦労してやっと成し遂げた物を、たった3分の1の期間で年下に達成されたことに複雑な表情になる。
「まぁまぁ。皆まだ発展途上だ、俺も含めてな。太陽達も追い付かれないよう頑張れば良いのさ」
「……まぁ、そうかもな。腐ってる暇があるなら高めろってわけか」
「そゆこと」
太陽はそう納得するようにし、この件は終わりだと力なく手を振る。
「で、オレ達の模擬戦に話を戻そうか」
「手応えはあったか?」
「バッチリだ。そうだよな?」
「はい!」
「ボク達なりに全力は出せそうだよ」
龍聖の問いかけに良い返事を返す3人。謙虚さを他ならぬ龍聖に叩き込まれた以上、その言葉に嘘はないだろう。
「じゃあさっさと昼食を食べて、荒野へと向かおうか」
「そうですね。戦ってる最中にお腹痛くなるとか勘弁ですし。食べた後はしばらく休む。プールでも言われますよね」
龍聖の早目の昼食提案に同調し、知識を頭から取り出す朱音。実際のところウォーキング程度ならば大丈夫なのだが、戦うと言う激しい運動をする場合は消化不良を起こすだろう。
「ぷぅる?」
「アカネさん、ぷぅるって何ですか?」
「あぁそっか。レナちゃんとリオネルくんは知らなかったんだっけ。えっと、プールっていうのはね……」
プールの知らない異世界の住人2人に、プールとは大きな穴に水を張り、暑い日に涼んだり泳ぐための場所だと説明する。
「へぇー。たしかに気持ち良さそうだね。こっちでも再現出来るかな、レナちゃん?」
「分からないですけど、再現出来るならやってみたいですね」
まだ見ぬプールなるものを想いを馳せ、話に花を咲かせている2人。微笑ましいがそうも言っていられないと、龍聖は苦笑いしながら口を開く。
「おほん、そろそろ注文して良いかな?」
「あ、すみません龍聖先輩。話題が逸れたの私が原因ですよね……」
「いや、ガチガチに緊張してしまうよりは良いさ」
シュンと項垂れる朱音。アホ毛もどこか元気がない。それを龍聖がほっぺふにふにで慰める。朱音は沈んだ表情を吹き飛ばし、混じりけのない幸せ顔になる。
「くっ、羨ましい……っ」
「良いなぁ……」
その光景を見て拳をギュッと握りしめる美姫と、指を咥えて見ているレナ。2人が抱いている感情は同じだったが、印象が全く違った。
美姫からはチサキの話を聞いた時程ではないと言えど、少なからず殺気が溢れている。
闘技場の一件の時も結局言い出すことが出来ず、詰まるところ喉の奥で声が詰まって出なかった自身への怒りも5割くらい含まれていたりする。
遠目から後で美姫をナンパしようと目論んでいた冒険者達は、その雰囲気に気圧されてそれを泣く泣く諦めた。賢明な判断だ。
逆にレナからは年相応の可愛らしさが滲み出ており、保護欲を掻き立てられる。それを見た受付嬢達は、勤務中じゃなければ行ってあげられたのにと、心の中で落胆している。公私はハッキリ分ける、社会人の鑑である。
「……主」
「ん? 何だメルフィード」
2人の世界に入っていた龍聖と朱音に、メルフィードの言葉が投げ掛けられる。
龍聖はほっぺふにふにを止めて彼女に向き合い、朱音は周りに人の目があることにようやく気付き、頬を赤くしてもじもじと指を絡める。
「……それ、私もやって欲しい」
「「!?」」
「え? 別に良いけど、ほら」
「……うふふ」
こちらも幸せそうな顔をしながら、龍聖のほっぺふにふにを満喫する。狐耳は可愛らしくピコピコ動いており、彼女の上機嫌を顕著に表す。
美姫とレナはその行動力に、目を見開いて戦慄している。何てアグレッシブな子。
「…………注文しねぇのかよ?」
「あ、そうだよ忘れてた」
太陽の呆れ100%な声で龍聖は本来の目的を思い出し、店員を呼ぶ。
しかしメルフィードがほっぺふにふにを中断させられて悲しそうな顔をしていたので、龍聖は仕方なく自分の代わりに太陽に注文をしてくれるよう頼み、ほっぺふにふにを再開した。もはや完全に2人の世界である。
咄嗟に自らの得物に手を添えてしまった、朱音と美姫を誰が責められるだろうか。朱音は同じことをしてもらってはいるが、それでも他の女性に自身と同じことをされて許せるかと言われると「無理」と答えるだろう。美姫に至っては言わずもがなだ。羨ましいどころの話ではない。
「あ、そうだ。美姫もどうだ?」
「ふぇっ!?」
龍聖の奇襲じみた言葉の右ストレートをモロに受け、美姫は1秒足らずで顔を熟れたリンゴ色にし、両頬に手を当てる。ノックダウン。テンカウントが始まった。ワン、ツー、スリー。
そこへ丁度注文を終えた太陽が口を挟み、テンカウントとノックアウトの判断を下した。4~9は華麗にスキップである。
「どうせならやってもらったらどうだ? 前みたいにぐぬぬとか言うくらいなら」
「うっ……」
恥ずかしいが、このまま燻っていたところで無意味である。それどころか損失だ。そう少しヤケクソ気味に割りきり、美姫は顔をズイッと龍聖に差し出した。
しかし目は羞恥から固く閉じられ、顔もリンゴのままだ。そこに、男特有の逞しい手がそっと当てられる。
「っ……」
身体をピクンッと強張らせ、緊張状態を高めて行く。それに構わず龍聖は、ゆっくりゆっくりその頬を優しくフニフニする。
「おぉ……さすがアイドル、アンチエイジングを欠かしてないか。スベスベだ」
「あうう……」
龍聖の絶賛がウィークポイントだったらしく、頭から蒸気がモワモワと立ち上る。何てウブで可愛い子。
「えっと、タイヨウさん。何で僕の目を隠すの?」
「……リオネルにはまだ早いからだよ」
太陽はリオネルにも龍聖のような天然たらしになられてはたまらないと、彼の目を必死に塞いでいる。
レナも甘い空気に当てられて顔を赤くし、目を自身の小さな手で覆い隠す。それも指の間からチラチラ見ているので、形だけでしかなかったが。
それは店員が料理を運んで来るまで続いたのだが、後にその店員は語る。「何か、凄い物を見た」と。ごもっともである。
◇
こうしてギルド全体を巻き込んだちょっとした騒動も収まり、彼らは約束の場所である荒野へと到着した。レナとリオネルは大人の喧嘩に巻き込むのを防ぐため、ギルドの受付嬢に相手を頼んでいる。
荒野には先客で、剣呑な雰囲気を携えた一人の少女が立っていた。チサキだ。
「……来たわね。勇者達」
「あぁ来たぞ。で、オレ達の誰と試合する?」
太陽は美姫と朱音を一瞥しつつ、警戒を緩めずにチサキに問う。チサキは3人をしばらく見回すと、その中の1人を指差した。
「アンタにお願いするわ」
その先にいたのは――
「ん、オレか?」
大剣を背中に担ぐ少年、太陽だった。
「えぇ、力押しではあたしが不利。速さでは貴方が不利。どう? 互いに得手不得手があるでしょ?」
「……分かった、相手になろう」
その言葉に、太陽は一歩前に進み出てチサキと対峙する。まだ始まってすらいないと言うのに、2人からはえもいわれぬ「圧」が感じ取れる。
「ルールは決まってるのか?」
「どちらかが降参する、もしくは試合の続行が不可能になった場合よ」
太陽の質問に答えながら、チサキは両手にクナイを順手で持ち、体勢を低くする。太陽もそれに応えるように得物を背中から抜き、片手だけで構えた。
「じゃあ、合図は俺が執り行うぞ」
2人は龍聖の言葉に応えないが、剣呑な雰囲気を互いに高め始めたことで、肯定を示す。
そよ風が吹き、全員の髪を揺らす。だが2人の目は、互いに食らい付くべき獲物へと向けられている。
「では……始め!」
合図と共に、砂塵が飛び散る。太陽はバルジュラを、チサキはクナイを振りかぶり、お互い袈裟懸けに振り下ろす。
ガキィンッ!!
2人の間で大量の火花が散り、地に付く前に消えていく。だがつばぜり合いへ移行することなく、2人は同時に後ろへ跳躍して距離を取る。
それぞれ相手に思うことがあったらしく、警戒心を強めながら、ジリジリと後退しつつ思慮をする。
(……なるほど、龍聖がくノ一だって言ってたのはこう言うことか。こう言う奴の強みは多彩な武器。気を付けよう)
太陽は納得とまだ見ぬ武器への警戒。
(何コイツ……前まで本当に戦いを知らなかったの!? いや、それよりもあの武器、下手をすればクナイもろともあたしが斬られるところだった……っ!)
チサキは驚愕と焦燥だった。そして彼女が右手のクナイをチラリと見ると、刃がひどく刃零れしてしまっており、もう使い物にはなりそうになかった。
試合である以上、殺しはしないだろう。だが、一度植え付けられた恐怖は簡単には拭えない。
太陽もチサキも後退してはいるが、チサキの場合は恐怖で若干尻込みしている。
「くっ!」
チサキは接近戦は避けるべきだと言う結論に至り、使い物にならなくなったクナイと棒手裏剣を数本なげる。
「遅いっ!」
キキキキキンッ!!
自らに向かってくるその全てを視認して見切り、携えた得物を1本以上に見える速さで振り回し弾き飛ばす。
太陽の背後で弾き飛ばされた武器が地面に落ち、カランカランッと音を立てる。
「今度はオレからだっ!」
風を切りながら突進して懐に飛び込み、大剣の腹を右薙ぎに振るう。
チサキは咄嗟のことで完全には反応出来ず、軽く受け流しはしたが側頭部に強い衝撃を受け、きりもみに回転しながら右へと吹き飛んで行く。
「うぁぁっ!!」
苦悶の声を上げながら回転しつつも、不恰好ではあるが体勢を立て直し、地面を削りながら着地する。
――が、意識が朦朧としているのか、今にも倒れそうなくらいにフラフラで、立ち上がることが出来ない。
「く……ぅ……っ」
「オレとしては、降参を薦めたいんだが……どうする?」
チサキのどう見ても大丈夫ではなさそうな様子を心配し、彼女へ歩み寄りながら降参を提案する太陽。
だがその言葉で、チサキの朦朧としていた意識は、怒りや意地の感情で再び覚醒する。
「ふざけ、ないでっ……! 負ける訳には、いかないのよっ!」
立ち上がらぬまま、鎖鎌の分銅を太陽目掛けて投げつける。それはまるで牙を向いた蛇のようで、ジャラジャラと音を響かせ金属の顎で獲物を捕らえようとする。
フラフラ状態にも関わらず寸分違わず向かわせている辺り、こちらも手練れであることは一目瞭然だ。
「……そうか。なら、倒れろ」
太陽は顔を少し動かすだけで分銅を避けると、再び突進して飛び膝蹴りを放つ姿勢を取る。
「させ、ないっ!」
だがそれは、チサキの並外れた気力と反射神経でかろうじて回避される。
――と思いきや、膝の後ろから強烈なローキックが現れ、勢い余って倒れようとするチサキの脳天へ命中した。
「か……っ」
ただでさえ揺れていた脳が激しく揺さぶられ、チサキは今度こそ意識を手放した。ローキックの勢いで軽く地面を転がり、仰向けに倒れる。
額からは少量の血が滲み、もう立ち上がる様子は見られない。完全に勝負あり、瞬殺であった。
「あっやべ、やり過ぎちまった」
太陽の発言に間髪入れず、メルフィードが回復魔法【エリアヒール】を放つ。淡い光がチサキの額の傷を包み込み、瞬く間に治して行く。おそらく、治るのに10秒もかからなかっただろう。
「……傷は治った。でも意識までは戻らないから、それまでは待つ必要がある」
「あ、メルフィードさん。お手数おかけしました」
彼女が治してくれたのだと理解し、メルフィードに向かって頭を下げる。
「礼には及ばない。それよりも、主が今後について話し合いたいって」
「……なるほど、分かりました」
大体想像がついていたのか、あまり驚かずに頷き、太陽は龍聖の元へと歩いて行った。
◇
「……チサキ」
メルフィードが離れて行く太陽を一瞥し、倒れたままのチサキに声をかけると、わずかながらその顔が動き、メルフィードの方へと向く。
「メルフィード、さん」
「……何?」
「私……負けたんですか?」
「……そう。貴女は、タイヨウに負けた」
半ばすがるようなチサキの声に、メルフィードは残酷な現実を突き付ける。
突き付けられた現実に、最後の希望が絶たれたと顔を歪め、歯を食い縛るチサキ。
「何で……私、2年間も自分を磨き続けて来たのに……」
「……今回は、量より質が勝った。それだけのこと。……何より貴女は、真っ向から戦うのに向いてない。わざわざ相手の土俵に立って勝てる程、貴女はまだ強くない」
つまるところ、敗因は彼女の慢心に他ならなかったのだ。ずっと腕を磨いて来た自分が、ぽっと出の勇者に負けるはずがない。こんなところだろうか。
だが――
「嫌だ……メルフィードさんが、あんな男なんかに……っ!」
「……チサキ?」
何やら様子がおかしい。そう感じたメルフィードは呼び掛けるが、返事をする素振りはない。
「――いィやァだァァァアアア!!」
「ッ!?」
そうしている間にチサキの右胸元が妖しく紫に光り輝き、彼女の身体はどす黒い煙に包まれて行く。そしてそれは約3メートルの形の悪い人型になり、左手でメルフィードの胴体を掴み上げた。
「チサキッ! いきなり何を……ぐっ!」
メルフィードはチサキを問い質そうとするが、それと同時に胴体をペンチのように握り締められ、顔を苦痛に歪ませる。
身じろぎすら出来ない彼女の体内からは酸素がなくなって行き、視界は揺らいで色が消え始める。
「貴女ヲ必ズ取リ戻スッ!! ドンナ代償ヲ払ッテデモッ!!」
「チサ、キ……ッ、う……ッ」
メルフィードは薄れる意識に鞭を打ち呼び掛けるが、身体を締め付ける手の力は止まらない。それどころか握りしめる力が強くなり、確実にメルフィードの意識を奪おうとして来る。
(まずい……もう、視界が……っ)
――ハァッ!
意識が完全に失われる直前、どこからか目映い光が溢れだす。光属性魔法【ホワイトフラッシュ】だ。
「ッ!? グゥゥゥガァァアアァァアアア!!」
チサキを包み込む人型の煙は、絶叫しながらメルフィードを取り落とし、目を両手で押さえる。
「ッ、ゲッホゲホッ!!」
「メルフィード! 無事か!?」
地面に倒れ伏し、激しく咳き込むメルフィードに駆け寄る人影。龍聖だ。
「ハァ、ハァ、大丈夫……タイヨウ達は……?」
「警戒体制を取ってもらうために王国へ送った。あの巨人以外にも何かある気がしてね」
『初めて見るぞこのような巨人は……禍々しい……ッ』
龍聖はメルフィードの手を取って立たせると、呆然と未だに目を焼かれたことで苦しんでいるどす黒い煙の巨人を見上げる。
リーフも見たことがないようで、情報を教えはしてくれない。
「……あの中に、チサキがいる」
『何だと!?』
「! ……それはまた、何故なんだ?」
「分からない……でも、煙に包まれる前、チサキはこう言ってた」
メルフィードは一拍置くと、深刻そうな表情で口を開いた。
「――助けてって」
「…………」
『助けを呼んだだと? あの野心溢れる小娘がか?』
リーフは半信半疑だが、彼女は確かに聞き取った。チサキが助けを求める声を。
「……多分、主に斬りかかった時も、正気じゃなかったんだと思う」
「……つまり、何者かの陰謀が絡んでいると?」
「……確証がない以上、赤の他人である主には、信じられないかもしれない」
煙の巨人がまだ戻らない視界で荒野の地面にでたらめな拳を振るう中、メルフィードは龍聖に向かって頭を下げる。
「!?」
「……お願い。チサキを助ける、手助けをしてほしい。私1人だけでは、あの子は助けられない」
『だ、そうだ。どうするリュウセイ?』
突然の行動に龍聖は面食らうが、それも一瞬のことだった。両脚のレッグホルスターから、ガンモードのベスネリアが抜き放たれる。
「囮は任せろ。君はその間に【シャイニング】の準備だ。あれ、威力が悪感情に比例する代わりに時間がかかるよな?」
言葉はこの一言だけだったが、紛れもない彼女の懇願に対する答えでもあった。
「……ありがとう」
「気にするな。バイトに散々付き合ってもらったんだ。これぐらいの借りは返さなきゃな」
『あちらもそろそろ体勢を立て直す! 構えろリュウセイ!』
リーフの言葉を聞くと、龍聖は巨人に向かって突っ込んで行く。一方、ようやく視界が戻った巨人は少し周りを見回し、こちらへ向かって来る龍聖の姿を見つけると、怒気と共に混じり気なしの濃密な殺気を放つ。
だがその張本人である龍聖は欠片も物怖じすることなく、【鑑定】を使用して敵意を更にこちらへ向けさせる。レベルは150。だが敏捷性が低い代わりに、攻撃力が龍聖以上にある。他のステータスも軒並み高水準であり、手強い。
「神緑ゥゥゥ……!」
「もしかして俺をそのおっそい拳で捉える気か? 寝言も休み休み言ったら?」
「黙レェェエエエェェェエエ!!」
注意を自分1人に向けるための龍聖の挑発に、巨人は野太い声でそう叫び、龍聖に向けて両腕を振り下ろす。が、横へのロンダートで易々と避けられ、地面にクモの巣状の罅を入れるだけで終わる。
「ほら遅い。ハエが止まるかもな?」
「五月蝿イ五月蝿イ五月蝿イッ!! トットト潰レロォオォォオオオ!!」
巨人は滅茶苦茶に腕を振り回し、龍聖はそれを冷静に避けつつ、膝を狙って【ノーマル】のベスネリアで何度も撃つ。
だが全て盾にでも当たったかのように全て跳ね返り、あらぬ方向へ飛んで行っているので効果は薄い。
「ソンナコケオドシ効クカァッ!!」
「危なっ」
巨人の右ローキックを、フロントフリップで飛び越えて回避する。その途中でベスネリアを【ワイヤー】に設定し、着地と同時に右手の銃から巨人の眉間に向けてワイヤーを発射する。
「邪魔クサイッ!!」
「おおっとっ」
先端の球体が眉間にくっつくと、巨人は煩わしそうに眉間に繋がるワイヤーを掴み、その身をグルングルンと勢い良く回転させた。銃から手を離さなかった彼自身も、常人では気を失うスピードで宙を舞う。
その間にワイヤーを巻き取り、龍聖は茶色い地面をキャンバスに、たなびくジャケットで緑の螺旋を描きながら巨人の手の甲に着地する。
「斬新なアトラクションだな。運賃いくら? 7人分の料金でよろしく」
『私はただ乗りだな。人型ではないから』
「減ラズ口ヲ! ハァッ!!」
回転が無駄だと理解した巨人は、今度はヘッドバンキングを始める。
「落チロォ!」
「うわっ、と!」
魔力で作られたワイヤーが外れ、巨人の前へ振り落とされる。だが、彼は少しも慌てず左手の銃からワイヤーを巨人のあばら辺りに付着させ、ブランコの要領で巨人の背後へと躍り出る。
「俺の銃弾のキスを味わえっ!」
『ファーストキスだ。絶対に外すな!』
彼は伸びきったままのワイヤーを外して高速で巻き取ると、宙を舞う中でベスネリアを【スナイプ】に設定する。そして正確に2つの照準を定め、巨人の両膝の裏へと銃弾をお見舞いした。
ズギュゥゥゥウウウン!!
「グゥッ!!」
両膝裏を1対の牙で貫かれ、巨人を苦悶の声を上げてくずおれる。痛覚はどうやらあるようだ。
「メルフィード! あとどれくらいだ!」
「あと、3分……!」
龍聖は反動で後ろへ1回転しながら着地し、メルフィードの集中しながらの答えを聞くと、体勢を崩した巨人へと再び走って行く。
「膝カックンに弱いんだな。面白い発見させてもらったよ」
「クッ、チョコマカトォッ!」
「くッ……」
巨人もこの姿に慣れて来たのか、徐々に動きに無駄がなくなり、キレが出始める。人間より大きい分攻撃範囲も広いので、至近距離では回避が難しくなって来る。
360度の脚払いを、かろうじて上に飛び上がって回避する龍聖。
「ソコダッ!!」
「うぉっ……!」
飛び上がって無防備になった隙を突き、巨人は龍聖に正拳突きを放つ。回避が出来ないので、何とか拳を技能【受け流し】を使って凌ぎ、着地するとすぐさま距離を取る。
「運良く受け流せたけど、次からはあちらもそれを考慮して来るだろう」
『今までのように余裕綽々とは行かぬな。注意しろ! メルフィードがやられれば、こちらは打つ手がなくなる!』
防御を服でガチガチに固めた彼ならまだしも、メルフィードは無事では済まない。彼女は服にも愛着があり、彼に服を作ってもらっていないのだ。
それは勇者達が着ている服とは違い、見た目相応の防御力しかない。
(渡すのを先延ばしにしていたのが仇となったか……くそっ!)
自らの楽観に悔し紛れに歯を食い縛りながら、巨人の猛攻を時に躱し、ベスネリアでいなす。
「マドロッコシイッ! 数デ押シ潰シテクレルッ!!」
巨人の影から、実体があやふやな無数の人型が作り出され、「アァァ……」「ウゥゥ……」と言葉とは程遠いうめき声を上げながら、姿勢も定まらぬままで龍聖とメルフィードへと雪崩れ込む。
「くっ、【鎌鼬】!」
ぶれたように見える速さで両手のベスネリアを振るうと、不可視の刃が無数に乱れ飛び、影達に深い切り傷を生み出す。
が、しかし傷はすぐに塞がってしまい、影は彼へ向かう足の勢いを衰えさせない。
「効かないか……ならこれだ!」
龍聖はベスネリアをガンモードに戻すと、銃弾の種類を【マジック】に設定する。これでベスネリアからは魔法を付与した魔力弾を撃てるようになった。
「光が効くならキツいだろう! 食らえッ!!」
影達の左胸に一発。乱射された光属性の銃弾による閃光が飛び交い、全ての影を撃ち抜く。影は銃弾を受けた瞬間、その場で動きを止めた直後に塵になって消えて行く。
「見事ダナ。デハ追加ダ」
巨人は余裕そうにそう零すと、龍聖に向けて手をかざす。すると先ほどよりも更に多くの影が姿を現し、今度は全員剣や斧と言った武器を携えている。
「オ前ノ珍妙ナ武器タッタ2本デ、ドコマデ耐エラレルカナ?」
「ちぃ……っ!」
再び襲いかかってくる無数の影を、舌打ちしながら光の銃弾で消して行く。だが、少し変であることを龍聖は直感で感じ取った。
(……? 妙だな、47も消したのに数が減らない。それどころか増えている気が……)
『リュウセイ! 巨人の足元だ! 今も新手を追加しているぞ!』
リーフの言葉に龍聖が巨人の方へ視線を向けると、彼の助言通り巨人の影から8体程、一気に増援が増えているのを目撃した。
(どうりでキリがない訳だ……! まずいな、このままではメルフィードを守りきれない……!)
どんどん悪くなって行く状況に歯噛みした瞬間――それは、現れた。
――そうか、ならその身体、俺に寄越せ!
「なっ、ぐぁっ!?」
『リュウセイ!?』
何者かの声が響いた瞬間、龍聖は酷い頭痛に見舞われる。思わずベスネリアを取り落とし、頭を抱えてよろける。
「が、ぐぁアあぁアぁがアぁぁアアアぁ!!」
『リュウセイ、しっかりしろッ! 気を確かに持てッ!!』
リーフの切実な叫びとは裏腹に、彼の目眩は更に大きくなり、視界はぼやけ、耳は遠くなって行く。
そして黒かった瞳は、かつて盗賊団を皆殺しにした際と同じように、中心から赤く染まって行く。
――クハハッ! ようやくだ! 影の頭領には感謝しなきゃあなァ! この身体の中はぬるま湯に浸かりまくってて窮屈で仕方なかった! なンで、派手に暴れさせてもらうぜェ!!
「や、止め……うッ……」
制止の声を言い切ることなく、龍聖は脱力したかのように俯いたまま、頭を抱えていた腕をブランと下ろした。
「ある、じ……?」
完全に構築出来るまであと一歩のところで、異変に気付いたメルフィードは何とか集中力を保ちつつ、俯いた龍聖へ声を掛ける。だが、それに返答はなく、彼の口から漏れたのは――
「――クハッ」
狂気を孕んだ、獰猛な嗤いだった。




