第35話 黒き刺客
新たな展開、開幕です。
《彼》が現れるまで、残りわずか、とでも今は言わせていただきます。
「フッ!」
「おっと」
刺客は口から言葉を発し終わると、間髪入れずに龍聖の心臓目掛けて刺突を繰り出す。龍聖は冷静に狙う部位を読み、左手を添えて軌道を逸らす。
その後数歩距離を取り、体内から極彩丸を取り出し瞬時に抜き放つ。
「俺としては、君の仲間にお礼を言いたいんだけど」
「黙れ。アンタの礼など虫酸が走るわ」
龍聖の話をまともに取り合わず、刺客は再び接近して刺突を繰り出し、彼はそれを今度は極彩丸の側面で受け止める。ギリギリと金属同士が擦れ、暗闇の中で小さな火が花を咲かせる。
「随分穏やかじゃないな。死んでもらうと言うのは本気みたいだ。何かのショーかと思ってたよ」
「当然。アンタはここで死ぬのよ」
そう言い捨てる彼女は身体を少し右にひねり、ハイキックを放つ。しかし似たような戦法を美姫との模擬戦で見たことがある龍聖は、それも読んでいた。
頭だけを後ろへ下げて紙一重で躱しつつ自分から見て左に空高く跳躍し、家屋の屋根の上へ足だけで音すら立てずに着地する。
「危ないなぁ。まぁ掠りもしないんだけどね」
「余裕なのも今の内よ!」
余裕そうな顔が気に障ったのか、その語気を強める。先に何か金属のような物が付けられた縄を懐から取り出し、龍聖がいる場所とは少しずれた場所へ縄の先の物体を投げる。
その正体は縄の先に鉄鉤が付いた、所謂忍者7つ道具の1つである鉤縄だった。
鉄鉤は三角屋根の頂点にしっかりと引っ掛かり、彼女はそれを利用して素早くよじ登る。そして龍聖がいる場所からは少し離れた場所に立ち、彼へ向かい合う。
「鉤縄か。まるでくノ一だ。ただ金属部分が無骨だな。縫いぐるみみたくカラフルな布で覆ってみたらどうだ? 目立つのが欠点だけど」
「くっ、無駄口を!」
懲りずにまた刺客をおちょくるが、大人げないと言うことなかれ。彼も理由が分からないまま斬りかかられたことに、地味に怒っていたのである。
だがそんなことは知る由もなく、懐から再び何かをを3つ取り出し、その手を標的に向けて真っ直ぐ投げる。
それらは円盤のように回転しながら飛んで行くが、龍聖は何も持っていない右手で摘まむように全てキャッチし、扇のように広げて月明かりにかざす。
「へぇ、十字手裏剣か。趣味は悪くないな」
喋りきった直後に、手裏剣とは別の何かが数本顔へ飛んで来る。それを扇のように広げた手裏剣で弾き、手裏剣もろとも地面へと落とす。
見えたのは一瞬だけだったが、投げられたのは暗闇に目立たないよう黒く塗られた苦無だった。
「惜しい、後10センチ!」
「こんのおッ!」
ネタ切れなのか、完全に余裕を失いながら乱暴に背中の忍者刀を抜き、袈裟懸けに振り抜こうとする。柔軟に動くには、持ち込める武器はあれらで限界だったのだろう。
「太刀筋が荒い!」
「くっ……!」
刀に勢いが付く前に、極彩丸を振り上げて弾き、刺客の体勢を崩す。そして瞬時に刃を反して肉薄し、そのまま刺客の腹部へと峰を叩き込む。
「あがっ……!?」
これにはたまらず、刺客も身体をくの字に曲げてよろめく。
「隙だらけだ!」
「しまっ……!」
刺客はドジを踏んだと気付いたが時既に遅し。刀を収めながら忍者刀を奪うと、同時に外套のフードと仮面に手を掛けた。
そこには、龍聖よりも年下の男とも女とも取れる中性的な顔立ち。それが呆けた状態で姿を現していた。
そしてサラサラとした黒髪ナチュラルボブの上には、人間には付いていない2つの突起物、猫の耳があった。
「ついに顔が拝めたな。顔洗って出直して来な。猫だけに」
「くそっ……!」
素顔を現した刺客はその顔を憤怒に歪ませ、すました顔で忍者刀を肩に当てている龍聖を射殺さんばかりに睨んでいた。だが、武器を全て奪われてしまった以上、もう何をしようと返り討ちに遭うだけだろう。
「……」
その一方で、龍聖と同じ要領で屋根の上に登ったメルフィードは、隠されていた刺客の素顔を見て――その顔を刺客以上の怒りで埋め尽くしていた。
しかし、悪意に敏感な龍聖は、その怒りの内容が少し妙であることを感じ取った。
「? どうしたメルフィード。見たところ俺が斬り掛かられたことよりも、斬り掛かっていたのがこの子だったことに怒ってるみたいだけど。君の知り合いか?」
「……ん。何でこんなことしたのか、教えてもらえる? ――チサキ」
チサキと呼ばれた少女はメルフィードに無機質な声でそう問われると、顔を俯かせて下唇を噛む。そしてしばらくそうした後に顔を上げ、龍聖を指差しながら口を開く。
「決まっています。彼奴はメルフィードさんのことを全く考えていないからです! その証拠に、あの男は荒野でメルフィードさんをやりたい放題していました!」
「え? 俺そんなことしたか?」
覚えていなさそうな龍聖をチサキは鬼気迫る勢いでギッ!! と睨み、唾を飛ばしながら叫び出す。
「惚けないで! 縄みたいな何かで引っ張るだけでは飽き足らず、勇者2人もろとも地面に拘束してたでしょう!」
「ああ。てことはあの時感じた変な気配は君か?」
「……え?」
「気付いていたけど、周りにバレないようにしてたのさ。もちろん君にもね。ちなみに覚えていないのは嘘な」
真夜中であるにも関わらず、大声で怒鳴り散らすチサキだったが、それに対して全く怯まず、感知した気配の正体を尋ねる龍聖。
チサキは突然のことで呆けるが、龍聖は何事もなかったかのように続ける。戦闘技術は2枚も3枚も上手。そして身を隠していてなお彼には存在を易々と感知されていたことを思い知らされ、悔しそうに顔を背ける。
「ちっ……ええ、そうよ。その気配はあたし」
「……それじゃあ聞くけど、貴女が主なら、どう対処したの?」
「それはもちろん、2人を引き剥がした後に鉤縄で縛ります」
打って変わったメルフィードの問いへのチサキの答えを聞いた瞬間、龍聖とメルフィードは思わずブフッと噴き出してしまった。
「あ、アンタ! メルフィードさんも、何が可笑しいんですか!?」
「いやぁ、あの2人を取り押さえるにしては随分脆弱だなと思って……ブハハッ」
「……ホント。貴女は勇者3人の内、1人にすら、逆立ちしたって勝てはしない。……クスクス」
自らの言葉を真面目に受け取ってもらえなかったチサキは、その顔を怒りと羞恥で真っ赤にする。
「ふざけ、ふざけないで下さい! あたしが弱い!? そんなことあるはずがありません!」
「ふざけてなんていないさ。現に俺は魔法を使わず君に勝ったぞ? 2人を制圧するには魔法を使わざるを得なかったのに」
「それはあの勇者二人を傷つけるのを防ぐためでしょ! あまりあたしを舐めないでくれるかしら!」
龍聖の言葉に耳を貸さず、自らは勇者達に並ぶと言って憚らないチサキ。こうなっては何を言おうと馬の耳に何とやらだろう。
心の中でやれやれと思いつつ、龍聖は自分なりの最大限譲歩をした提案をすることに決める。
「分かった。じゃあ明日事情を話して勇者の誰かと模擬戦をしてもらうか?」
「……良いわ、望むところよ。それであたしの力を思い知らせてやるから」
「せいぜい健闘を祈るよ。では明日の午後2時に荒野で待ち合わせだ。場所は分かるだろ?」
チサキは無言で頷いた。
「それじゃあまた明日。行くぞメルフィード」
「……分かった」
言うべきことは言い終えた、と龍聖はチサキの忍者刀をゆっくり置き、メルフィードとその場を後にした。
「…………」
だが、その背中を見ているチサキの目は……
――どこか、濁っていた。
◇
翌日。龍聖とメルフィードは、冒険者ギルドの酒場で勇者3人組に、真夜中の街中での取り決めのことを話した。
「へぇ……また、随分な命知らずだなぁ。よりによって龍聖に斬り掛かるなんて」
「……ん。チサキは昔から、少しわがままなところがあったけど、ここまでとは思ってなかった」
注文した朝食を頬張りながら、太陽とメルフィードは理解不能と肩を竦める。その声色はチサキへの同情は一寸もなく、ただただ呆れのみが含まれている。
「えっと、それは良いんですけど……」
「……あの2人は、放っておいて良いの?」
その一方で、ある一点を指差しつつ、おずおずと聞くレナとリオネル。
そう、彼らの反応はまだ良い方なのである。美姫や朱音に至っては、ハイライトの消えた目で虚空を見つめている。大方龍聖を殺めようとしたことへの怒りを滾らせているのだろうが、それを3人は見なかったことにしているのだ。だって下手なホラー映画より怖い顔をしているから。
「えー……で、だ。そのチサキって奴は俺達に及ばないとお前とメルフィードさんに言われたが認めず、それでお前は模擬戦を持ち掛けた訳か」
「あぁ、闇討ちとかされると後々面倒だしな。俺の尻拭いを頼むようで申し訳ないけど、俺の代わりに3人の内の1人、模擬戦を頼めるか?」
相手はくノ一だ。本業は昨日に行ったような真っ向からの斬り合いではなく、暗殺や諜報活動などの奇襲撹乱である。つまり、いつ何時寝首を掻かれ、有ることないこと囁かれてもおかしくはないのだ。争いの芽は早めに摘み取るのが、龍聖にとっては望ましかった。
「理由が理由だしな。構わねぇよ」
「助かる。えっと、2人は……」
「ヤルヨ」
「ヤリマス」
美姫と朱音は虚ろな表情のまま、片言で承諾の意を示した。2人の周りにはとうとう殺気が迸り、それぞれのツインテールとアホ毛をゆらゆらと揺らしている。
「……うん、模擬戦は午後からって話になってるから、とりあえずは殺気を仕舞って仕舞って」
龍聖は身を乗りだし、虚ろな顔の美姫と朱音の頭を撫で始める。
「ふぁっ、ちょ、龍聖くん……」
「はわわ……」
先程までの無表情が嘘であるかのように、恥ずかしがりつつも龍聖の手を受け入れ、それによってゆらゆら揺れていた髪の動きが止まる。
太陽達はこの時ばかりは、龍聖の天然たらしに感謝した。レナだけは複雑そうな表情をしていたのはご愛嬌である。
「……ふぅ、ようやく元に戻ったな。じゃあ午後まで適当に、どっかで時間を潰すか?」
「いや、気を抜きすぎるのは良くないと思う。確かに力量はあちらが圧倒的に下だ。だがいつの時代も毛利の厳島合戦しかり、織田の桶狭間の戦いしかり、大逆転と言うのは必ずある物。俺としては、ウォーミングアップに一票だな」
安堵の息を吐きながらの太陽の提案に、龍聖は日本史の逆転劇を元にした懸念をあげる。その言葉に、納得したような表情で顎に指を当てる朱音。
「なるほど……これが龍聖先輩節なんですね。どんな相手であっても油断はしない、ですか。参考になりますね。私も龍聖先輩の提案に賛成です」
「と言うかボク達、この前の盗賊団の件で散々思い知らされてるしね……」
賛成の意を示した朱音に続き、美姫も苦笑いしつつ龍聖寄りの発言をする。
「……まぁ、それもそうか。あ、そういやオレは新しい武器をもらってなかったな。悪ぃけど龍聖、今渡してくれねぇか? オレのグレートソード、結構ガタが来てたみたいで、昨日先っぽが折れちまったんだ」
そう言いつつ背中からグレートソードを抜く。確かに先端が折れてしまっており、使い物にならないのは歴然だった。良く見ると柄の部分もガッタガタで、並大抵の手入れや修理ではどうにもならぬ酷さである。
ちなみにこのギルド、幸いなことに武具屋が中に存在するため、武器を抜き身にすることは問題にならない。ただし、最小限に抑えると言う暗黙の了解付きだが。
「良いぞ、元よりそのつもりだ。収納の穴よ開け。【ストレージ】」
龍聖は人目の多い酒場であることもあって、敢えて詠唱しつつストレージの穴から新しい武器を取り出す。
取り出した大剣は、深紅の鞘に黄色いグリップと言うかなり派手な色合いをしており、やけに横幅がでかい。具体的には鍔と同じくらいの広さだ。
「魔力を流してみてくれ。あ、グリップは握ったままでな」
龍聖は取り出した大剣をポンと軽く投げ渡し、言われるがままに受け止めた太陽は鞘に魔力を流すと、鞘が初めからなかったかのように粒子化し、中に覆われていた刀身が姿を現した。その剣には、他の剣とは明らかに違う部分があった。
「……こりゃあ随分歪な刀身だな。まるで炎みたい……つーか本当に燃えてね!?」
「炎をモチーフにしたからな。炎がないとロマンに欠けるだろ? 後、刀身が燃えている訳ではないから、【スカーレットスマッシュ】も上乗せ出来るぞ」
龍聖の言う通り、太陽の新しい武器はまるで、燃え盛る炎をそのまま大剣にしたような外見だった。
内部は誤って抜けないように刀身がフィットするようになっているので、魔力を流さないと鞘から抜くことも収めることも出来ないのが欠点だが、それに反比例して刺した際の傷口が広がることと、赤く燃え続ける炎が相まって殺傷力が格段に上がっている。
「気を付けろよ? 刀身の温度は5000度だからな。素手で持ったら命に関わる大火傷、最悪炭になって砂のように崩れ落ちる」
「危なすぎねぇ!?」
「そう言うと思った。だから事故で触った時のことを考えて、超高熱に耐える手袋も作って来た。高性能な滑り止め付きだから、ミトンにも使えるぞ」
「料理に対して過剰戦力なんだがそれは」
そうは言いつつ渡された耐熱手袋をはめ、恐る恐る刀身へと触れる。だが手袋の効果は絶大で、全く熱さを感じさせなかった。
さて、ここでこの大剣について補足を入れておこうと思う。龍聖は刀身の温度が5000度であると言っていたが、現状発見されている中で一番熱に強いタングステンであっても融点は3400度である。この大剣が、現存の金属で作られていないのは明らかだった。
「おお、凄ぇなコレ。どんな原理で燃えてんの?」
「俺の火の魔力を込めた。刀身の素材も俺の魔力から作ったし、耐久性は一応折り紙つきのはずだぞ」
「マジか凄ぇ……ってちょっと待て。この剣魔力で出来てんの!? そんな剣聞いたこともねぇけど!?」
「ああそれ? 人工ダイヤモンドを作る過程を真似てみたら、案外簡単に出来たぞ」
太陽の絶叫は、本当に幸運なことに周りの喧騒に掻き消された。
龍聖はこの世界において、非常に有用な大発見をしていることに全く気付いていない。下手をすれば……技術目的で奴隷にされてしまう。
そんな人間離れした所業を可能にしたのは、最近覚えた魔法、【グラビティフィールド】である。この魔法を空中に発動させた場合、ドームではなく球状になり中心へ影響を及ぼすことに気が付いたのが、この武器が生まれるきっかけだった。
彼はこの性質を利用して、重力を常人ならばあっと言う間に潰れてしまう程に強くした球の中心に、魔力と超高火力の炎を延々と流し込んだのである。何て無駄に洗練された無駄のない才能の無駄遣いか。
また余談だがそれを作っている最中、リーフは感心したような声で『素晴らしいな。この技術があれば旅費に困らないぞ』と、大分麻痺したコメントを残していた。
この世界に存在するならば病状がこれ以上悪化しない内に、一刻も早く精神科へ行った方が良いだろう。
「…………」
「ん、どうした?」
「……何でもねぇ。この剣の名前は何だ?」
何てものを生み出しているのかと盛大にツッコミたくなった太陽だったが、これはアイツなりの厚意だよな、とポジティブに捉えることにして思い留まる。生命線を譲り受けたに等しいのだから。
「【大炎剣バルジュラ】だ。かなりの力作だぞ。あっそうそう、炎は柄に仕込まれたボタンで出さないように設定出来るからな」
「助かった。模擬戦で大火傷沙汰は避けたいしな。バルジュラか……了解。コイツを使いこなせるようにやるだけやってみるか」
バルジュラを柄に魔力を流すことで再び刀身を鞘で覆わせた後にボタンを押すと、黄色だったボタンが青く変色する。
これが炎が出ないように設定した際、分かりやすくする仕様である。
「……それじゃあ、ウォーミングアップ、行く? 練習場は。私が借りておいたから、いつでも出来る」
「おっ、ありがとうなメルフィード。3人は大丈夫か?」
いつの間にしたのか、メルフィードが練習場を確保したことを教えてくれる。彼女なりの気遣いに龍聖は感謝しつつ問いかけ、それに間髪入れずに頷きを返す3人。
「あ、リュウセイさんと……メルフィードさん、でしたっけ。私も自衛の指導をして頂来たいんですけど……」
「そ、それなら僕もお願いして、良いかな?」
「良いぞ。見てあげよう」
「……構わない。私も、身体を動かしたかったし」
おずおずと手を挙げ、口を開くレナとリオネルの頼みを快諾する2人。念のため、レナとリオネルにもナイフや棍棒と言った自衛用の武器を渡していたのだが、2人はまだ武器に振り回されている状態であった。
新米冒険者の中には、命を殺せる武器を持っただけで一人前だと誤解する者もいる。だが2人はその身を盗賊に拐われている恐怖を味わっている。
武器を持った程度で通用するとは到底思える程楽観的ではなく、不安要素を少しでも拭いたいと各自で研鑽に励んでいたのだ。その手の熟練者がいるとなると、教えを乞いたいのは当たり前であった。
「よし、太陽達はチサキとの模擬戦に備えてウォーミングアップ。俺達はレナとリオネルに戦闘指南。異論はないか?」
龍聖の確認に手を挙げる者はいない。
「ないみたいだな。じゃあ俺達は草原に向かうから、正午にまたここで集合だ。では、解散!」
龍聖の一声を最後に彼らは2つのグループに分かれ、鍛練やウォーミングアップを始める場所へと向かった。
◇
~龍聖 三人称side~
それから龍聖達は腹ごなしに丁度良いと、草原までを歩いて移動していた。まぁ【テレポート】に頼りきりを防ぐ名目も、サブで入っていたりする。
「あの、リュウセイさん」
「ん? 何だレナちゃん」
その道中、レナは少し歩く速度を速めて龍聖の後ろから隣へと移動し、声を掛ける。
「えと、その、リュウセイさんが着けている腕輪なんですけど……」
「この腕輪がどうかしたのか?」
リーフが宿るそれを着けた腕を、レナの前へ持って行く。
「はい。その腕輪……何か変な感じがするんです」
「変な感じ?」
「何なのかは……良く、分からないんですけど」
龍聖には分からなかったが、レナは何かを感じ取ったようだ。難しい顔のまま、腕輪をじっと見つめている。
「すみません、混乱させましたよね……」
「謝る必要はないさ。あとで図書館で読んだ本の知識を整理してみるから」
腕輪から顔を遠ざけ、申し訳なさそうに眉を下げるレナに、龍聖は励ますように笑い掛けながら頭を撫でる。あわあわと声を出しながら茹で上がっている傍らで、メルフィードにも悟られないようにリーフへ念話を飛ばす。
〈リーフ、かれこれお前を着けて2ヶ月だ。そろそろ少しくらいは話してくれて良いんじゃないか?〉
《……そうだな、そろそろウジウジ悩むのも飽きた。分かった。お前と二人きりになった時、私の秘密を話そう》
全てを話させることは出来なかったが、リーフは龍聖に隠し事を打ち明けることを選んだ。
この国の全ての図書館を回ったが、リーフらしき腕輪について書かれた本は一冊もなかった。もう回りくどい方法は止め、直接聞いた方が早いと龍聖は考えたのである。
〈了解。後になって惚けないことを祈ろう〉
《見くびらないでもらいたいな。私は約束は反故にしない主義だ》
龍聖の茶化しに、リーフは心外だと言うように声のトーンを少し下げる。
〈悪い悪い。だが2ヶ月もだんまりを決め込むお前にも責任はあるんだからな〉
《それは嫌でも知っている。だが茶化すのはいただけないな。大体お前は――》
〈おっと、目的地が近い。今回の会議はここまでだな〉
《……まるで狙ったようなタイミングだな。そういうことが出来るだろう? お前なら》
〈失礼な。こんなの走るペース調整の延長だ〉
《嘘つけ》
リーフとちょっとしたコントを繰り広げつつ、龍聖達は青々とした緑が広がる草原へと到着した。ここならば、周りに迷惑を掛けることはないだろう。
「さて、早速始めるか。レナちゃんはメルフィードと。リオネルくんは俺とだ」
「はい! よ、よろしくお願いします!」
「……ん、じゃああっちで始めるから、あなたの成果を見せてみて」
レナはメルフィードに一礼し、メルフィードは少し頷いて龍聖達の邪魔にならない場所へと移動して行く。
「よし、こちらも始めようか」
「う、うん」
互いの安全を確保したと判断した龍聖は、リオネルに開始を促す。
リオネルは戸惑いつつ自らの獲物である、樫に良く似た色と性質を持つニグトの木で作られた棍棒を構える。それに対して龍聖は、懐から20センチの黒い何かを取り出した。
「……えっと、それは?」
リオネルへの返答の代わりに龍聖がその黒い何かを一振りすると、それは長さが約3倍に伸びて立派な武器へと早変わり。太陽の大剣を作成した際の副産物、特殊警棒である。耐久性はもちろん折り紙つきだ。
「こういうことさ。いつでもかかって来て良いぞ」
「じゃあ……遠慮なく!」
リオネルは姿勢を少し低くすると踏み込み、龍聖に向かって手加減抜きの横凪ぎを放った。棍棒の先端が、龍聖の顔へ向けて弧を描く。
だがその攻撃は、龍聖に易々と防がれてしまい、ガツンッと鈍い音を立てる。
「ゴブリンやスライム相手なら心配要らなさそうだけど、人と戦うならちょっと難しいな」
「今はそうかもしれない……っ、でも、だからって諦めることはしない! だって、貴方に恩を返したいから!」
龍聖の厳しい評価にもめげず、リオネルは両手に力を込め、目一杯に押す。互いの武器の間からはギチギチと金属音ではない擦れる音が響く。
「そうだ、それは俺も通った道だ。故に俺が保証する。この努力は決して無駄にはならない。そして、誰にも否定する権利などありはしないことを!」
龍聖は交差する互いの武器越しに、目を爛々と輝かせてニヤリと笑う。
どんなに逆風が吹こうと、諦めることを許されない。そんな人生を生きて来たからこそ、今のリオネルの発言は実に嬉しい物だった。
「さぁ、さらなる高みに登れリオネルくん! 君の今持っている精神を捨てさえしなければ、必ずその先に未来が待っているぞ!」
「言われなくてもっ! おおおぉぉぉっ!」
リオネルは今出せる限界の力で龍聖を押し始める。すると予想外なことに、龍聖は押されて少し左へ移動し、地面に小さな轍を作る。
太陽達でも龍聖を押すのに約3週間は掛けた。それをリオネルは手加減されているとは言え、わずか1週間で成し遂げたのである。
「おぉ……これは嬉しい誤算だ。だがもっと、もっとだリオネルくん! これじゃ足りないぞ!」
「くっ……せりゃああああ!!」
龍聖はリオネルの急成長に歓喜しながらも、更に上を目指させるために力を少し強めて発破を掛ける。
それを種火にして、リオネルは己の中の闘争心を、キャンプファイヤーのような業火に巨大化させた。
◇
「えいッ、やッ、はッ!」
龍聖とリオネルが互いにしのぎを削っている頃、レナは両手に持つナイフにスナップを利かせ、メルフィードに向かって投げていた。
それをメルフィードは同じ位置、同じ力で自前のナイフを投げ、レナのナイフは自身と彼女の中間地点に落とし、自身の物はバウンドさせて手元に戻す。
「……筋は、悪くない、ただ、少し力み過ぎてる。これでは、無駄な体力を消費してしまう」
「わかり、ました!」
アドバイスに返事をしながら、ナイフを投げる手は緩めない。それどころか逆に勢いが上がっており、アドバイス通りに動いているのが分かる。
その勢いにすら、全く同じように合わせるメルフィードの技術が高いのは明らかだが、レナも目覚ましい速度で成長している。
「……ん、良い動きに吸収力。これならサブ武器として有効に使える。あとは短弓とかを合わせれば、まともに戦える」
「ありッ、がとうッ、ございッ、ますッ!」
こちらもこちらで、実に着実に成長していた。勢いが上乗せされたそれを、ナイフを投げずに振るって弾くが、メルフィードは少し、笑った。
――再び、選択の時が迫っていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
さぁ、刃が輝き出しました。邪悪を刈り取る、死神の手が忍び寄ります。




