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聖縁剣  作者: フジスケ
第3章 Blood Eyes
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第34話 突然のアルバイト!?

 皆さんこんばんは、フジスケです。

 さて今回は前回4部作に反して、平和な日常に舞い降りる依頼に少々振り回されるお話です。

 ではどうぞ、お楽しみください。

 盗賊団を制圧して1週間後の早朝。色々あって疲れただろうと言う龍聖の配慮でしばらく鍛練を休みとし、ある程度元気がある龍聖とメルフィードは城下町を渡り歩いていた。


 リオネルは太陽と、レナは美姫や朱音と同じ部屋で寝ることになっている。その方が気苦労がないと判断したためだ。


 レナに関しては折角の感動の再会を果たした直後に、【テレポート】で村へ帰してハイ終わりはあんまりだ。そのためこの国に滞在している。


「ふーむ……」

「……? どうしたの、主」


 だが清々しい朝もつかの間、早々浮かない顔をした龍聖に、メルフィードがそちらを向いて首を傾げる。


「いや、そろそろ旅に出ようと思っててさ。リオネルくんやレナちゃんも元々いた場所へ届けなきゃいけないし」

《お前が旅に出ようとすると、タイヨウは問題ないだろうが、間違いなくミキとアカネは止めてくると思うぞ》

〈そう、それが問題なんだよなぁ……〉


 と、こんな感じで地球へ帰る手段を探しに行きたいのだが、難儀な問題に直面しているのである。数少ない地球の知人と離れるのは、心に来るものがあるはずだ。


 しかし勇者を呼び出した以上、その国は切羽詰まっている。貴重な戦力をみすみす手放すことはまず許してくれないだろう。


「俺の世界がどうなってるのかも分からないし、出来るだけ急ぎたいんだよなぁ」

「……でも異世界へ転移となると、尋常じゃない魔力と、巨大な魔法陣が必要になる。話は、簡単じゃない」


 ちなみにメルフィードは龍聖が異世界人であることに気付いている。


 理由は簡単。異世界人である勇者とこの世界の人物が、かなり深い友好関係を一朝一夕で持つ可能性は低いからである。閑話休題。


「魔力は頑張り次第でどうにかなるとしても、問題は魔法陣だ。それがこの国の図書で見つからない以上、別の国へ探しに行くしかないんだ」


 うーん……と2人と腕輪が呻きつつ悩んでいる最中、メルフィードと龍聖の肩に誰かの手が置かれた。


 何事かと後ろへ振り返ると、そこには何故か血走った目でこちらを見ている女性が。服装から察するに貴族の類いではなく、この国の住人のようだ。


「……えっと、僕達が何か?」


 無言で肩に手を置いている女性に、戸惑いがちに龍聖が声をかけると、女性はその血走った目をキラキラさせ、2人の肩を強く掴みながらその口を開く。


「あなた達、ちょっと今日だけバイトしてくれない!?」

「「…………え?」」


 女性が言ってきたことの内容が理解出来ず、呆けた声を出す。

 いきなり肩を掴まれ、第一声が「バイトしてくれない!?」だ。こうなるのは道理だろう。


「あなた達神緑とその配下の人でしょ? お願い、ちょっと力を貸して欲しいの!」


 女性は2人の肩から手を放すと、パチン! と音が鳴るほどに手を強く合わせて懇願する。


 龍聖に関しては顔がこのアスラトニアに知れ渡っている。もちろん、あらゆる場面に置いて適切な対応が可能であることもだ。それを知った故に彼らへ助力を頼んだのだろう。


「……バイトするにしても、内容は何か、教えてほしい」

「あ、そうだ肝心の内容を言ってなかったわ。ごめんなさいね。実は私の経営してる喫茶店の給仕の人数が、少し心もとないのよ。ほら、今は夏風邪が流行ってるじゃない?」


 メルフィードが怪訝な顔をしつつ仕事内容を尋ねると、女性は我に返ってそれを教えてくれた。


 この世界にも月の呼び方が違うだけで、春夏秋冬の概念はある。ちなみにそれぞれ以下のようになる。


 1月  ヘンケ

 2月  ブルク

 3月  リハル

 4月  シーバ

 5月  ミムン

 6月  ルメナ

 7月  ヴィノ

 8月  トルツ

 9月  マリフ

 10月 ロマイ

 11月 シュム

 12月 エスタ


 1週間はこちらも7日であり、1ヶ月は一律4週間である。今日はヴィノ、つまり7月の17日だ。


「では、俺達の仕事内容はその喫茶店の給仕の手伝いと言うことですか?」

「えぇ、そういうことになるわね」


 龍聖の質問に女性は首肯し、メルフィードは顎に人差し指を当てて思慮をする。この後に予定は2人とも特にない。しかし安請け合いして良いものだろうか。


「……主、どうする?」

「別に良いんじゃないか? 今日だけなら特に支障はないだろう。旅に出るための方法を考える時間も確保出来るしな」

「……確かに1日程度なら、こちらも支障はない。仮に準備するにしても、主は【ストレージ】が使える。準備に、そこまで時間はかからない」

《それに関しては私は何も出来ない。手足がないからな。決断はお前に任せる》


 時間を割こうとしているあたり、どうやら乗り気なようだ。

 給仕くらいなら、礼儀作法を地球でのバイトで知り尽くしている彼だ。心配はいらないだろうとメルフィードもこの依頼を受けることを決める。


「じゃあ、えっと……」

「ん? あぁ名乗ってなかったわね。私はザビーネ」

「ザビーネさんですか。僕は龍聖と言います。では早速ですが、仕事場へ案内をお願いして良いですか?」

「ありがとう! こっちよ、ついてきて!」


 暗に承諾する返答を聞いてすぐザビーネは2人の手首を掴み、引き摺るような速度で引っ張っていく。


 それはそのまま15分続き、その間に仕事の詳しい内容を教えてもらうと、丁度仕事場となる喫茶店へ到着した。


 レンガ造りのレトロな喫茶店のスタッフルームへと案内されたのだが、そこでザビーネは何かを思い出した顔をする。


「あ、そう言えば」

「どうしました?」

「制服……どうしよう?」

「えっ?」

《は?》

「……私達に、聞かれても困る」


 人員に目を取られて制服の方まで頭が回っていなかったらしい。ザビーネは深刻そうな顔で今更なことを言い出すが、龍聖とリーフは当然呆け、メルフィードは特に反応を示さずそれを無表情で切り捨てる。


「ちょ、メルフィードちゃんそれは冷たくない!?」

「……私達には今日まで、全く関係ない話だったから」

「うっ……」


 ザビーネは言い募るが、ぐうの音も出ない正論で返された。さすがに今日いきなりバイトすることになろうとは2人とも思っている訳もなく、事前に準備など出来るとは思えない。


「ねぇリュウセイさん! お願い、何とか出来ない!?」

「えぇ、そんな無茶な……」

「規格外なんでしょ!?」

「う~ん……」


 ザビーネから両手を合わせての無茶振りを受け、眉を八の字にする龍聖。だが困った顔をするだけではなく、解決法をその頭で見つけていた。


 それは彼が作り出した布地を作り出す魔法、【クリエイトクロース】だ。時間と見本さえあればそれで作成出来るが、営業開始時間によって間に合うかは変わってくるだろう。


「営業までは、後どれくらいですか?」

「えっと、2時間ぐらいね」


 壁に掛けられた時計を見ながらの発言に、龍聖は少し顔を綻ばせた。


「よし、それなら何とか間に合います。見本はありますか?」

「あるわ! すぐに取ってくる!」


 ザビーネは女性に似つかわしくないドタドタと音を立てながら、厨房の方へと消えて行った。


 10秒も経つと、彼女は戻って来る。但し、明らかに女性用と分かるものを1着だけ持って。しかも明らかに、メルフィード用にしてはサイズが小さい。


「あの……少し小さいのでは? それと、男性用のものはどこに?」

「悪いけどこれが一番大きいサイズで、男性の社員がいないからここにはあなたの制服の見本がないのよ……」


 営業まで時間がないと言うのに、ここへ来て悪い知らせが舞い込んでくる。あろうことかここには男性用の制服そのものがないとは。


「えぇ!? では何故僕をここに!?」

「貴方なら何とかなると思って……」

「買いかぶりすぎでは!?」


 ザビーネは目を逸らしながらボソボソと小さな声で、子供の屁理屈のようなセリフを吐く。当然、龍聖は唖然とした表情になる。


 ここまで段取りがないのは怒りを通り越して笑うしかないレベルである。実際メルフィードも、呆れを通り越してこみ上げる笑いを堪えていた。仕方がないので、龍聖は自分用に燕尾服を作ることにした。


 それをフォーマルなパンツスーツと組み合わせ、仕上げに白い手袋を付ける。


 メルフィードの方も、デザインさえ分かれば後は簡単である。本人が教えてくれる服のサイズを参考に作れば良いのだから。しかし、彼は男であり、メルフィードは女だ。


「…………メルフィード」

「……何? 主」

「大丈夫なのか? 男の俺に体型をあっさりペラペラ喋っちゃってるけど」


 龍聖は服を作成中、心が背徳感一色で塗り潰されていた。自分の体型を何事もないように教えてくれるのは22歳の美人なのだから、仕方ないと言えば仕方ない。


「……別に、気にしない。恥ずかしいと感じる体型は、してないつもりだから。いっそのこと主になら、胸やお尻を触られたって良い」

「それはそれでかなり問題じゃないか!?」

「……触って、みる?」

「結構です!」


 無表情のまま頬を赤らめ、膝に手を付き胸や脚などのスタイルを強調するような姿勢をするメルフィード。悪く言えばヘタレ、良く言えば誠実である龍聖には、即座に遠慮するしか選択肢はなかった。


 ――と、こんな風にプチパニックこそあったが、最終的に自分用の燕尾服と、メルフィード用の制服が営業30分前に完成した。


「ふぅ、間に合ったな」

「……主、主。似合う?」

「あ~……うん、似合うよ」


 龍聖は一仕事やり遂げた、とかいてもいない汗を拭うように額を袖で拭く。それに対し早速仕事着を纏い、花のような微笑みを浮かべクルクル回転するメルフィード。その光景に苦笑しながら、額から顔全体に腕を移す。


 彼女が着ているのは白いシャツに、フリルが付いた黒いエプロンドレス。そこまでは良い。


 問題なのは、スカートの丈が下手をすれば中が見えてしまうくらい短いことである。この喫茶店の制服は現代日本で言うところの、所謂コスプレメイド服だったのだ。


 そのせいで白く眩しい脚線美がこれでもかと強調されており、目のやりどころに物凄く困る状態となっている。


 それに加え、メルフィードは現在クルクルと回転している。ここまでくれば紳士諸君はお分かりだろう。


「おおー! 似合ってるよメルフィードちゃん! 最後にこれを頭に着けて完成ね!」


 一方コック服を着こなしているザビーネはそんな龍聖の表情に目も暮れず、白いフリルのようなものをメルフィードに差し出す。


 それはメイドがよく着けるホワイトブリムであり、ますますメイド感が増す結果となってしまった。


「……ここはどんな喫茶店なんですか?」


 ホワイトブリムを着けて姿見を見ている彼女を尻目に、龍聖は頭に手を当てたまま、隣に立っているザビーネに問う。


 いくら何でも彼の想像する、ゆったりした時間を過ごせる喫茶店とはかけ離れており、聞かずにはいられなかったのだ。


 どちらかと言えば、人呼んでオタクの友人の聖地であるメイドカフェに近い。


「どんなって、普通の喫茶店でしょ?」

「ここが普通ならこんなこと聞きません」

《そちらの世界はどうなのか知らんが、この世界ではこれが普通だぞ》


 当たり前だが、この世界と現代日本の常識は違うようだ。ザビーネにもリーフの念話にも何を言っているのかと言わんばかりに返され、龍聖は何も言えなくなる。


 良く良く考えてみれば、メルフィードはこの格好を嫌がるどころか、疑問すら抱いていない。この服装がこの世界では普通なのだろう。


「まぁ、良いか。メルフィード、接客の仕方は分かるか?」


 疑問が残らないわけではないが、今は考えても実りは少ないととりあえず割り切り、姿見をジッと見つめているメルフィードに声をかける。


 その言葉に反応し、狐耳がピクッと動いた後に顔がこちらへ向く。


「……大丈夫。生活費が苦しい時とか、こうやって稼いでたし」

「そうか、なら心配いらないな」


 日当をもらえている以上、心配は不要だろう。メルフィードは龍聖の質問に答え終わると、今度は背中の確認を始める。


「そういうリュウセイくんは?」

「一通りは。友人に誘われたりして、やったことが何度か……」


 ザビーネの問いに龍聖は遠い目をした。


 その訳は地球での話になるが、龍聖の周りでは彼を巡り、酷い奪い合いになってしまったからである。


 掃除も接客対応も完璧と、まさに言うことなしな男なのだ。このような争いになるのは必然とも言えるだろう。


 この惨状を巻き起こした遠因は、さりげなく自身の将来を悲観していたりする。


 これだけ大事になった以上、自分の存在はかなり広く知れ渡っている。また似たような騒動が起こってもおかしくないのだ。規格外も、規格外なりに苦労しているのである。


「そ、そう。ところでリュウセイくん、極彩丸は外してもらえる? 一定以上離れると、戻ってくるって聞くけど」

「あ、それは大丈夫です。よっと」


 遠い目をする龍聖に若干ばつの悪そうな顔をすると、ザビーネは彼に極彩丸を置くように言う。刀を提げる給仕は、この世界でもさすがにいないのだろう。


 着替えるために外して壁に立て掛けておいた極彩丸を手に取り、何かを行うような声を出す。すると極彩丸はその姿をみるみる光の粒子へと変え、体内へ入って行った。


「へぇー、極彩丸ってこんなことも出来るのね」

「こう言う店に入る時とか、着けたままだとまずいですからね」


 この方法は、龍聖が美姫と朱音のお見舞い(第22・23話を参照)を終え、宿の部屋に戻った直後に行った試行錯誤の末に偶然見つけた方法だ。


 俺から離れない? なら体内に入れてしまえば良いじゃない、と半ばやけくそで極彩丸をぎゅうぎゅうと身体へ押し付けた結果、この状態になることを知ったのである。


 体内から極彩丸を出す方法も感覚的に分かるため、出せなくなったりはしない。


「おっと、こんな話をしてる内にもう営業時間が近付いてるわ」

「そうですね、行きましょう。メルフィード、始まるぞ」


 壁にかかった時計を見て営業時間が近いことをザビーネが知らせ、龍聖は準備を終えたであろうメルフィードへと声を掛けた。


「……畏まりました、ご主人様」

「それお客様に言うのは良いけど、間違っても俺には絶対に言うなよ……」


 仕事場へ向かう最中、彼女は相手を致命的に間違えた挨拶をし、それに顔を引き攣らせながら念押しする。


 ただ、その一礼の姿勢は中々良く、接客するには十分であったのが不幸中の幸いだろう。


「ちなみに元々今日シフトだった子も3人来てるから、分からないことがあればその子達に聞いてね」

「分かりました」

「……了解した」


 そう言い残し、ザビーネは自身の持ち場である厨房へと入っていき、龍聖達は客席へと向かっていく。


 客席にはメルフィードと同じ制服を着て、自分達より少し年上であろう女性が3人いた。開店準備をあらかた終え、それぞれ接客のスタンバイをしている。その中の一人は歩み寄ってきた龍聖達に気付き、顔だけを彼らに向ける。


「あ。あなた達が今日店長が言ってた子達?」

「はい。僕は龍聖と言い、隣の女性はメルフィードと言います」


 ザビーネはさすがに店員に伝え忘れるうっかりはしていなかったようだ。龍聖はそれを内心安堵しつつ一礼しながら自己紹介をする。


「リュウセイくんとメルフィードちゃんね。私はケフィよ、今日は1日よろしくね。大変だったでしょ? 店長の無茶振り……」

「あ、あはは……まぁ……」


 苦笑い気味なケフィの言葉から察するに、ザビーネの無茶振りは今に始まったことではないらしい。全くその通りだとはさすがに言えず、わざとらしい笑いで誤魔化す。


 そうこうしている内に、カランコロンと客がやってきた合図を知らせるドアのベルが鳴る。開ききる前に男女問わず、堰を切ったように客がなだれ込んで来た。ただ急ぎ過ぎたようで、入って早々ドミノ倒しのように倒れ込んでいる。


 それに対して従業員達は、何をしているのかと言う内心はおくびにも出さず、女性陣は下腹部で手を重ね、龍聖は右手を胸に添えて一礼し、急造のメンバーとは思えない、一寸違わぬ動きを披露する。


「「「「「いらっしゃいませ」」」」」

「うわー、本当に神緑が執事になってる!」

「山吹の狐も制服姿だぞ!」

「どっちも全然違和感がないのがまた凄い!!」


 今回やって来たのは、龍聖とメルフィードのファン達のようだ。見慣れない姿の2人に、誰1人例外なくハイテンションになっている。


 どうやって聞き付けたのかは、ザビーネが2人の手を終始引っ張っていた時点でお察しである。


 男性客達は女性陣の制服を目に焼き付けんと凝視し、女性客達は龍聖の燕尾服姿を凝視している。


「では、皆様を席にご案内いたします」


 その視線に小揺るぎもせず、混じり気のない営業スマイルで、やって来た客達をそれぞれの席へとエスコートする。


 時折女性客の何人かが龍聖に熱が籠った視線を向けているのだが、当然の如くその視線を向けられている本人は全く気付いていない。


「ご注文が決まりましたら、こちらのベルでお呼び下さい」


 メニュー表と小さなハンドベルをテーブルの隅に置き、優雅な一礼をしてから別の客の接待へと移って行く。


「神緑くん。その服、素晴らしいよ!」

「お褒め頂き光栄です。お嬢様」


 今度は営業スマイルではない、純粋な笑顔が炸裂! こうかはばつぐんだ!


「っ……凄いね、君。色んな意味で」

「? ……申し訳ありません、どういうことでしょう?」

《……ほどほどにしないとお前、本当にあの2人から刺されるぞ》

〈え? 2人って?〉

《……》


 柔らかい微笑みの威力を真正面から受け、頬を染めた女性客の発言に疑問符を浮かべる。リーフも呆れた様子だ。そして相変わらずの鈍感具合である。


 しばらくするとベルの音色が鳴り響き、その音色がした方向へと即座に向かう。ベルの音がしたのは女性客2人が座っているテーブルからだ。


「お待たせしました。お決まりでしょうか?」

「えっとアイスコーヒーとパンケーキを」

「はい、承りました。そちらの方は?」

「じゃあこっちはミルクティーとパウンドケーキで」

「畏まりました。すぐにお持ちいたしますので、少々お待ち下さい」


 龍聖は客の注文をメモに書き留め、厨房にいるザビーネへと知らせに向かうが、その途中に厨房から「根性おおお!!」と叫びに近い声が聞こえて来る。


  おおよそ喫茶店で聞こえる声ではなく、何事かと龍聖は歩くスピードを早める。


 ――厨房内は戦場と呼ぶに相応しい状態だった。隅に置かれたオーブントースターではサンドイッチ用のパンが焼かれており、カウンターの近くにあるサイフォンは、休むことなくコーヒーを抽出している。


 そして声を出した本人であろうザビーネは、なんとフライパンを同時に4つも使用して料理をしていた。その手は龍聖くらいの強者でないと、手がいくつにも見える速さである。


 とはいえ注文を伝えない訳には行かず、龍聖はおずおずとメモを差し出す。


「……あの、注文来ました」

「了解! スピードアーップ!!」


 その言葉通り、ザビーネは更に手のスピードを上げる。もうこの際冒険者になってしまえば良いのではないだろうか。ハイリスクハイリターンではあるが、これだけの身体能力ならば良い線を行くだろう。


 ……と思ったのだが、次第にザビーネの額には玉のような汗が浮かび、作業のスピードも落ちてくる。どうやらやせ我慢をして仕事をしていたらしい。


 普段はこのようなことは起きないのだが、その原因はこの国で知らぬ者はいない程の有名人2人が、今日この喫茶店で働いていることにある。


 その影響で客足が爆発的に増えており、元々ここで働いている従業員達は、普段の倍以上の仕事をすると言う本末転倒な状態になっていたのである。


「くっ……負けてたまるかぁぁッ!!」

「何の勝負ですか!?」


 ザビーネは落ちていたスピードを再び上げるが、数分も持たずに元通りに落ちる。空元気であることは火を見るより明らかだった。


 それを見かねた龍聖は、ある提案をすることを決める。


「……あの、代わりましょうか?」


 その提案とは、ザビーネの助太刀であった。

 しかし忘れないで欲しい。この男の性質を。彼は――他人の技術を昇華し、自分の技術にする者である。


「ほ、本当? ありがとう、お願いするわ!」

「では、ここ代わりますね」


 手を動かすのも限界であったザビーネは提案を受け入れ、彼の言うとおりに交代した。


 龍聖は手袋を外し、指をパキパキと鳴らすと執事服の袖を捲り、キッチンの蛇口と石鹸で手を丹念に洗う。


「さーて、始めますか!」


 そう言ってからの行動は実に速かった。


 パンケーキに乗せる大量のフルーツは、1秒も経たぬ内に華やかな飾り切りにされ、それを乗せるパンケーキは焦げ一つない綺麗な焼き具合で完成。生クリームなども文句のつけようがない出来栄えでトッピングされた。


 コーヒーは適温である60~70℃で淹れられ、ブルーマウンテン、モカ、キリマンジャロと言ったそれぞれの豆特有の豊潤な香りを漂わせる。紅茶は温めたカップの中に最後の一滴(ゴールデンドロップ)まで落としきり、渋みと香りを最大限引き出した。


 その他の料理すら息つく暇もなく完成し、数分も経過するとキッチンはところ狭しと並べられた、色とりどりの料理や飲み物で埋め尽くされていた。


「ふぅ……こんなところでしょうか」

「えぇぇ……これ、明らかに私の腕を越えてるんだけど……」

「では、僕はこれらを届けて来ますね」

「あ、うん……」


 ザビーネの複雑な心境もどこ吹く風で手袋を着け直すと、料理を2つのトレイに移して絶妙なバランス感覚で運び始める。


 その姿は彼以外の誰かであったならばハラハラ物でしかなかったが、誰も彼を心配しているような雰囲気はなく、何かの曲芸を見ているようだった。


「ご注文の品をお届けに参りました」


 客席の中心に立つと【グラビティフィールド】の効果の応用で、トレイの上の料理や飲み物が宙に浮かぶ。それらはゆっくりと放射状に飛んで行き、客達へ間違うことなく届けられた。


 全ての注文を正確に記憶、そして魔力の綿密な操作技術があるからこそ成せる技である。その品々がテーブルに置かれた瞬間、客達は思わず盛大な拍手をしていた。


「では皆様、ごゆるりとおくつろぎ下さい」


 重ねたトレイを片手に一礼すると、綺麗な回れ右をしながら厨房へと戻っていく。その後ろ姿は見る者を魅了する雰囲気を纏っており、彼が厨房の中へ消えていった後でも、男女関係なく敬意を抱く程であった。




   ◇




 そして、この後も似たようなやり取りが何度か続き、気が付くとラストオーダーも過ぎて営業終了時間になっていた。


「ん~……。よし、今日の営業は終わりね」

「お疲れさまでした」


 ケフィは身体の凝りを解すように背伸びをし、いつも通りのジャケット姿に着替えた龍聖は、ケフィに客への一礼ではなく普通のお辞儀をする。


「お疲れ。リュウセイ君も凄い働きだったわよ」

「いえいえ、やはり元々ここで働いていた皆さんには敵いませんよ」

「そんなことはないと思うよ……」


 ケフィは龍聖をねぎらい、龍聖は謙遜しているが、精根尽き果てた様子のザビーネがそれを否定した。


「あ、ザビーネさん。お疲れさまです」

「お疲れさま……リュウセイくん、本当に予想の上を行くね……」

「……あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ……うふ、うふふふふ……」


 だめだ、今はザビーネに話し掛けない方が良い。龍聖はそう直感した。何故ならザビーネの周囲には劣等感からどす黒い暗雲が生まれ、目からは生気が失われている。これでは自分が励まそうとしても、逆効果にしかならないだろう。


「え、えっと……お疲れさまでした。じゃあ僕達はこれで!」

「……ちょ、主?」


 これ以上ここに自分達がいるのはまずいと感じメルフィードの手を取ると、カフェから逃げるように去って行った。後にケフィ達従業員は語る。あれは逃げではなく、英断であったと。


 その後は従業員達が日付が変わるまでザビーネを必死に励ましたのだが――緑色の服を見ると、トラウマを想起させてしまうのは避けられなかった。




   ◇




 一方街中の龍聖とメルフィードは、月明かりのみが地面を照らす中、宿屋へ全速力(ただし走っているのは龍聖のみ)で駆けていた。


「……主、主」

『リュウセイ、おいリュウセイ』

「何だメルフィード、リーフ?」


 走りを止めない龍聖に、メルフィードとリーフは一つ指摘しなければならないことがあった。


「『バイト代、もらい忘れてる(ぞ)」』

「……あ、ごめん。ザビーネさんの目がかなり死にかけていたから、つい……」


 珍しく慌てていたからか、人によっては重要なプロセスをすっ飛ばしてカフェから出てしまっていたのだ。


 ハッとなった龍聖は急ブレーキを掛け、数メートル程スリップしてから止まり、引っ張っていたメルフィードを受け止める。


『まぁ、あの姿を見れば無理もないかもしれんな……』

「何なら今からでもカフェに戻るか?」

「……別に良い。元々バイト代が目的じゃなかったし。それで、主は、この国を出るための作戦、思いついた?」

「それか? ああ、一応はな――っ!」

『む……っ!』




 ――そんなこと、あたしがさせないわ。


 一足先に龍聖とリーフは気が付いたが、声がどこからか響いたかと思うと、彼らの目の前には黒装束を纏った何かが上空から降り立つ。その人物は――かつて太陽達を命の危機から救い出した、仮面の人物に似ていた。


 口調と声の高さから察するに女性なのだろう。しかし太陽達から聞いた身長よりかなり低いので、助けた本人ではないようだ。


 そして、龍聖とメルフィードにと言うよりは、龍聖のみに殺気を向け、短剣のような物を右手に構えている。


「……君は誰だ?」

「答えるつもりはないわ。神緑、貴方にはこれから死んでもらう」









 ――クハハ……もう少しだ。

 ……平和って何なんでしょう(哲学的な悩み)。

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