第二章 消えた「あきな」と爬虫類嫌いの青年
本作『レイナ』を開いていただき、ありがとうございます。
この物語は、少し不思議で騒がしいアパートでの同居コメディから始まり、やがて悲壮なモンスターバトルへと一気に加速していく、ノンストップのSF純愛アクションです。
もともとは特撮・アクションの最前線で活躍するクリエイターたちが集結して制作した短編映画であり,映画ならではの「一切ダレないスピード感」はそのままに、テキストだからこそ描ける登場人物たちの細やかな心情や、隠された伏線を丁寧に織り込んでいます。
最後まで一気に駆け抜ける物語です。どうぞ、少しの間、良太とミー(レイナ)の奇妙な日常と死闘にお付き合いください。
夏の刺すような日差しの中、ピンクのポロシャツに丸眼鏡をかけた青年——良太が、肩から提げたカバンを揺らしながら古びたアパートの前に帰ってきた。
外階段に足をかけようとしたその時、白衣のような作業着を着た少し恰幅の良い男が、大きな虫網を片手に血相を変えて立ち塞がった。同じアパートの住人、宅こぶ平である。
「あきなの姿が見えないんです。……私のあきなの姿が!」
「蛇なんて知りませんよ」
良太は足をとめ、面倒くさそうに即答した。しかし、宅は真顔で首を振る。
「蛇は、郁恵ですよ。あきなはトカゲです」
「どっちでもいいんですけど……ダメなんじゃないですか? ここで動物、飼っちゃ」
「構いませんよ。おとなしーい子なんですから」
「そういう問題じゃないと思うんですけど」
アパートの規約を口にする良太に対し、男は突然、顔を真っ赤にして詰め寄った。
「そういう問題じゃないってどういうことですか!? 私のあきな、私のあきなは……!」
「わかりました。わかりました、見つけたら教えますから」
良太はこれ以上関わるのは危険だと判断し、両手を上げて降参した。男はすがりつくような目で念を押す。
「お願いしますよ。本当ですよ。あきなは私の命なんですから」
「わかりました」
良太は足早に階段を上り、逃げるように自室へと入り込んだ。
ドアの外からは、宅が虫網を握りしめたまま「あきなちゃん! あきなちゃん!」と必死に呼びかけている声が聞こえてくる。
良太はふと思い出し、郵便受けの新聞を取るために再びドアを少しだけ開けた。
すると、目の前に立っていた宅が良太とバッチリ目を合わせ、パッと顔を輝かせた。
「あ、見つかりました。あきなちゃん!」
良太は一切の表情を変えず、無言のままピシャリとドアを閉めた。
ドアの向こうからは、「どこいったんだろう、あきな……」と途方に暮れる宅の奇妙な声が響いていた。
押入れに潜む影
「全くもう、あの人はいつも……」
部屋に戻った良太は、室内に干しっぱなしになっていた洗濯物を取り込みながら、うんざりとした声で独りごちた。
「自分の飼ってる動物を逃がしちゃうんだもんな。その度に、俺に言ってくるんだもんな。おれ、ダメなんだから、爬虫類の類いは……」
洗濯物を畳み終え、ふと部屋の奥に目をやると、少し開いたままになっていた押入れの上段に何かの気配を感じた。積まれた布団の隙間が、不自然に盛り上がってゆれている。
「こんなところに、潜り込んでたのか……」
良太はため息をつき、押し入れに向かって優しく声をかけた。
「あきなちゃん。あ、き、なちゃん。出ておいで。こわがらなくていいんだよ」
良太は手を伸ばし、布団の端をそっとめくった。
次の瞬間、暗がりの中から黒い毛皮に覆われた「手」がぬっと伸び、良太の手首をガシッと掴んだ。
「うわああああっ!」
驚く間もなく、良太はそのまま布団の方へと引きずり込まれた。引き摺り込まれまいと力任せに引っ張り返した良太の前に、布団ごと飛び出してきたのは、緑色の鱗を持ったトカゲなどではなかった。
目の前にいるのは、頭にピンと立つ本物の黒い猫耳と赤い首輪とペンダントをかけた、両手が黒い毛に覆われた獣の腕になっている見知らぬ女だった。猫が人間に変身したかのような奇妙な姿の女は、良太の胸の上にまたがり、無邪気な笑顔で覆い被さってくる。
「パ、パ……」
そう言うと、抵抗する間もなく、ザラリとした舌で良太の顔をペロペロと強引に舐め回してきた。
「ちょっと何なんだ、おまえ!?」
良太はパニックになり、必死に女を押しのけようとベッドの上でもがく。女は獣のようにしなやかな動きで良太に絡みつき、部屋の中はめちゃくちゃな揉み合いになった。
噛み合わない闖入者
「いました? あきな、いました?」
突然、激しくドアを叩く音とともに、外から宅の興奮した声が響いた。部屋の物音を聞きつけ、良太がトカゲを捕まえているのだと勘違いしたらしい。
「いや違います、トカゲじゃないです!」
良太は女を必死に押しのけながら、ドアの向こうに向かって叫んだ。
すると、立派な緑色のイグアナが台所の陰からヌーと姿を現した。
「じゃなくて、トカゲです!」
良太が慌てて叫び直すと、ドアの外で宅が大声で叫んだ。
「あきなー、こんなところにいたの?」
良太はハッとして、急いで女の上にバサリと押し入れから落ちてきた布団を被せて隠した。慌てて玄関へ向かい、鍵を開ける。
「はい、はい」
ドン。
ドアが勢いよく開き、虫網を持った宅が目を輝かせて転がり込んできた。
「あきなー、あきな、あきな。あきな!」
息を切らして宅が叫ぶ。しかし、宅の視線は良太を完全にスルーし、部屋の隅にいるイグアナへと釘付けになっていた。
宅はイグアナをつかまえると、持参したピンク色のケージに押し込みながら、愛おしそうに撫で回す。
「あきなー。さあ帰りましょう。こんな、ばっちいとこにいたら、病気になっちゃいますよ」
良太の方を見て、宅が息も絶え絶えに礼を言う。
「ありがとうございました……」
帰ろうとした宅が、ふと視線をやった先で、女に被せたはずの布団がモゾモゾと不自然に動いているのに気がついた。
「なんかいます?」
「いえ、何でもないです」
「でも動きましたよ」
「何でもないです……あ!」
良太が止めるより早く、宅が素早く布団をめくった。
「ああ……ダメですよ、ダメですったら!」
良太が慌てて叫ぶが、そこにいたのは猫耳の女ではなく、正真正銘、小さな銀色のペンダントを首から下げた本物の『黒猫』だった。
宅よりも驚いたのは良太だった。
宅は親の仇でも見たかのような顔でまくし立てた。
「猫、猫なんか飼ってるんですか? やめなさい!」
宅の言葉と黒猫の姿に、良太は思わず呆気にとられる。
「猫はね、臭いし、鳴くし。飼うんだったら、爬虫類が一番! なんだったら、いい店、紹介しましょうか?」
慌てて否定する良太。
「いや、いいんですよ。僕は、猫が好きなんですから」
それでもしつこく食い下がる宅。
「いやでもね、爬虫類が一番……」
「もう構わないでください!」
良太は宅の背中を押し、強引に玄関の外へと締め出した。
「このトカゲを持ってさっさと帰ってください!」
「そんなこと言われてもね」
「よかったですね、トカゲ見つかって。それじゃあ!」
ピシャリとドアを閉め、良太は大きく息を吐き出した。
静寂が戻った部屋。
ドアにもたれかかった良太の目の前で、いつの間にか元の姿に戻っていた猫耳の女が不思議そうに小首を傾げていた。彼女は純粋な瞳で良太を見つめ、無邪気にポツリと呟いた。
「パパ」
良太の鼓膜を破るような悲鳴が、アパート中に轟いた。
「うわああああああああっ!!」
一方、閉め出されたアパートの外階段。
ドアの向こうから聞こえてきた良太の絶叫に、宅は肩をすくめ、呆れたように首を振った。
「変なやつ」
そして宅は、大事そうに抱えたピンクのケージに向かって優しく語りかける。
「危ないですよ、あきな」
宅は自分のことを棚に上げ、何事もなかったかのように足取りも軽く、自分の部屋へ帰っていくのだった。
【実写映像版『レイナ』配信のお知らせと裏話】
最後までお付き合いいただいた読者の皆様に、本作の原点である「実写映像版」についてのお知らせです。
実は本作のもとになった短編映画『レイナ』は、特撮・アクション界の伝説的なトップランナーたちが集結して作り上げた作品です。 ハリウッド版『パワーレンジャー』のアクション監督を歴任した横山誠氏や、スタントダブルとして大活躍した梛野素子氏(なんと本作のヒロイン・ミー役であり、エンディング曲も歌唱!)。 さらには『ゴジラ』や『ガメラ』で数々のメイン怪獣の「中の人」を務めた吉田瑞穂氏や大橋明氏など、特撮ファンなら驚愕するような豪華キャスト・スタッフが本気で作り上げた映像となっています。
おかげさまでアメリカ市場での展開も決定し、今後の広がりにもワクワクしています。 現在、映像版の『レイナ』は以下の配信サイトでご覧いただけます。小説で描かれたあのアクションシーンや、最後のアパートのオチ(郁恵)が映像でどう表現されているか、ぜひご自身の目で確かめてみてください!
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改めまして、最後までお読みいただいた皆様、本当にありがとうございました!




