第2話 最弱職はお断り
エセ神のパチンという指の音が、白い空間に響いた。
直後、凄まじい浮遊感と共に視界が激しく暗転する。約50名いた高校生たちは、それぞれ世界の各地方へとバラバラに強制転移させられたのだった。
次に俺――鷲下 遼が目を覚ました時、鼻腔をくすぐったのは、むせるような花の甘い香りだった。
「うわぁ……すごっ……!」
隣にいた女子生徒が、感嘆の声を上げる。
そこは、俺を含めた5名の高校生が放り出された場所――花の都『ブルーム』。
その名の通り、石畳の街路のあちこちに色鮮やかな魔導花が咲き乱れ、白いレンガ造りの建物が美しく並ぶ、絵本から飛び出してきたような活気あふれる都だった。
「お前ら、王都の予言にあった『異界の勇者候補』たちだな! よくぞ来てくれた!」
出迎えた町民たちは、拍手喝采で俺たちを歓迎した。予言とやらで、俺たちの来訪はあらかじめ伝達されていたらしい。
華やかな紙吹雪、向けられる純粋な期待の目。高校生5人は、まるで英雄にでもなったかのような錯覚を覚えながら、歓迎の波に押されるようにして冒険者ギルドへと赴いた。
だが、その熱狂は、ギルドの魔導水晶による「冒険者カード」のステータス測定によって、一瞬で冷え切ることになる。
「測定完了だ。ええと……」
受付嬢が、羊皮紙に次々と結果を書き写していく。
「織田くん、職業『サッカー部(神速のストライカー)』! 素晴らしい、前衛の超エリートだわ!」
「木村くんは『バスケ部(空間の支配者)』! 頼もしい前衛ね!」
「女子の二人は『ダンス部(神サポーター)』と『合唱部(広域ヒーラー)』! なんて完璧なバランスなのかしら!」
ギルド内がわっと湧く。前衛の物理アタッカー2人に、後衛のバフ・回復役が2人。エセ神の説明通りなら、世界でも指折りの、非の打ち所がない最強クラスの初期編成だった。
そして、受付嬢の視線が、最後に残った俺のカードへと落ちる。
ピキリ、と受付嬢の笑顔が凍りついた。
「……鷲下、遼。職業……『バドミントン部(最弱職・Gランク)』……ええと、お遊び、部活……?」
その瞬間、ギルドを包んでいた熱気が、潮が引くように消え去った。
周囲の冒険者たちの目が、あからさまな「落胆」と「侮蔑」に変わる。
「おい、早速パーティー組もうぜ!」
最初に声を上げたのは、サッカー部の織田だった。
「俺と木村が前衛でゴリゴリ削って、二人が後ろから歌とダンスでサポート。完璧じゃん! この4人なら、最初からBランクのダンジョンだって行けるって!」
「賛成!」「よろしくね!」
4人はお互いに顔を見合わせ、ガシッと握手を交わす。
――その輪の中に、俺の席は1ミリも用意されていなかった。
彼らからすれば、これは当然の選択だ。エセ神から「部活の格付け」を嫌というほど見せつけられた後なのだから。危険な異世界を生き抜くために、足を引っ張る「最弱職」をわざわざ混ぜるリスクを冒す奴はいない。4人だけで完全に安定したチームが完結している以上、俺がいる方が邪魔なのだ。
「あ……じゃあ、俺、行くわ」
なんとなくその場の空気を察した俺は、引きつった笑みを浮かべ、4人に背を向けてギルドの重い扉を押した。背後から「あ、おい……」と気まずそうな声が聞こえた気がしたが、振り返る勇気はなかった。
ギルドを出て、再びブルームの街へと足を踏み出す。
しかし、さっきまでの歓迎のムードはどこにもなかった。
「おい、あいつだろ……?」
「予言の勇者の中に、一人だけ混じってたっていう『お遊び部活』の……」
「ちっ、期待させやがって。ただの一般人以下じゃねえか。税金の無駄だよ」
すれ違う村人たち、果物を売る露店の店主、道ゆく騎士。
彼らの視線は、冷え切ったナイフのように俺の背中に突き刺さる。華やかに咲き誇る花の都の美しさが、今の俺の疎外感をこれでもかと残酷に際立たせていた。
世界のすべてから「お前はいらない」と突き放されたような、圧倒的な孤独。
唇を噛み締め、下を向いて歩いていたその時、俺の視界の隅に、妙な光の文字がポップアップした。
【鷲下遼 限定:初回トレーニングメニューを開放します】
(……あ? これ、あのエセ神の仕込みか?)
恐る恐るその文字をタップすると、目の前に淡いブルーの画面が広がった。
【最弱職専用・地獄の基礎訓練】
ステップ1:素振り(フォーム確認) 1,000回
ステップ2:チャイナステップ(フットワーク) 100分×3セット
※注意:他の転移者への表示・共有は不可。ソロ限定。
「最弱職の君だけに用意した特別なデイリーミッションだよ!クリアしたら膨大な経験値といいものがもらえるかも?by 親愛なる最高神」
「一人でやることもないし、やるしかないよなぁ」
情けなさと、どこか懐かしい部活の匂いに、ふっと鼻で笑う。
でも、今の俺にはこれしかない。パーティーはお断り、街の人々からは冷たい視線。だったら、やるしかない。
俺は背中のラケットバッグを強く握り締め、誰の目にもつかない、街外れの鬱蒼とした森の広場へと歩き始めた。




