第1話 最弱職のバドミントン部
俺、鷲下 遼は、どこにでもいる普通の高校に通う高校一年生だ。
「今日も練習頑張るぞー……」
部活の開始直後こそ、そんな風に自分を鼓舞してみるものの、現実はそう甘くない。一応中学からバドミントンを始めている俺だが、とにかく上達が遅い。今日も今日とて、同級生のレギュラー陣にスマッシュでボコボコにされ、大会成績も微妙なまま。
結局、なんとも言えない暗い気持ちを抱えたまま、今日の居残りメニューを終えた。
疲れ切った体でママチャリを漕ぐ、夜の帰り道。
パッと視界が遮られる。
「赤かよ、だりいな……」
チカチカと明滅する信号機を見上げ、小さくため息をついてそっと目を閉じた。
サドルにドカッと体重を預け、青に変わるまでの数十秒、泥のように重い瞼を休める――その、はずだった。
「……あれ?」
いくら待っても、通り過ぎる車のエンジン音も、夜風の冷たさも、アスファルトの匂いすらしてこない。
違和感に襲われてパチリと目を開けると、そこにあったのは見慣れた交差点ではなかった。
「なんだこれ……っ!?」
上下左右、地平線の彼方まで、境界線が一切存在しない「ひたすら続く白い空間」。
影すら落ちないその異常な白さにクラクラしながら周りを見渡すと、そこには俺と同じように困惑し、キョロキョロと辺りを見回している高校生が50人ほど集まっていた。
奇妙なのは、その全員が「部活帰り」の格好のままだということだ。
エナメルバッグを肩にかけ、手には金属バット、サッカーボール、あるいはバッシュ(バスケットシューズ)を握りしめたままの男女が、あちこちで「え、ここどこ!?」「拉致か!?」と騒ぎ立てている。
その瞬間。
どこからともなく、頭の上からスピーカーを通したような、妙にエコーの効いた声が響き渡った。
「ハーイ、迷える子羊ちゃんたち! 静粛に、静粛にー!」
白い空間の奥から、まばゆい後光を背負ってフワフワと浮きながら現れたのは――やたらと顔の整った、しかし絶望的に胡散臭い男だった。
自称・神。シルクハットにタキシードという、どこの手品師だよと言いたくなるような格好で、パチンと指を鳴らす。
「私が君たちをこの素晴らしい異世界に招いた、全知全能の神でーす! パチパチパチ!」
自分で拍手をしながら、エセ神は長々と世界の歴史を語り始めた。
曰く、この世界は魔王の脅威に晒されているだの、君たちの持つ『現世での部活動の経験』がそのまま最強の異能として覚醒するシステムだの……。身振り手振りが無駄に大きく、話が長い。ぶっちゃけ、校長先生の朝礼のほうがまだ中身があるレベルの、薄っぺらいエセ神トークが延々と続く。
(なげぇよ……早く帰らせてくれよ。信号青になってるだろ、現実世界じゃ……)
俺が心の中でそう毒づいていると、エセ神はフッと邪悪な(自称・慈愛に満ちた)笑みを浮かべた。
「さあ! 待ちに待った君たちの『格付け』の時間だ! これがこの世界における、職業(部活動)のティア表だよ。カモン、マエストロ!」
エセ神が再び指を鳴らすと、白い空間全体の壁(というか空間そのもの)に、巨大なホログラムの表がドカンと表示された。競馬の出馬表か、格闘ゲームの強キャラランキングみたいな文字が並んでいる。
【異世界・部活動職業ティア表】
■ アタッカーティア(前衛・攻撃職)
ティア1(超エリート): サッカー、バスケ、野球
ティア2(優秀): 剣道、弓道、柔道
ティア3(並): 陸上、テニス、体操
ティア4(最弱職): 卓球、帰宅、バドミントン
■ 支援ティア(後衛・補助職)
ティア1(神サポーター): ダンス、軽音、吹奏
ティア2(優秀): 合唱、演劇、写真
ティア3(並以下): 図書、文芸、美術、書道
「うおお! 俺サッカー部! ティア1キターーー!」
「野球部大勝利! 圧倒的最強職じゃん!」
周囲の花形運動部たちが、まるで宝くじに当たったかのように歓声を上げ、ハイタッチを交わし始める。
その一方で、俺は提示された画面の『アタッカーティア:ティア4(最弱職)』の欄を、穴が開くほど見つめていた。
卓球、帰宅、バドミントン。
「おい、ちょっと待て……」
卓球部はまだ分かる(失礼)。100歩譲って、部活すらしていない『帰宅部』と同じ扱いにされているのはどういうことだ。
バドミントンって、あの、球技の中で最高初速を誇る、コートを狂ったように走り回る、あの酸欠必至の鬼畜スポーツだぞ……!?
異世界の基準、あまりにもガバガバすぎないか?
「つまり……俺は、この期に及んで『最弱』ってこと……!?」
部活で上手くいかなくて暗い気持ちだったのに、異世界に拉致られた挙句、公式から「お前は最弱のゴミ職です」と格付けされる理不尽。
俺の、そして「バド部」の、あまりにもあんまりな異世界生活の幕が、こうして強制的に切って落とされたのだった。




