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第4話 デートと、無自覚な辱め

婚約者に、デートに誘われた。


 たったそれだけのことなのに、心臓が跳ねる。


 恋愛小説ではよくある場面。でも、わたしにとっては、それが“初めて”だった。


 毎月決まった日に、どちらかの屋敷でお茶をする。それだけが、これまでのダリオ様との交流のすべて。


 だからこそ「出かけよう」と言われた瞬間、言葉の意味がすぐには理解できなかったのだ。


(デートって……なにをするのかしら)


 本の中でなら、見たことがある。街へ出て、肩を並べて買い物をしたり――


(……殿方と買い物って、本当に楽しいのかしら)


 あるいは、オペラや劇場に行くのも定番の描写だ。


(でも、ダリオ様が演目に合わせて笑ったり泣いたりする姿……想像がつかないわ)


 もしかして、湖畔で景色を眺めながら、ふたりで見つめ合って……そっと口づけを交わす、なんて――


「お嬢様、お気を付けください。ダリオ様が“獣の本能を解き放った狼”になるかもしれませんよ」


「ひゃっ!?」


 いつの間にか、背後からぬっとアンナが現れていた。


 ベッドの上で妄想に浸っていたわたしは、体勢を崩して勢いよく腰を浮かせてしまう。


「ば、ばかなこと言わないで。そんなわけ……」


 口では否定しながらも、脳裏には読んだばかりの獣人小説のワンシーンが勝手に浮かび上がってくる。


(ち、違います! そんな展開には……っ!)


 脳内で物語が勝手に進行していくのを必死に振り払う。けれど、顔の熱は一向に収まってくれない。


 アンナはそんな主の様子を、実に楽しそうに見つめている。


「……まさか、“湖畔の契り”を現実にしたいなんて思っていませんよね?」


「アンナっ!」


 声を荒らげたわたしに、アンナは肩をすくめ、くすくすと笑いながら部屋を出ていった。


 部屋に再び静寂が戻る。


 ひとつ息を吐いて、ようやく落ち着きを取り戻した――つもりだった。


 だが、枕元に置かれた“楽しみにしていた新作小説”を手に取った瞬間、脳裏に浮かんだのは、なぜかダリオ様の顔で。


(……読めるわけないじゃない……)







 ――デート当日。


 約束の時刻ぴったりに屋敷に現れたダリオ様は、いつもの騎士団制服ではなく、黒を基調とした落ち着いた平服に身を包んでいた。


 軍服ほどの威圧感はない。それでもその姿には、隠しきれない凛々しさと品があった。


「お迎えにあがりました、サフィーナ嬢」


 変わらずの無表情と、落ち着いた声音。


 だけど――少しだけ、耳が赤い気がする。


 それに気づいた途端、胸の奥がくすぐったくなった。


 行き先を尋ねても「行けばわかる」としか返ってこない。ダリオ様はわたしの数歩前を、無言で歩いていく。


 その姿はまるで従者か護衛のようで――ある意味、この方らしいとも言えた。


 だが、ふとした拍子に距離があいた瞬間、彼はすぐに気づいたように振り返り、「すまない」と一言だけ添えて、慌てるようにわたしの手を取った。


(まるで護衛のようね……でも、わたしを見失った瞬間、こんなふうに手を取ってくださるなんて……)


 無言のまま並んで歩く時間が、やけに長く感じる。


 まわりは木々に囲まれ、風すら囁くような静けさ。あまりに音がないせいで、繋いだ手から自分の鼓動が伝わってしまいそうで――


 それが恥ずかしくて、でもどこか心地よくて、わたしはそっと視線を足元に落とした。


 やがて辿り着いたのは、城下町から少し外れた小高い丘の上にある、整備された庭園だった。


 人の気配は少なく、木洩れ日が優しく芝に降り注いでいる。


「ここはいつも静かで、人が少ないんだ。君はこういう場所が好きなんじゃないかと思って」


 そう言ったダリオ様は、言い終えたあと、ほんの一瞬だけ視線を外して、ぽりぽりと頭をかいた。


 落ち着き払った普段の彼らしくない、どこか居心地の悪そうな仕草。


 不安と気恥ずかしさが入り混じったその動きに、わたしは思わず、胸の奥が温かくなるのを感じた。


(……かわいい)


 静かな庭園で昼食をとったあと、ふたりでしばらく並んで歩いた。


 柔らかな風が草木を揺らし、静寂のなかに鳥のさえずりだけが響いている。


 この頃には、わたしの緊張もすっかりほぐれていた。言葉は少ないけれど、隣にいるダリオ様の存在が、以前よりもずっと近くに感じられた。


「もう一ヶ所、連れて行きたい場所がある」


 食後、ダリオ様がそう口にしたときも、不思議と身構えることはなかった。


 ――それが、まさか“あの場所”だとは、思ってもみなかったのだ。


 たどり着いたのは、城下の片隅にある、こぢんまりとした書店。


 いつもアンナが、わたしの代わりにこっそり足を運んでくれていた、平民向けの本屋だった。


「君の興味があるものと言ったら、これだと思ってな」


 ダリオ様は少しだけ照れくさそうに目を伏せていた。けれどその声音には、どこか誇らしげな響きが混ざっている。


 その姿に、わたしは一抹の不安を覚えた。


(ま、まさか……そんなはず……そんなわけ……)


「もちろん、ここは俺に出させてくれ」


 得意げに言い放つその表情を見た瞬間、わたしの嫌な確信は固まった。


(やっぱり、そういう展開なのね!?)


 本棚の前に立つなり、わたしは頭を抱えたくなった。


 目の前に並ぶのは、獣人やら伯爵やらが“爪を立てたり耳を甘噛みしたりする”恋愛小説の数々。


 しかもダリオ様ときたら、大真面目な顔で隣に立ち、「どの本がいい」と尋ねてくる始末。


 わたしの顔は、みるみる赤くなっていった。


 この方の無自覚な“辱め”は、今日も相変わらず、鋭くわたしの羞恥心を突き刺してくるのだった。



読んでくれてありがとうございます。

次回最終回です!

ーー

短編の「不運の加護持ちの私に、勇者になったわんこ系幼馴染が今日も会いに来る」も更新してますのでこちらもよろしくお願いします^^

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