9
「あははははっ」
笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭うアルドに、ナナリーは頬を膨らませた。
「ごめんね、けど、入ってきての第一声があまりにも衝撃的で」
「だって……勝手に出ちゃったんです」
「ふぅん、そっかぁ」
長椅子に座るナナリーの頭をくしゃくしゃと撫でながら、アルドが横に腰掛ける。
その顔はどこまでも嬉しそうだ。
「せっかく髪の毛セットして貰ったのに……」
「ごめんね、あんまりにも可愛くて……ドレスも、似合ってる」
「―――っ」
不意にそんな事を言うものだから、ナナリーの心臓は早鐘の様になってしまった。
「私は?」
「え」
「私は似合ってる?君の色」
「え、あ!わ、私の……勘違いじゃなく?」
「似合う?」
「……凄く、はい、似合ってます」
「嬉しい」
「先生、あの、私、何が何だか……」
「そうだね、混乱している君に一個ずつ教えてあげようね」
ナナリーの頭を撫で続けながら、アルドは優しく話を続ける。
「まずね、そのドレスは私からだよ。絶対に着て欲しかったから君の実家から、という事にしてもらった」
「へ」
「君が私の大事な人って皆に分かる様にね」
「ん?」
「次に君の言う【ヒロイン】何だけど――それは多分君の事だ」
「はい!?」
その時受けた衝撃を、ナナリーは生涯忘れないだろう。
「君、言ってたじゃない?攻略対象とは差し入れなんかをして仲良くなるって……君が作るお菓子ね、微量だけど魅了魔法が作用してたんだよ。ああ、私にはそういう類のものは効かないけどね」
「み、魅了……!?」
「そう、だからまじないと称して君の魅了魔法は封じさせて貰ったよ」
「あ、あの時……」
アルドが彼女の手首にまじないをかけた日の事をナナリーは思い出す。
「じゃあ、先生はあの時から?」
「うん、そうなんだろうなって」
「な、なんで、教えて……」
「そしたら君、性格的に学園辞めちゃいそうじゃない?それは私が面白くなかった」
「……」
否定はできなかった。
あの時知っていたらナナリーはさっさと実家に引きこもっていただろう。
「後ね」
「ま、まだ何か――っ」
アルドが結っていた髪を解く。
サラサラと流れ落ちたそれは、彼の鎖骨下辺りまで伸びていた。
「――――え」
刻が止まったアルドの身体は何の変化も受け入れない、はずだった。
「な、んで―――」
ナナリーが震える手を、髪へと伸ばす。
何の抵抗もなくアルドはそれを許容する。
「髪、が……」
「魔法の解き方はね、私が心の奥底から誰かを愛し、求める事」
髪に触れていたナナリーの手を、アルドは優しく握って自身の胸元へと導いた。
「誰が、解いてくれたんだと思う?」
どくどくと、ナナリーのものと同じくらい早い鼓動が手のひらを通して伝わってきた。
「……っ」
ナナリーは込み上げてくる涙に声を出せなかった。
「君だよ、ナナリー!」
嗚咽で震えるナナリーを、力強い腕が抱き締める。
耳元のすぐ側で、アルドの生きている音がする。
「アルド先生……っ」
「大好き、大好きだよナナリー。どうか、私の人生を一緒に生きて欲しい」
「……っ」
「君の人生を一緒に生きたいんだ」
「―――っはい、はい!私も一緒に生きて欲しいですっ……おじいちゃんおばあちゃんになっても、ずっと、ずっと!」
ナナリーを抱きしめる腕の力はさらに強くなる。
その強さが、堪らなく嬉しかった。
「……ところで、いつから解けていたんですか?」
「えっとね、ほら。雪の日……君が死んだ日の事を話してくれたでしょ。……あの時はごめんね。手に痣を作ってしまって――でも何だか、強く握っていないと君が消えてしまいそうで」
「もう、気にしないでください。―――あれって結構前じゃ無いですか?」
「うん。それまでも君の事は気に入っていたけど、やっぱりどうしても庇護すべき生徒だって前提が消えなくてね」
「……はい」
「でもあの日、笑う君を見て……君はもう精神はすっかり大人で……私は明確に欲情したんだ」
「よ……!よく……!?」
アルドのはっきりとした物言いにナナリーは言葉を紡げなくなった。
先程までの感動が遠くへと走り去っていく。
溢れていた涙も引っ込んでいった。
「それでも、卒業する迄は待とうと思って。でもその間に誰かに掻っ攫われたら堪らないから、手は打たせて貰ったんだけど」
「……あの、就職の話は……」
「うん、いい話でしょ?私に永久就職。これでも稼いでるから苦労はさせないよ?」
両思いになれて嬉しいはずなのに、ナナリーの背には冷や汗が伝う。
額と額が触れ合い、ナナリーの目の前には、ドレスと同じ赤色が爛々と輝いていた。
今のアルドには、あれだけ彼が保っていた穏やかさは何処にも無い。
「大好き、ナナリー。もう私以外に大好きと言っては駄目だよ」
輝きには燃える様な恋情や、甘やかな嫉妬が混ざっていて、ナナリーは触れる唇と共に、それらも全て受け取ったのだ。




