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「寒くなりましたね」
「だねぇ。はい、ホットチョコレートだよ」
「わーい、ありがとうございます」
ナナリー17歳、高等部2年の冬。
あれから何事もなく、平和に時は経ちナナリーはもうすぐ最終学年にあがろうとしている。
隣国との諍いは落ち着き、皇子が留学してくることも無かった。
「最近、ダリス様の押せ押せ攻撃が凄くて……あれでなぜルルーラ様は気づかないんでしょう?」
「そうだねぇ、ああ見えて彼女は自分に自信がなさそうだからね」
最早、学園長室に行く必要もないのかもしれないが、ナナリーはアルドが止めないのを良いことに相変わらず週に三回のペースで訪れていた。
ナナリーが差し入れたシュークリームをアルドは美味しそうに頬張る。
そんな光景がたまらなく嬉しかった。
ナナリーはアルドが好きだ。
その気持ちはこの一年で更に高まり、少しでも近くに居たくて、学園長室を訪れている。
窓の外には白い、雪がはらはらと降り始めていた。
「君、帰り大丈夫?ここから寮まで近いと言っても雪も積もってるでしょう?」
「大丈夫です!私雪の中を歩くの好きなんです」
「そうなの?」
「はい!―――私、あ!前世の私、雪の日に死んだんですけど」
途端にごほごほと咽せる音が聞こえて、慌ててアルドの背中を摩る。
「……っご、ごめん。続けて?」
「え?大丈夫ですか?……え、と。私その、この世界でいう馬車みたいなものに轢かれちゃったんですけど」
アルドの背を撫でながら、ナナリーは記憶を辿る。
彼女の視線は窓の外の雪を見つめたままだ。
「もう、ダメだなって。寒くて寒くて、全身の血がなくなっていく気がして。そんな時、頬に雪が当たったんです。……冷たいはずなのに、なぜかそれが凄く暖かく感じて。雪が私から、寒さや痛みを取り除いてくれた気がして……思い残したことも沢山あったんですけど、何でしょう……私」
アルドが、ナナリーの手首を掴む。
それは無意識だったが、強く、強く掴んでいた。
「私、確かにその瞬間、幸せだったんです」
ふ、と零れ落ちるような笑みだった。
常の、天真爛漫なナナリーからは想像もできないほどに、色気の詰まった顔だった。
ナナリーが、その前の彼女が全て混ざって出来上がったそれに。
ゾッとするほどの美しさに、アルドは瞬きも忘れて見惚れていた。
「アルド様!何ですかナナリーのあの手首は!!」
後日、学園長室に乗り込んできたのはルルーラだった。
その後ろで謝るように手を合わせてるナナリーに視線で返事をして、怒るルルーラに向き直る。
「私が全部悪い。ごめんね?」
「―――っ!女性の手に痣を残すなど!到底許されることじゃありませんわ!」
それから数十分、ルルーラの説教は続いた。
(学園長に説教する生徒なんて史上初めてなんじゃないかな……)
ルルーラを止められなかったナナリーは、ダリスがルルーラを回収しに来るその時まで現実逃避を続けた。
「すみません、アルド先生。偶然ルルーラ様に見つかってしまって……そしたらもう、止めることも出来ず」
「いや、彼女の怒りは最もだよ。君だってもっと怒って良いんだ」
「……怒ってはないんですが……理由を聞いても良いですか?」
「うーん、秘密」
「え!」
「ごめんね。いつか時が来たら教えるから今は聞かないで?」
「うーん」
「お詫びに秘蔵のフィナンシェ出すから」
「仕方がないですね!」
「ねえ」
「はい?」
「これからも、こうしてここに来てくれる?」
アルドの顔は真剣だった。
まっすぐな眼差しでナナリーを見ている。
「……アルド先生がいいよって言ってくれる限り、ずっと来ます」
ナナリーの返事に、ふにゃりとアルドは笑った。
「じゃあ、ずっと来なきゃ駄目だよ」
(―――私の、私のこの痛いくらいの心臓がアルド先生にも移れば良いのにな)
軋む胸が、少し辛かった。




