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ぽつぽつと雨が降っている。
気づかないうちに降り始めていたみたいだ。
泣きすぎて、頭がぼぅっとする。まだ顔を上げることはできない。
頭の上からぽたぽたと雨粒が葉っぱにあたる音がする。この木が、町の騒がしさから僕を守ってくれているみたい。
空を見上げると、葉っぱの向こうに月が見えた。
空が晴れていて、雨が降っているのを狐の嫁入りっていうんだっけ。
この場所でパパが教えてくれたような気がする。
「夜でも狐の嫁入りっていうのかな」
昼みたいに虹は見えないだろうけど、夜の狐の嫁入りのほうが物語みたいで好き。
ふわりと風が僕の髪を揺らした。雨と土の匂いがした。
月を見上げていると、月の光がほわぁっと一直線に伸びていく。
月の光は僕の頭の上を通りすぎて、時計塔を照らした。
木の下から手を伸ばしてみる。不思議なことに、光の下だけは雨が降っていない。
周りはザーザーと降っているのに。夢を見ているみたいだ。
口を閉じるのも忘れて、もう一回光を指でなぞる。何回見ても時計塔を照らしている。
月の光で照らされた時計塔の文字盤がキラリと光った。
時計塔の文字盤の下にある窓に、なにかいる。
......いや、誰かいる。
目を限界まで開けて時計塔の窓をじっくりと見てみた。遠いから見えづらいけれど、誰かが手を振っている気がする。
おかしい。
時計塔に人がいるはずはないのだ。
時間がずれていても誰も直そうとしないし、壊そうっていう話も出ていると先生が言っていたくらいあの時計塔はずっと前から放置されている。
目をこすってもう一度見てみる。
やっぱり見間違いなんかじゃない。
時計塔が呼んでいる、そんな気がした。
空を見上げた。月の近くに大きい雲がある。
月が隠れる前に急いで行かなきゃ。
木の下から一歩踏み出してみた。雨には当たらない。
強い風が僕の背中を押した。
振り返ると風が枝を揺らして、木が僕に手を振ってくれているみたい。
遠くに見える時計塔に向かって走る。風が背中を押してくれていた。
月に照らされた時計塔を見上げた。
時計塔に向かう途中で大人とすれ違ったけど、誰もこの不思議な光に気がついていなかった。
暗くなった市場は、人も明かりもない。
夜の時計塔は、昼間に見たときより大きく見える。
ひんやりとした時計塔に手をついて、裏にまわる。僕の膝まで伸びた草を踏みつけて時計塔の古びた扉の取っ手を掴んだ。
鍵は開いてるみたいだ。
「ふぅ」
知らず知らずのうちに止めていた息を吸う。心臓がドキドキとうるさい。
「誰もいないよね」
後ろを振り返る。誰かに見られていたら大変だ。
遠くの街灯だけが見えた。手汗を服で拭って、取っ手を握りなおす。
期待と恐怖で震える手でそっと扉を開けた。
「うわっ、埃だらけだ」
一歩進んで後ろを振り返ると、埃で白くなった床に僕の足跡がしっかりとついている。誰かにバレてしまうかもしれない。そう思うと心臓がバクバクとしてきた。
踏み出すたびに、床から軋んだ音がする。
その時、バタンっと扉が閉まった。
カサカサと虫が動く音がした。蜘蛛の巣も多い。虫は苦手だ。
「やっぱり帰ろうかな」
こんな虫だらけ、埃だらけのところに人がいるわけない。きっと見間違いだったに違いない。
鼻水が垂れて、目もかゆい。扉を開けようと、扉を引く。
「待って、全然動かない」
さっきまで力をかけなくても開いた扉は、両手で引っ張っても、全身で勢いをつけてもビクともしない。
まるで壁になったみたいだ。
「嘘でしょ。出られないの」
視界がまた滲む。
もう涙になる水分は体にないはずなのに。
こんな嫌いなものだらけの場所で、きっと誰にも見つけられないまま死んじゃうんだ。
ママに嫌いって言ったから、授業をちゃんと聞かない悪い子だから、神様を怒らせちゃったんだ。
死んでしまえば、パパに会えるかな。パパはなんて言うかな。怒ってくるかな。
いや、たぶん、「大丈夫。深呼吸して落ち着けば、上手くいく」っていうはずだ。
パパの口癖だったから。
そうだ、泣いていたって変わらない。
深く息を吸って吐いた。
上から光が差し込んでいることに気づいた。さっきの月の光かな。
もう雲で隠れてしまっていたと思っていたのに。
ミシリっと音を立てる螺旋状の階段を上る。
今にも板が抜け落ちそうだ。
落ちないように埃が積もった手すりをぎゅっと握る。ざらざらして気持ち悪い。
ギシギシと鳴る階段を一段、また一段と慎重に上がる。
「はあ、はあ」
僕の荒い息遣いが静まり返った時計塔に響く。
「よいしょっ」
最後の一段を上がる。思っていたよりも時計塔は高かった。
膝に手をついて肩で息を大きく吸う。
ガコン、ガコン。
歯車の大きい音が頭の上から聞こえる。
見上げると、たくさんの大きい歯車と小さな歯車が噛み合って動いていた。
月の光に照らされて動く歯車から目が離せない。
「はははっ」
急に後ろから笑い声が聞こえた。
「なにっ」
びっくりして、振り返る。
誰もいない。古びた階段が暗闇に続いているだけだ。
「何を驚いているのだね、少年。俺を探しに来たんじゃないのか」
さっきとは違う方向から男の声が聞こえた。
そうだ、僕は歯車を見に来たわけじゃない。
声が聞こえた窓を見た。
向けた視線の先には、黒い服の男が立っていた。
窓の近くに男が立っているせいで、男が怒っているのか笑っているのかどんな顔をしているのか、影になっていて分からない。
月の光が一層強くなった。
「ひっ」
男の影が僕の足元まで伸びてきた。
飲み込まれそうで、一歩後ずさる。男が一歩近づいてきた。
僕が後ろに下がるたびに、男が近づいてくる。
こつん。
背中に階段の手すりが当たる感触がした。これ以上下がれない。
男がこっちに手を伸ばしてきた。
怖い、けど声が出ない。
固まったまま近づいてくる手をただ見つめた。
僕の髪の毛に触ると、すっと男は窓の近くに戻っていく。
「え」
男はバサッと振り返り、僕のほうを見た。
「時計塔へようこそ。少年」
男は両手を広げ、にやりと笑った。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
書き溜めていたストック分まで追いついてしまいました。
更新の頻度が落ちますが、週に1回以上投稿するのを目標に書くので、これからも読んでいただけると嬉しいです。




