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いい香りが鼻をくすぐる花屋の前でピタリと足をとめた。
「あっ、今お金持ってないから買えないや」
今家へ取りに帰ったらママが帰ってきてるかもしれない。せっかくおっちゃんが一緒に考えてくれたのに困ったな。
手に握ったままだった飴の袋を開ける。
「甘くて美味しい」
おっちゃんからもらった飴を口にいれると苺の優しい味がした。自然と頬っぺたが緩む。
近くのベンチに座って腕を組んだり、空を見上げたり、地面を見つめたりしてみる。足をぶらぶらさせて考える。
ふと、レンガの隙間に生えてるクローバーが目に入った。
「クローバーっ!これにしよう。プレゼントなら四つ葉だよね」
花というか葉っぱだけど、植物に違いはない。
幸せの四つ葉をあげたらきっとママも喜んでくれる。プレゼントする物が決まったら後は探すだけだ。
「よしっ」
気合の掛け声とともに、ベンチから勢いをつけて立ち上がる。次は向かうべき場所が分かっている。
僕は時計塔に向かって駆け出した。
時計塔の周りには芝生のようにクローバーがたくさん生い茂っている。
ここに座って市場で買ったフルーツに齧りつくといつも以上に美味しく感じる。今度はママと来よう。
寝転がったり座ったりしてくつろいでいる人達を横目に、地面に膝をつけて四つ葉を探す。邪魔になった鞄を、適当に放り投げた。
...無い、...無い、どこにもない。
三つ葉ばかりだ。苦手な虫ばっか目について泣きそうになる。
両手が土だらけになるまで、探したって四つ葉は見つからない。でも見つかるまでは絶対に、家に帰りたくない。
何かが小さく弾けるような音がした気がして、顔を上げた。
首をかしげていると急に強い風が吹きつけてきた。思わずバランスを崩して、尻餅をついてしまった。
「くしゅん」
くしゃみが出る。気が付かないうちに暗くなってきていた。まだ夕方は寒い。
立ち上がって両手を空に向けて、体を伸ばす。
ズボンについてしまった土を払った。深く呼吸する。冷たい空気で肺が満たされた。
困ったときは深呼吸をすると良いってパパが教えてくれたんだっけ。もう少しだけ探してみよう。
ママが喜んでくれるのを想像すると口角が上がる。
...無い、..無い、見つからない。
でもさっきよりは焦らずに探せている。でも、花壇の近くにも時計塔の近くの隙間にも三つ葉しかない。
「あっ、あった」
やっと見つけることができた四つの葉っぱがついているクローバーは、鞄を投げた場所にあった。
そっと、四葉のクローバーを摘む。
きっと見つけられたのはパパのおかげだ。
摘んだクローバーの細い茎が折れないように、優しく両手で包みこむ。
やっと見つけた大切なクローバーだ。きっとママも僕のことを好きになってくれる。
「ありがとう、パパ」
天国にいるだろうパパに向けてささやく。
僕の声に返事をするように穏やかな風が、僕の髪とクローバーを揺らした。
もうすぐ春だ。
鞄を掴んで、夕日が照らす家までのレンガ道を走り抜けた。
「ただいま」
勢いよく玄関の扉を開けた。
小窓から差し込む夕日だけの家の中は薄暗く冷たい。上がっていた口角が自然と下がる。
「まだ帰ってきていないのか」
小さく溜息をついた。
すぐに帰ってきてくれるといいな。
小さな空き瓶に水を注いで、クローバーを挿す。
広いテーブルの真ん中に置いてみた。この家に前から置いてあったみたいになじんでいる。
いつも座っている僕の椅子に座ると、玄関とキッチンの両方が見える。この定位置は小さい頃からの僕専用の特等席だ。
机に肘をついて飾ったクローバーを眺める。
クローバーを見ていると、時計塔の下で吹いた暖かい風を思い出した。ぶらぶらさせていた足を止めて、椅子から飛び降りる。
大人用の椅子はまだ僕には大きくて足が床に届かないのだ。
「宿題しようかな」
ママが帰ってくる前に宿題を終わらせていたら、褒めてくれるかもしれない。
放り出していた鞄から、問題集とノートと筆箱を取り出す。
くしゃくしゃになった反省文は見なかったことにする。
「そうだ。ノートも写さなきゃ」
ハイメから借りたノートも取りだしてテーブルに広げる。
汚い字と落書きだらけの僕のノートと違って、ハイメのノートは綺麗な字で優等生らしい見やすいノートだ。
「なんか頭良くなりそう」
ハイメのノートを真似して、書いたノートはいつもより授業の内容を理解できた気がした。
「よしっ」
集中できている間に宿題も終わらせよう。
今日は国語の宿題だ。主人公の気持ちを考えなさいとか、大体いつも間違える。人によって感じ方が違うのだから一つしか正解がないなんておかしいといつも思う。
頭をかきむしりながら、鉛筆を動かす。
書いては消して、書いては消してを繰り返してやっと最後まで解けた宿題のプリントを掲げた。
赤ペンに持ち替えて答え合わせをしてみると、いつもより正解している問題が多くて嬉しい。
きっとハイメが貸してくれたノートを丁寧に写したおかげだ。明日、お礼をしようか。これからも時々ノートを借りてもいいかもしれないな。
これで宿題も終わりだ。
反省文が少し頭の隅にあるけれど、思い出さなかったことにする。
「ママはまだかぁ」
他の家の明かりも灯り始めているのにママが帰ってくる気配はない。
「早く帰ってくるって言ってたのに、ママはやっぱり嘘つきだ」
机に広げていたノートなどを乱暴に鞄に突っ込むとソファに飛び込む。
クッションを腕に抱えて低い天井をみる。
しばらく何も考えずに木目を眺めていると視界が滲んできた。
決して寂しいからなんかじゃない。期待を裏切られたことへの悔しさだ。
「もうっ」
ソファに拳を叩きつけた。
クッションをソファに投げつけて起き上がる。
気分転換に冷蔵庫から大好きなオレンジジュースを取り出した。1Lの瓶を直のみする。
ママが見たらきっと怒るだろう。
口の中を甘酸っぱい幸せの味で満たされると、気持ちが落ち着いてきた。僕が単純でよかった。
お腹がぐぅっと鳴った。
プレゼント探しも宿題もしたのだから当たり前だ。お菓子がないか冷蔵庫の中を探す。
昨日のご飯の残り物、調味料、よく分からない漬物。お菓子はなさそうだ。
「残念......ん、これ何だろう」
溜息をついて冷蔵庫を閉めようとして気づいた。
いつもはない袋がある。よく見てみると、ハーブに漬け込まれた鶏肉だった。
これはグラタンの次に僕が好きな食べ物だ。
ママ準備してくれてたんだ。作ってって頼むと時間がかかるからって、いつも無理だと言われるのに。
「......ママ、早く帰ってきて」
思わず呟いてしまった。
家の中はジリジリという電球の音だけがしていた。
カチカチ。
時計の針の音がいつもより大きく聞こえる。
ママが帰ってくるまで絵を描こうとノートを鞄から取り出した。
いつもみたいに夢の世界を描きたいけれど、上手く想像できない。玄関の扉を見ても、開く気配はまだない。
手に持った鉛筆をテーブルに置いた。
肘に顎をのせて、クローバーを見つめる。
置いたばかりの鉛筆を取って、ノートにクローバーの絵をなんとなく描いてみる。
クローバーの隣に僕とママの笑顔を描き足してみた。
ノートを両手で持ち上げて描いた絵に満足して、大きくうなずいた。
授業中に描いた夢の世界の中に、クローバーの絵が最初からあったみたいだ。
「ふふふ、ママ喜ぶかな」
思わず、笑い声が出てしまった。
描いた絵もママに見せてあげよう。そしたらきっと「上手ね」って言って頭を撫でてくれる。
ママが作ってくれたご飯を食べながら、夢の世界の話をするんだ。きっとママも楽しんでくれる。
ママはまだかな。
早く帰ってきてほしい。
でも少しくらいなら遅くなってもいいかな、わくわくする時間は長いほうがいいから。
カチカチ、カチカチ。
時計の針の音に合わせて、体を揺らす。
自分でも馬鹿みたいな動きをしているって分かってる。町の皆で同じ動きをしたら楽しくなりそうだ。
「はははっ」
想像して思わず声を上げて笑った。




