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玄関の外からバタバタと足音が聞こえた。

この足音はママに違いない。椅子から飛び降りて、玄関へ走る。


 「ママッ。おかえり」


 バンッと勢いよく開けられた扉の音と僕の声が重なった。


 走った勢いのまま、両手に大量に荷物を持ったママに抱き着く。ママが持っていた荷物が揺れた。


「ごめんね」


 上からママの声が降ってくるけれど、そんなの帰ってきてくれたなら必要ない。

 ママの背中に腕を回して、服に顔をうずめる。

少したばこの匂いがするけどどんな匂いでも、ママの匂いはやっぱり落ち着く。

 

「ねぇねぇ、ママみて」


 顔を上げて、ママの手を強く引く。


「ちょっと荷物置きたいかな」

「早く、早く」


 困ったように笑いながら荷物をテーブルに置くママを、地団駄を踏んで急かす。


「はいはい、ちょっと待ってね」


 ママが持っていた荷物を置くと重そうな音がした。

 荷物を置いて、空いたママの手を引っ張る。


 「じゃーん」


 手を広げて、電球に照らされたテーブル上にあるクローバーに向ける。


 「クローバー?四つ葉だ。すごいね」


 ママは両手で瓶ごと持ち上げて、嬉しそうに顔をほころばせた。さっき描いた絵よりもいい笑顔だと思う。


「うん、ちゃんと四つ葉だよ。頑張って探したんだ。ママへのプレゼントだよ」

「いいの?ありがとうカリスト」

「うんっ。嬉しい?」

「とっても嬉しいな。このまま飾って置こうか」


 僕の目線に合わせてママは屈んでくれる。

目を見てもう一度「ありがとう」そう言ってママは微笑んだ。


「カリストお誕生日おめでとう」


 頭に、優しくて温かいママの手を感じた。



 へへへと笑うと、ぐぅっとお腹の鳴る大きい音が聞こえた。

 僕のお腹かママのお腹どっちが鳴らしたのか分からない。二人同時になったのかもしれない。

ママと目が合うと思わず、笑い声をあげた。


「さぁ、カリスト。お礼にママが気合いれて美味しいグラタン作るから待っててね」


 ママは僕の頭を撫でると立ち上がった。


「ねぇ、ママ。僕も一緒に作りたい。ダメかな」


 ママは目を丸くすると、にっこりと微笑んだ。


「手伝ってくれるの?」

「うん。二人で作ったほうが早くて美味しいのできるでしょ」

「そうね。二人で美味しいグラタン作ろうか」

「おぉー」


 腕まくりをして、こぶしを上に突き上げた。




 トントンとママが玉ねぎを切る横で、きのこを割く。

森と山が近くだから、この町のきのこはとっても美味しいらしい。この町から出たことがないから、大人から聞いたことがあるだけだけど。


「ねぇママ、このくらいの大きさでいいかな」

「いい感じ」


 ママが笑顔で褒めてくれた。

ママはまだ危ないからと包丁を使わせてくれない。いつか包丁で玉ねぎとか切ってみたいけど、こうしてママとグラタンを作れているから十分満足だ。


「カリスト、お湯がふつふつしてきたからマカロニ入れてくれる?」

「うん。任せて」


 僕は元気よく返事をすると、買い物袋からマカロニを取り出した。


「どのくらい入れればいい?」


 袋を開けて、鍋の前でママに聞く。グツグツしているお湯の湯気が顔にあたって温かい。


「全部入れちゃっていいよ」


 ママは、冷蔵庫から牛乳を取り出しながら言った。

オレンジジュースを直のみしたのがバレていないか胸がざわついた。


 「う、うん」


 マカロニをザっと勢いよく入れると、熱湯が跳ねて手に当たる。


「熱っ」


 手に持っていた空になった袋を落としてしまった。


「大丈夫?」


 ママが慌てて駆け寄ってきてくれた。


「大丈夫、お湯が跳ねて少し熱かっただけ」

 少し強がってみる。


「一応水で冷やしておこうか」

「うん」


 蛇口から途切れることなく流れる水が腕にあたるのをただ眺める。

 やっぱり今日は上手くいかない日かもしれない。先生に怒られたし、まだ反省文だって書いてない。

 

 

「はい、タオル」

「ありがとう、ママ」


 ママから受け取ったタオルはふわふわで太陽の匂いがした。


「お湯が跳ねただけで、そんな落ち込まなくてもいいのよ」


 ママが頭を撫でて励ましてくれる。そのことだけではないけれど、心が軽くなった。


「ママの手はやっぱり魔法の手だね」

「どういうこと?」


 突然笑い出した僕に、ママが不思議そうな顔をした。


「気にしないで。次からはそっと入れるよ」

「そうね。同じミスをしないよう気を付ければいいだけよ」

「うんっ。次はなにすればいい?」


 ママが作ったホワイトソースのフライパンに、マカロニときのこと玉ねぎをそっと入れる。

 静かに入れたおかげで、熱くなかった。


 ママがフライパンの中を混ぜると、僕とママがそれぞれ準備した具材が、フライパンの中で一つになる。

 お気に入りの茶色のでこぼこしたグラタン皿に、流し込む。


 このグラタン皿は小さい頃に、パパが誕生日にプレゼントしてくれた。家族三人で市場に遊びに、行った時に買ってくれたんだっけ。


もう何年も前のことだからあまり覚えてない。

でも皿を買ってくれたその日に食べたグラタンが一番おいしかったことだけは、はっきりと覚えている。



「なに考えてるの?」


 グラタンをじっと見つめて動かなくなった僕に、ママが微笑んで聞いてきた。


「このお皿を買ってくれた日のことを思い出してた」

「えっ、覚えてたの。その日パパがグラタン皿を割ったから慌てて買いに出かけたのよ。パパがすごい大騒ぎで大変だったんだから」

「それは初めて聞いたかも」

「あら、そうなの。グラタン皿じゃなくてもグラタンは作れるって言っても聞いてくれなかったのよ。グラタン皿じゃなきゃダメなんだって」


 ほっぺを膨らませて、怒るママは楽しそうだ。


「パパらしいね」

「そうなの」


 ママが楽しそうなのがうれしくて、自然と笑顔になる。僕とママの笑い声が、家の中に響いた。


きっと外まで僕たちの声は聞こえているだろう。

 

 


「誕生日だから、チーズ好きなだけ乗せていいからね」

「いいの?やったー」


 ママから渡されたチーズの袋から、いっぱいのチーズを掴んでホワイトソースにかける。いつもよりたっぷりとのせる。チーズの量が食べたときの幸せの大きさだと思うから。


 ママのグラタン皿にもたっぷりとチーズをのせた。僕の誕生日だからママにも幸せになってもらいたいから。



 満足するまでたっぷりとチーズをのせ終わると、ハーブ肉を焼いているママに声をかけた。


「チーズのせたよ。見て。いっぱいでしょ」

「ほんとだ。おいしそうだね」


 チーズの上にママがパン粉を振りかけた。


「なんでパン粉をかけるの?」

「焼き色がきれいにつくのよ。ご飯は見た目も大事でしょ」

「そうなんだ。確かに見た目もおいしそうなほうがいいよね」


 二つのグラタン皿をオーブンにいれる。

後は待っていればおいしいグラタンの完成だ。まだ完成していないのに、もう口の中は涎だらけだ。


オレンジ色に照らされたオーブンの中を覗き込む。まだチーズは溶けていない。

 


 フライパンからハーブ肉が焼けるいい匂いとパチパチと油が跳ねる音がする。

 夜ごはんまで、あと少し。


グラタンが焼けるのが待ち遠しくて、オーブンの前に椅子を持ってきて座る。チーズが少しづつ溶けてきた。

後ろでママが洗い物をしているのか水の音がする。


少しづつチーズに焼き色がついてきた。チーズの匂いとハーブ肉の焼ける匂いが家の中にいっぱいだ。


「ママっ、あと少しで出来上がるよ」

「楽しみだね」


ママとオーブンの中を一緒に覗き込んだ。椅子をテーブルに戻して、ミトンを手に取る。


 ミトンを両手にはめて、オーブンの前に立つ。


オーブンのチンっという音が聞こえた。オーブンの戸を開けるとグラタンのいい匂いがした。

 


「できた。ママ、グラタンできたよ」

「上手にできたね」

「うんっ。おいしそう」

「テーブルに運べる?熱いから気を付けてね」

「分かった」


 そっとオーブンからグラタンを取り出して、両手でグラタンを運ぶ。近くでグラタンの匂いを嗅ぐだけでお腹が鳴った。


 コトっとテーブルにグラタンを置いた瞬間、ジリリリという電話の音がけたたましく鳴り響いた。

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