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第五話

 

 陽の光の下に山道を進んだからか、道中さしたる障害も無くカイトたちは村に到着した。


 山の中の森林を切り開いた形で、村と言うには建物や人通りの数が多い。

 ミューリの言った比較的栄えているという表現も間違いではないと、周囲を見回しながら彼は思う。


「先ほど使用した水晶があっただろう。この村の近くの山からはその原石――『スタークォーツ』が採れるんだ」


 彼女が見せた手のひらを転がる水晶が輝く。

 一見すればガラスの玉にしか見えないが、その効果はカイトに対して実証済みである。


「だけど鉱山の町って感じじゃないな。それに転生者が持ち込んだ道具の割に原石が必要だっていうのも変な感じだ」


「ま、君が語った様に神様が上手い具合に調節した道具なんだろうね。素材も山や森林の表面に発生すると聞いた事があるから、山を掘る道具は揃えなくても良いのだろうさ」


『加護』は非常に強力な能力を与えるが、無制限に振り回せる形にはならない。

 誰かが『人の能力を数値化して見える能力』を願った所に、出力されたのがこの様な形だったという事だろうと彼女は考えていた。


「改めて見ると、どこがどこだかよく分からないな。店なのか民家なのかさっぱりだ」


「それなら店先に吊るしている飾りや看板を見るといい。基本的には商売をしている証だから、あとは適当に冷やかして覚えていくのが一番手っ取り早いかな」


 ミューリの言葉に従って彼は建物の外観を見ると、木で作られた看板や何かを象った金属の装飾など、人の通りがある建物に共通する特徴が発見出来た。

 幸い、文字は読めるし絵のイメージならばなんとなく分かる。最低限得られた常識に照らし合わせて考えてみれば、慣れるのには時間がかかるまいとカイトは希望を持つ。


 ミューリに教えられた通りに通り過ぎる建物を観察しながらしばらく村の中を見て回っていると、陽気そうな男性が手を上げて寄ってきた。


「よう、お二人さん。近くでは見ない装いだけど、君たちは旅行者かな?」


 二人が彼の方を見ると、首には店の看板を示す首飾りがかけられている。

 忙しなく周囲を見渡すカイトの姿は現地付近に住む者ではあり得ない。旅慣れぬ旅行者を狙った商人と見れば油断のならない人物である。


「ああ、俺たちは――――」


「私たちはデート中でね。この辺りに旅行してきたから、折角なら有名なこの村を観光しようと思って訪ねてきたんだ」


「おいっ!?」


 ミューリの言葉に呆気に取られるカイトであったが、彼女が強引に彼の頭を掴むと小声で話す。

 美しく輝くエメラルドの瞳に一瞬目を奪われるものの、ミューリの真剣な表情と声の調子から浮かれている場合ではないと彼も気合を入れ直す。


(私に合わせて。下手な事を言ってテンセイシャだと思われたらまずい)


 未だこの世界の常識を詳しく把握出来ていない(事前にある程度の知識は神から与えられていたとはいえ)カイトに喋らせるのはリスクが高い。そう彼女は判断したのだ。

 その言葉に彼は頷くと同時に、それほどまでに気を使う事柄なのだと改めて認識した。


「ヒューッ!お熱いねえ。そちらのお兄さんは珍しい恰好をしているけど、もう色んな所を巡って来たのかい?」


「ああ、そんなところだよ。今は色々な服が流通しているから彼に合う服を探して選んだんだけど、迷いに迷って大変だったんだ。キミは全然装いに興味を持たない様だったしね」


「そ、そうだったな。試着したらこの服は結構動きやすかったから、これが良いって言ったんだ」


 確かに、現代日本の服装はこの世界では浮いてしまう。

 見る者が見れば転生者だと一発で判明する位の、この世界の文化とは異なる造りである。


 ミューリの言葉はそう考えるといささか無理筋の様にも思えたが、意外にも目の前の男性は強い興味を示さなかった。主流ではないが、転生者の服装も流通していることなのだろうと彼は胸を撫で下ろす。


「あんたたちの旅の思い出に一つ、うちの店で食事していかないかい。サービスしておくよ」


 彼が指差した先には、それなりに繁盛している様子が窓から見える店であった。

 カウンター奥に見える棚には多くの酒瓶と思われる物が並んでおり、食事も出来る酒場といった様相である。


「気遣いは嬉しいが路銀が心もとなくてね。すまないが遠慮させてもらうよ」


 これ以上付き合う気はないとミューリが拒絶の意を示す。

 しかし、彼は意外にも粘りを見せ二人の前に立ちはだかった。


「それなら、ウチで依頼をこなすというのはどうだい?丁度人手が足りなくて困ってた所なんだ。報酬には色を付けとくよ」


「いい加減に――――」


 妙にしつこい男の勧誘にカイトも否定の意を示そうとしたが、反面にミューリは軽く考え込む姿勢を見せて、頷いた。


「……本当に報酬を積んでくれるんだろうね」


「ミューリ……!?」


「何事も準備するには金がかかる。キミも持ち合わせは無いだろう?」


 彼女の言葉にカイトは声に詰まる。

 衣類一つでこの世界にやってきた彼が持っている物は何もないのだ(携行していたスマートフォンや財布は転生の際に没収されてしまっている)。

 最低限の旅の装備ですらそれなりに物を揃えなくてはならない中、無一文では儘ならない。


 ミューリの言葉に笑顔で頷いた男性は、取り合えず入ってくれと二人を店に誘う。

 旅人を食い物にする店擬きという可能性もあり得る以上、彼らは警戒を払いながら中に入った。


 ーーーーー


「いやぁ~、助かります!最近水晶の需要が多く、中々人手が回せませんで……」


 店の内部は外から見た時よりも意外に思えるくらい広く、カウンター席のほかにも腰を据えてゆっくりと話せる6人程度のテーブル席が幾つか備えられていた。

 カイトたちはその内の一つの席に座り、対面の恰幅の良い男性から話を聞く。


 彼はこの村の村長と名乗り、手の空いている者を探していたと語った。


「……つまり、山奥にある薬草を採ってきて欲しいという依頼、で良いんだよな」


「ええ、ええ、その通りでございます。最近原石採りに向かっている者たちの生傷が絶えませんでな。消毒に使う薬草の備蓄が尽きてしまいそうなのです」


 山の中は天然の罠も多く、弱いながらも魔物がうろつくことも多い。

 それでもスタークォーツは金になるため、多くの村人が身の危険を厭わず素材採りに勤しんでいるのだと言う。


 最初にも人外らしき者は見たが、改めて魔物という存在が語られる事から、本当にファンタジーの様な世界なんだな、とカイトは心の中で思った。


「危険な場所ではないと思いますが、少し歩いた場所に群生しております。籠一杯に摘んできてくれればこれだけの報酬を約束しましょう」


 村長が懐から取り出した紙には依頼の文面と思われる文章と報酬が記載されていた。

 ミューリはそれを一通り確認した後に、文書の中央に手のひらを置く。

 すると一瞬だけ文書も文字が光り輝いて、名前を記載するであろう欄に自動的に文字が浮かび上がった。


「条件に異論は無い。承ろう」


 彼女はカイトに確認を取る様に目を合わせると、彼も頷いた。

 正直彼にとっては何が何だか分からない状況であるものの、見た目の割には妙に達観したミューリが了承したのならば問題はないのだろうという判断である。


「だが、こちらも懐が寂しくてね。多少の前金を頂きたい所なのだけど」


「その件に関しましては既に彼から聞いております。すぐにご用意しましょう」


 ミューリの言葉に対して村長は脇に置いてあるカバンから金属の擦れる音が鳴る小さな袋を取り出してテーブルの上に置く。

 二人がが中を確認すると、銀色に輝く硬貨が詰まっていた。想像よりも多かったのか彼女はそれを見て一瞬だけ目を丸くする。


「確認した。背負い籠はこちらで用意した方が良いだろうか?」


「それに関しても、この酒場に用意させておりますのでそちらをお使いください。大体半分ぐらいもあれば十分でございます」


 彼が手を差した先には男性の胴の半分くらいの長さと大きさである背負い籠が一つ置かれていた。


「随分と準備の良い事だな。私たちとしてはありがたい所だが……」


「多少腕のある冒険者の方などは、こんな村の依頼を受けるより採取権が自由な離れの山で水晶の素材を集めて売った方が儲けになりますからな」


「それは嘆かわしい事だ。冒険者の本分の一つは人助けであるだろうに」


「いやはや、本当に……それでは、よろしくお願いします」


 村長が握手を求めると、ミューリは応じる。


「こんな村のささやかな依頼ですが、お付きの方もどうぞよろしくお願いします」


 カイトに対しても求めた握手に彼が応じようとした。


 その時。酒場の扉が勢いよく開け放たれる。


「村長はいらっしゃいますか!?至急連絡したいことが……」


「何ですかな騒々しい……失礼、村の者が呼んでいるようなので、私はここで離席させてもらいますかな」


「気にする事はない。依頼は明日の内に終わらせてくるから、報告の際はこちらの酒場で構わないか?」


「ええ、酒場の主人にも話を通しておりますので、その時はお願いします」


 それでは、と村長が村人と共に去っていった後に残されたのは二人。

 気を張っていたのか、緊張を和らげる為に大きく深呼吸したミューリは、改めて小袋の中に詰まっている硬貨を探ると難しい顔をした。


「どうしたんだ?」


 カイトの言葉に、彼女は腕を組む。


「気前が良すぎる。いくらこの村が栄えているとはいえ、ただの薬草採りでこれだけの報酬が出るものなのか……?」


 転生の際に習得した最低限のこの世界の常識の中には、貨幣の価値について含まれている。

 だが、この依頼の報酬がどの辺りが妥当なのかはカイトにも分からなかった。


「確か、このコイン一枚で一日分の十分な食事が賄えるって話だったよな」


「そうだ。宿代は除いてもざっと見て――――私とキミが十日食っていけるだけの額がこの前金にある」


 依頼は人数を考慮しない。

 一人で請けたのならば、実に二十日もの間食うに困らなくなる金額なのだ。

 そう言われてみれば流石に破格だとカイトも理解する。


「話以上に危険だったりしないよな」


「可能性はある……が、依頼文の条件に意図的に曖昧にされているところは無かった。彼の言っている事におかしい点も現状は見当たらない」


 そうは言っても気になってしまうのは、この村に来るまでに謎の老人に言われた『あの村に行くな』という言葉が引っかかっているからだろうか。しばらく考え込むミューリの肩を軽くカイトは叩いた。


「まあ、今ここで考えても仕方ないだろ。君の言った通り人助けだと思って行こう」


「……そうだね」


 彼の言葉にうなずいたミューリは立ち上がり、二人で酒場を後にするのであった。




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