第四話
「なるほど、つまりは『死に戻り』というより『やり直し』に近い状態という訳か。加えて、これが一回目だ、と」
カイトの話を聞いてミューリは意外な程素直に頷いた。
転生者が溢れているとはいえ、己の世界とは別次元の話である。すぐに「はいそうですか」などと納得出来る者などそう多くは無いだろう。
だが、彼女は荒唐無稽にも思える彼の話をすぐに理解した。
魔学というこの世界独自の学問を研究しているという言葉通り、頭の回転が早いのだ。
「キミが死を迎えたら私たちのいるこの世界はどの様な形になるのか興味はあるが、残念ながらそれを知る術は無さそうだね」
「確かに、それは聞いてこなかったな……今更だけど、身勝手な能力だったかな」
「私は気にしないよ。キミが居なければ、この世界は腐り落ちるだけだ。というのが分かっているからね。時間が修正されようがされまいが、私の行き先はさほど変わり映えしないだろうさ」
時間遡行をした後、元の時間軸はどうなるのか。
それはあらゆるタイムワープもので言及される疑問である。
現地の民である彼女にとっても無関係な事柄では無いが、カイトの目にはそこまで強い興味を持っている様には見えなかった。
「しかし、人様の住む世界を『廃棄異世界』とね……私としては半端な真似をした神とやらを怒鳴りつけてやりたい所だけど」
「その気持ちは分からなくはないな」
勝手に転生者を送った挙句、もう手遅れでしたなどと言われたら現地の住人にとってはたまったものではない。神々の身勝手にも見える振る舞いに憤りを覚えるのは当然のことである。
「だけど、俺も助けになりたいと思っているよ。成り行き上だったとは言え、だけど」
別に英雄になりたいわけではなく、困っている人がいたから出来る範囲で助けたい――――彼にとってはそのレベルの話なのだ。
「それにしても、『死に戻り』があると言ってもあの高さの崖から飛び降りるなんて常人の感覚では無理だよ。助けたいという気持ちは本当にありがたいけれど、その判断はもう少し考えた方が良い」
「そ、そうかな……気を付けるよ」
ミューリの言葉を受けて、はたとカイトは思い至る。
既に一度の死を経験しているからか、あるいは『死んでも大丈夫』という無意識的な感覚があるのか、今の彼には死に対する恐怖心が薄くなっていた。
彼女の懸念はもっともであり、もう少し自分を大切にしようとカイトは決意する。
まずは、やる事があるのだ。
「とりあえず、俺としてはまず情報を集めたい。この辺りに人が集まる所……村とか町は無いか?」
これからこの異世界に巣食う問題を解決するにあたって、まずは『何が原因なのか』を探し出さなくてはならない。そしてそれは、人づてに聞くのが一番早いのだ。
ミューリは少し思案すると、すぐに窓の外から見える山を見上げる。
「この辺りの山を越えた所には比較的栄えている村があるんだ。ちょっと登る事にはなるんだけど……」
彼女の歯切れの悪さから、ここから向かうには少々険しい道を通る事が分かる。
カイト自身は向こうの世界に居た時であっても徒歩での登山は経験した事が無い。故にその道のりに関しては難しい顔をした。
とはいえ、こんな所で足踏みしている訳にはいかない。
「何か目印の様なものはあるかな」
出来れば案内を頼みたい所だが、そこまで彼は図々しくはなれなかった。
あくまで旅の途中で出会った者同士であり、仲間ではないからである。特に『命の恩人である』という立場を利用して何かを要求するなど考えられない事であった。
そんな彼の考えを読んでか否か、ミューリは笑みを浮かべながら立ち上がった。
「私もその村には用があるんだ。キミが良ければ一緒に来ないかい?」
ーーーーー
「よし、やっぱりこの服装が落ち着くな」
十分に身体を休めた二人は、水気の無くなった元々の服装に着替える。
慣れた肌触りの衣服が自然と気持ちを落ち着けた。
「暗くなる前に出るよ。急げば陽が落ちる前には辿り着くはずだからね」
ミューリの方も肩から下げたカバンにフードを被って準備万端といった装いを纏う。
いざ、出発。
険しき山道なんのそのと気合を入れた瞬間に、のそりと大きな人影が背後からやって来た。
「あの村には、行くな」
皺枯れた老人の声。
白髪を垂らし、着古されたであろう布を羽織った男がカイトたちの背後に立っていた。
「誰だ!?」
「ああ、この人は海岸で倒れていたキミを運んでくれた人だよ。意識が戻っても、私一人の力だけでは到底キミを運ぶ事は出来なかったからね」
ミューリの言葉を肯定したのか、それとも気にするなと言いたいのか、彼は無言で立っていた。
手にはボロボロの釣り竿を抱えているが、見た目だけならば世捨て人のそれに近い。
カイトは慌てて姿勢を整えると、深く頭を下げた。
「助けていただき、ありがとうございました」
助けられて礼の一つも無しでは、礼儀知らずになってしまう。
どれだけ相手が怪しい人物だったとしても感謝の言葉を欠かす訳にはいかない。
老人はカイトの姿をしばらく眺めては、深い皺の奥から除く眼を伏せた。
そのまま彼らの横を通り過ぎるとこの場から去っていく。
「……不思議な人だな」
「そうだね、キミを助けた時も彼はずっと無言だったよ。だけど悪い人じゃないとは思うんだ」
見知らぬ者を助けることなど、どの世界においても親切な行為に違いない。不愛想にも思える人物であったが、その優しさは疑いようもなかった。
故に、彼の残した一言が頭に残る。
「村に行ってはいけないとあの人は言っていたが……」
「うーん、特に危険な魔物が出たり、何か事件があったという話は聞いていないけれど。不安なら少し遠くにある町の方にするかい?」
ミューリの提案は数日歩いて到着する町に向かうというものだ。
この地域の中心と言える程の活気があり、人通りという点では山奥の村では比べ物にならない。
しかし彼女はともかく、カイトの装備はほぼ無いに等しく、身を護る何かも無しに危険な世界を歩き通すというのはあまりにもリスクの高い行為というのも事実である。
「忠告は気になるけど、その時はその時に考えよう。まずは準備を整えたいな」
他に何も情報が無い以上、多少のリスクを負ってでも遠出する装備を整えたい。
カイトの考えにミューリは同意する様に頷き、改めて村への山道へと赴いた。
ーーーーー
「し……しんどいな……!!」
カイトの記念すべき初登山。
向こうの世界ではチャレンジする事の無かった山登りであったが、向こうの世界に比べて碌に整備されていない山道は、彼の想像以上に足に疲労を溜める事となっいた。
「まだまだ途中だよ、カイト。その調子では陽が沈む前に到着するのは難しくなる」
「それは分かるけどさ……向こうではこういった道は歩いたことないんだよ……」
疲労が顔に出ている彼とは違って、ミューリの表情は気楽そのものである。
移動手段が徒歩しかない世界の人々の体力を甘く見積もっていたな、とカイトは心の中で呟く。
彼女基準で一日で到着するというのは、現代人の彼にとっては全くあてにならない基準であるのだ。
息も絶え絶えのカイトに対して彼女は懐からビー玉程の大きさを持つ水晶の様な物を取り出すと、彼に向けた。
「ふむ、『登山』は2か……本当にほぼ未経験なんだね」
「……それはどういう意味だ?」
ふとミューリが呟いた単語と数字にカイトは訝しんだ。
そんな彼の視線に気付いたのか、ミューリは水晶を手のひらに置く。
「これは人の能力を定量化出来る道具だよ。テンセイシャからは『熟練度』とか『スキル』とか呼ばれているね」
「それは……なんというかゲームみたいだな」
「ならば発想はキミの世界に近い物かもしれないね。これはかなり前にテンセイシャが持ち込んだ道具で、一瞬でこの世界に広まっていったんだ。大層便利だけど、少々野暮な所もある」
数値化してしまえば、人の意識はそれに固定される。
人や己の向き不向きをよく知る事が出来るようになった一方で、この水晶が原因で引き起こされた争いは絶えないと彼女は語った。
だが、最早手放せない程便利な代物なのだ。過去に向こうの世界でも携帯電話からスマートフォンに変化していった様に、この世界でも水晶によるデータ……『ステータス』と呼ばれる指標がいつの間にか当たり前のものとなっていった。
「仕方ない。これを飲むと良い」
このままでは辿り着かないと判断したミューリが鞄から取り出した小瓶は赤い液体で満たされていた。
彼女がそれを開けると、強烈な刺激臭が漂う。
「体力を増強させる薬だよ。例によって味は我慢してほしいが、効果は折り紙付きのはずだ」
「薬、か……」
小屋で飲んだ薬も効果はあったのだろうが、何分ぼんやりとした記憶の中にも残る酷い味わいが記憶の大部分を占める。
あれをもう一度、というのは人並み以上に勇気の要る事であった。
「夜になれば魔物も徘徊する。テンセイシャであるキミが戦えるというのなら無理強いはしないけど」
そんな事は無理だろう、という彼女の考えが直に伝わってくる。
平和な世界で育ち、大した武術の心得も無く、果ては徒手空拳である自分が戦う事が出来ないなどと、それこそ自身が一番よく知っている。
「分かった、頂くよ」
覚悟を決めたカイトは彼女の手から小瓶を受け取ると、意を決して一息に飲み込む。
一瞬だけ無味が口内に広がったかと思えば。
「辛っ!!!」
火を吹きそうな程の辛さが舌を襲った。
苦みを予想していただけにこの味は余計に衝撃が強く、口の中を満たす灼熱の如き熱さを冷ます様に冷たい空気を必死に吸い込む。
「もうちょっと……飲みやすく……工夫出来ないのか……!!」
「出来れば、そうしているよ。現状は慣れるのが一番早い」
向こうの世界の薬はとてもよく飲む人の事を考えていたのだなとぼんやりする頭で考えながら、再び足を動かすと、先ほどまでは重りが括りつけられたかの様に億劫だった歩みが、まるで羽が生えたかのように軽快になる。
カイトは身体に伝わってくる感覚の、あまりの豹変ぶりに恐ろしさすら覚えた。
「こんなに軽くなるものなのか!?」
「そりゃあ、私が調合した薬だからね。効果は抜群さ」
「……なにか危ない物でも入っていないだろうな」
「失敬な。何事も適量であれば毒も薬になるというものだよ」
ミューリはひらひらと手を振った。
はぐらかされたのは間違いないが、このまま突っ込んでも藪蛇である。
今はただ、軽い足取りの儘に山を踏破する事を考えるカイトなのであった。




