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第三話

 

「見捨てられた世界?」


 転生先を決める場所、つまりは死後の世界と言っても過言では無い場所で、カイトは白き羽根を持つ少女の言葉を反芻していた。


「ええ、そうです……私の力が及ばず、神々の間で一切の管理をやめると判断された世界への転生が、最初に予定されていたあなたの転生先でした」


「それは、なんというか……不思議な話だな」


 意識がこちらに飛ばされる前の記憶が朧気な彼にとって、唐突な彼女の言葉は理解に苦しむ。

 転生という概念が存在する事すら驚きなのに、それは行くべきではない世界だと止められるとは。


「父……主神が最後にもう一度だけと私にチャンスを与えようとしたのです。ですが、最早どうしたら良いか分からなく……」


 彼女ですらどうしようも無いと嘆く程、その世界は問題に満ちているのか。少なくとも神々と繋がりを持つであろう少女が解決出来ない事などあるのだろうか、という問いが自然と口から出る。


「君は天使……か神さまなんだろう?その力で無理矢理介入する事は出来ないのか」


「我々神の間では、基本的に管理する世界に直接力を振るうのは禁止されているのです。あくまでヒトを介して修正する為の力を与えるまでが許された範囲なので」


 古くは救世主と呼ばれた者の一部は神によって遣わされた『転生者』だと言う。

 それが事実ならば色々と世界の見方が変わる新発見であるが、そこに関して深入りする事はしなかった。


「このままだと、私は世界を失った神として失格の身になってしまいます」


 圧倒的に存在としては上のはずの目の前の少女が泣き出しそうになるのを見て、カイトはしどろもどろになりながら次の言葉を探す。


「わ、分かった。俺が行くよ。だから元気出して……」


「本当ですか!?」


 カイトの言葉に少女の表情は明るくなる。

 一瞬とんでもない難題を勢いで抱えてしまった気がした彼であったが、目の前で泣いている少女を放ってはおけなかったのも事実だ。


 そして


「異世界に興味があるっていうのも本当だしね。誰かの助けになれるなら、尚良いさ」


「ありがとうございます……!少し前までは転生を断られる事も多くなりまして……!」


 世界の廃棄。字面で見るといささかスケールの大きな話であるが、神である彼女でさえ(手腕に疑問はあるが)それを防ぐ事が出来なかったというのは余程の事があったのだろう。


「でも、俺はただの人間で特段優れた力なんて持っていないよ。バトル漫画の様な世界で戦いになんてなったりしたら一巻の終わりだ」


「それについてはご心配なく!転生者となる方には『加護』を一つ与えられる決まりとなっています」


「加護?」


 昨今流行っている異世界もののお話では「チート」だとか「異能」などと呼ばれる、転生者に特別な能力が付与されるパターンが多い。その背景には、目の前で起きている事の様に、何らかの方法で誰かが『お話』として現代日本に伝えたのだろうと、不意に彼は思った。


 つまりは、外部からやってくる者が持つ不利を補うための手段という事なのだ。


「お好きな加護を一つ、今ここで与える事が出来ます。例えば、『どんな敵にも負けない力』や、『自由な場所に飛べる力』などがありますね。あなたの世界で言うゲームの感覚に合わせて『誰のステータスでも見られる』、『一つの能力値が最大になる』などといった加護も可能になります」


「なるほどね……」


 数多の選択肢が与えられる超常的な能力の数々。

 成り行きで転生という未知の体験に飛び込む事になったカイトであったが、流石に興味がそそられる話に間違いはなかった。


「他にも、『保存した時点まで死んでも戻ってこれる死に戻り』等も他の世界では人気だったりしますね~!例えば……」


「待ってくれ、一つ……良いかな」


 しかし、ここで疑問が一つ生まれる。


「この世界には何人ぐらい今まで転生者を送ってきたんだ?」


「ええと……ちょっと忘れてしまいました。結構な数を送ったとは思いますが……」


 これだけ様々な選択肢がある『加護』を持つ転生者を沢山送って。


「それで、何も解決していない、という事なんだな……?」


「うっ!……はい、お恥ずかしながら」


 彼女にとっては痛い所を突く問いであったようで、顔を背けて返事をする。

 しかし、カイトにとっては別の方面で気になる点が出来た。


(これだけの『加護』を持った転生者が居て、何も解決せず、廃棄が決定される……?)


 例えば転生者同士が争い、結果的に修復不可能な傷を世界に残した。これはあり得る話だ。

 兵器の様な力を持つ『加護』同士が衝突すれば、現地の人々では止められまい。


「具体的にその世界で何が起こっているのか聞いても良いかな」


「すみません……世界について詳しく語る事は神々の間で禁止事項とされているのです」


 神の視点から見て、様々な情報を転生者に与えるというのは、越権行為に当たると言うのだ。

 例えそれが、転生者が入った瞬間にすぐ息絶えるとしてもルールは覆らない(とはいえ、基本的にはその前にその世界は廃棄されている)。


 要求されるは初見での一発攻略。

 だが、あまりに『分が悪すぎる』。


(必ず何かが存在するはずだ……一筋縄ではいかない何かが!)


 数々の『加護』、いわゆるチートを使って誰も解決出来ないなど、普通は考えられない。

 転生者同士で戦っていたとして、一人だけが永久に勝ち続ける事など出来るのだろうか。


「『加護』は、何でも要求出来る……という訳では無い、という認識で大丈夫かな」


「そうですね、強力過ぎる『加護』には幾つか条件を付けております。無制限の行使は逆に世界を壊しかねませんので」


「例えば、君が挙げた『死んでも戻ってこれる』加護はどういった条件がある?」


 最初に色々と例を聞いた時、これが一番引っかかった。

 言葉だけからは、あまりに強力過ぎる加護であるからだ。


「その『加護』を正確に説明しますと、元の世界の時空まで戻る事は出来ません。使用者が過ごしてきた時間の直前1時間までの好きな時間を『保存』し、使用者が命を落とした瞬間にその時点に記憶を保持したまま戻る事が出来る……という力です。新たな時間を保存する場合は、古い方の時間は保存から外されてしまいます」


 つまりは、重要だと思った決断をやり直す事が出来る『加護』である。

 ゲームの様に、無制限にセーブを行い、本当に重要であった地点を探してロードする……などと言った芸当は不可能であった。


 この様に、強力過ぎる加護には制限がかかっていることから、どれだけの最強無敵チートを手に入れた者であっても、同じくチートを持つ者相手に、何十回も勝ち続ける事は不可能に近いことが予想出来る。

 故に廃棄されそうだったこの世界が抱える問題はそう単純な話でも無さそうであった。


 とは言え、制限がかかっていてもこの加護はあまりに強力である。

 タイミングさえ間違えなければ、死ぬことは無いし、いわゆる初見殺しも防ぐ事が出来るだろう。


 しかし、カイトにはこの加護の『盲点』が一つ見えかけていた。


「保存できないのは、元の世界の時間軸だけか?」


「その通りです。それが出来てしまいますと、加護を与えられたまま元の世界で生活出来てしまう――――というタイムパラドックスが発生してしまいますので、その期間だけは禁止しております」


「『元の世界の時間軸のみ禁止』……その言葉、信じるよ。この加護にする」


 カイトは即断即決で加護を決定すると、少女は不思議に思いつつも彼に力を与えた。


(説明のつかない力だけど、使い方が頭に流れてくる……これが加護、か)


 まるで脳内に出来たスイッチの様に、最初からその機能が自分に備わっていたかの様に、『死に戻り』の加護は彼の身体に刻まれた。


 そして、すぐに。


「では、丁度この3分前を『保存する』」


「え……っ!?」


 彼の左手の甲から浮き出る時計の形をした紋章が光り輝いたかと思うと、秒針を刻む音が響く。

 目の前の少女は一瞬何が起こったのか判断出来なかった。


「これで問題無く『保存』出来た、という事で良いんだよな」


「た、確かに……そうなりますね……」


 呆気に取られる彼女を前にして、カイトは大きく息を吐く。


 一種の賭けであったが、成功した。

 それはこれから降りかかるであろう不条理に対して可能な最大の備えである。


「さて、これで加護を貰う前の時間軸に行ける事となった訳だけど、これを利用すれば無限に加護が得られる……というのは希望的観測過ぎるかな」


 ルールの隙間を突いたタイムパラドックス。

『死に戻り』の加護を得た彼が、加護を貰う前の時間に飛ぶという荒業。


「流石にそれは出来ないと思います。『死に戻り』の加護は命を落とした時に『保存』した場所に戻るまでが加護の一部なので」


「そう都合良くはいかないか。でも、『加護を選ぶ前』の時間軸には飛べている筈だよね?」


 カイトの意味深な言葉から、少女は彼が言いたい事をすぐに気付く。


「ええ……そうです、ね。確かに、この方法なら加護を選び直す事も可能になります!」


『死に戻り』の利便性の一つである、重要な場面を保存するという利点を捨てる事になったが、代わりに『本当に必要な加護』を吟味する猶予が得られた。


 もちろん、選び直せるチャンスは一度だけ。

 だが、一度の失敗すら許されない状態で神々が棄てる程に危険な異世界に挑むよりもずっと可能性がある。


「とはいえ、私たちはあなた達の時間軸とは別の存在になります。なので、あなたが時間を戻してこの空間に来たとしても、私たちには何の影響を及ぼさないでしょう」


 見た目は少女の様な姿でも、己の無力さに嘆くことはあっても、神という上位の存在に変わりはない。

 彼女が与える加護の力で彼女たちに影響を与える事は不可能である。


 しかし、裏を返せば彼女は唯一時間に縛られない存在とも言える。


「これで目標が出来た……何か、ここでノートと書く物が欲しいんだけど、貰えたりするかな?」


「向こうに持っていく事は出来ませんが、この空間だけならお渡し出来ますよ」


 彼女が何もない空間からカイトの世界でも馴染み深いノートと筆記用具を取り出すと、それを受け取った彼は最初から書くことが決まっていたかのように筆を滑らせる。


 そして、幾つかの文章を書いた後にノートを閉じると、それを彼女に差し出した。


「これは……?」


「いわゆる『攻略メモ』って奴だよ。君が死に戻りの影響を受けないならば、君が持っているこのノートも影響を受けないはずだ」


 こちらの理論は若干無理があるものであったが、駄目で元々と少女に握らせる。

 本来、この白き世界では転生者を淡々と異世界に送る場所であり、色々と下準備をするカイトの姿を見て彼女は不思議に思った。


「『死に戻り』で戻ってこれるとは言え……かなり入念に準備なさるのですね」


「難しいゲームとか、難しい問題は順番に情報を整理していくのが大事なんだ。神様が見捨てる様な世界を一回で攻略出来るとは思っていないからさ」


 彼の言葉に、今までの転生者とは違う雰囲気を少女は感じ取る。


 そして、最後の希望となるであろう青年を信じて彼女はノストフェールへの次元を開いた。


「それでは、転生者、渡里カイトよ……あなたを、ノストフェールに転生させましょう。どうか、その道行きに幸あらんことを」


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