第六十七話 決断しなさい! !
「ひなたっ!!」
太郎くんが松葉杖を投げ捨て、
ひなたちゃんに駆け寄る。
ハナコも……
ううん、私も
必死に太郎くんの後を追った。
「ひなたちゃん……」
外傷はほとんどない。
まるで、深く眠っているみたいだった。
「お姉ちゃ……」
隣では、ひなたちゃんが助けた子供が
不安そうにそわそわと立ち尽くしている。
「ひなた! 大丈夫!? しっかりして!」
太郎が膝をつき、彼女を抱き寄せる。
その口元に手を当てた瞬間
太郎くんの顔から血の気が引いた。
「……っ! ハナコさん、どうしよう……息をしてない」
「そうだ、救急車!」
太郎くんは焦ってポケットを漁る。
「あっ! ……そういえば……」
……そうだ。一週間前
私が太郎くんのスマホを壊してしまっていた。
「ねぇ、キミ!」
太郎くんが子供に縋るように問いかける。
「家、近いんだろ?
公園に救急車を呼んでくるように頼んできて!」
子供は怯えながらも「わかった」と頷き
家の方へと走り出した。
「ひなた! 頼む、起きてくれ!!」
頭を打ったせいだろうか
ひなたちゃんの首がだらしなく垂れる。
太郎くんはその首を支え、必死に呼びかけ続けていた。
……迷っている時間はない。
この状況を打開する方法を、私は知っている。
そして、今の私にしかできないことがある。
「ハナコさん! ひなたが……死――」
「太郎くん、言っちゃダメ! 言霊で確定しちゃう!」
私は鋭い声で制止した。
言霊は、この国の逃れられないルールだ。
「太郎くん。私……『女神のチカラ』を使おうと思う」
「ひなたちゃんはまだ黄泉の国に着いていない
私が連れ戻して『黄泉返り』させるよ」
早く伝えないといけない。
「え? どうやって?
ハナコさんはもう、神通力は使えないんじゃ……」
「“彼女”として契約している間はね。
でも、彼女じゃなくなればいいの」
私は言葉を急いだ。
「私は太郎くんの願いで“彼女”になった。
だから、太郎くんが『ハナコと別れる』と
言ってくれれば、女神のチカラは戻るんだよ」
「そんなこと……!
なら、契約じゃなくて、また付き合ってくれる?」
「……もちろんだよ」
――嘘をついた。
「あれ?……でも、ハナコさん、
俺との契約がなくなったら……
千年近く幽閉されるんじゃ……」
太郎くんが気づいてしまった。
やっぱり、誤魔化しきれなかった。
そう、この前の罪で
私は『根の堅洲国』へ行くことが決まっている。
今、こうして地上にいられるのは
女神である前に「太郎の彼女」であるという
コノハちゃんのお目こぼしがあるからだ。
契約を破棄すれば、そんな言い訳は通用しなくなる。
「……太郎くん。ひなたちゃんは
こんな所で終わっていい人じゃないよ」
「今から他の神様を呼んでも間に合わない
私にしか、できない事なの……」
私は、自分を愛してくれた人を説得する。
太郎くんは私に『愛』を注いでくれた。
ひなたちゃんは、醜い嫉妬を
『慈しみ』に変えてくれた。
羽も、輪っかも消えたけれど。
それでも私は、慈愛の天使ガブリエルだ。
そう呼ばれていた。その務めを果たさなきゃ。
「そうだけど……でも……っ!」
太郎くんは葛藤し、顔を歪ませる。
……ありがとう。
――嫌だよぉ、太郎くんと離れたくないよぉ!――
心の奥の、幼い私の一部が悲鳴を上げる。
気がつくと、大粒の涙がボロボロと溢れ出していた。
……時間がない。
迷っている時間なんて、もうない。
さよなら、太郎くん。
私は大きく手を振りかぶり――
心の中で愛を叫びながら。
――パアァァン!
思い切り、太郎くんの頬を叩き……言った。
「決断しなさい!!太郎!!」




