第六十四話 内緒やえ?
「太郎くん、いっぱいイジメてごめんねぇ……」
コノハさんが用意してくれた浴衣に身を包んだ
ハナコさんが、ボロボロと涙をこぼしながら
俺を膝枕してくれている。
「いいよ、もう……俺の方こそ
嘘ついてごめんね。泣かなくても大丈夫だから」
精一杯の強がりを言ってみるが
折れた足と両手の火傷は、正直かなりキツい。
痛みの波が、一分おきにジンジン押し寄せてくる。
……けれど、この膝枕だけは正真正銘、最高のご褒美だ!
すっごいふかふかだ!
天照大御神の神々しい光??
この膝枕の方が断然心地いいだろ!!
「さて。ハナコさん」
天照大御神の傍らで、コノハさんが凛とした声で告げた。
ハナコさんが「はぁい」とビクッとする。
「今回のことは、さすがに無かったことにはできまへん
ハナコはんは神さんとして、やってはならんことを
ようけしてしもうはりました」
「ごめんなさぁい……わかってますぅ……」
こういう時、以前のハナコさんなら
羽をしなしな~っと萎れさせていたんだろうな……
今はもう、消えてなくなってしまったけど。
「まだ決定やおまへんけど、
しばらくは『根の堅洲国』に幽閉
という形になるかと思います。……よろしおすな?
そこで魂を磨き直していただくことになります」
「……はぁい」
ハナコさんが、どこか諦めたような手つきで
俺の頭を優しく撫でる。
……幽閉? 磨き直し?
「あの、根の堅洲国って……?
幽閉って、どういうことですか?」
嫌な予感を抱えながら、俺は尋ねた。
「この世界は、人間が住む『現し世』、
神の住む『高天原』、死者の『黄泉の国』、
それと『根の堅洲国』でできてるし」
地面に座り込んだウズメさんが、解説を続ける。
「根の堅洲国はスサノオが治めてる
海の底にある場所。神様が修行に使ったり
悪さした神を閉じ込めたりするところ
……あーし、あそこ湿っぽくて嫌い」
「そこに、幽閉!?
しばらくって、どのくらいなんですか!?」
ひなたが、縋るような声で問いかける。
「そうですねぇ……五百年から千年の間
といったところでしょうか」
コノハさんの言葉に、俺の思考が真っ白に染まった。
ざっくりにも程があるだろ!
なんだよ、その気の遠くなるような年月は!?
……え? ハナコさんが幽閉? 千年近くも?
それって……もう二度と、会えないってことじゃないか。
「太郎くぅん……ごめんねぇ
やっぱりハナコ、だめだぁ……」
ハナコさんは深くうなだれ
俺の髪を愛おしそうに撫で続ける。
ただの人間の俺にできることがあまりにも少なすぎる。
……どうすればいいんだ。
このままハナコさんを連れ去られるのを
指をくわえて見ているしかないのか……?
「……ただし。ハナコさんは女神どすけど……その前に
太郎さんの『彼女』いう契約がありましたな」
コノハさんが、はんなりとした足取りで
俺たちに歩み寄ってきた。
「神さんが
一度した約束を破るやなんて、感心しまへんなぁ。
ハナコさんにはまずその『彼女』としての
務めをきっちり果たしていただいてからの執行
……いうことにいたしましょ」
「……ふぇ? いいのぉ?」
ハナコさんが縋るように顔を上げると
コノハさんはハナコさんのの耳元で、
内緒話をするように囁いた。
「その間は『執行猶予』いう形にして
根の堅洲国に行かんでもええようにしといたげる。
うちに任しとき。
こういう時のために本家にはええ顔しとるんやさかい」
コノハさんは俺の方を向き
「内緒やえ?」と茶目っ気たっぷりに舌を出した。
そのまま彼女は、天照大御神の隣へと戻る。
「ほな、そういうことで……
大奥様とうちは、これで失礼いたしますえ
またいずれ、お会いしましょ」
最高神を支えるようにして
コノハさんは夜空の向こうへと消えていった。
「……あの人が、本当に天照大御神なの?」
呆然と見送っていたひなたが、ポツリと呟く。
「そうだってさ……俺、腕掴んだり
ぶっ飛ばすとか暴言吐いたりしたけど、大丈夫かな」
後出しで恐怖がこみ上げてくる。
実は内心ブチ切れてたりして……
「大丈夫、大丈夫!
あいつはただの、人見知りの仕立て屋だし!」
復活したウズメさんが、お腹を抱えて笑い出した。
「へ? 服屋?……そうなの?」
「うんうん。おまけにコミュ障だからさー
たろっちが腕に巻きついた時
あいつマジでフリーズしててウケたわー
めっちゃキョドってたし!」
ウズメさんがケタケタと笑い転げる。
……最高神、そんなキャラなの?
なんだか急に、親近感を感じた。
「さて。
あんたらを病院へ運んだら、あーしも帰るかね」
ウズメさんが立ち上がり、パンパンと服の土を払う。
「ウズメちゃんも……ごめんねぇ。ハナコ
いっぱい酷いこと言っちゃったし、しちゃってぇ……」
ハナコさんは未だにシュンとして、落ち込みっぱなしだ。
「別にいいし。あーしはあの時
一発謝ったからこれでチャラね」
ウズメさんは「ふん」と鼻を鳴らし
折れた足で動けない俺と
疲労困憊のひなたを、ひょいと両肩に担ぎ上げた。
「今度こそ、ちゃんと『氏神』やんなよ」
ウズメさんはハナコさんと真っ暗な夜道を歩き出した。
そういえばウズメさんに連れて来られてから
まだ一時間も経っていない。
骨は折れているし、
両手は火傷だらけでズキズキと痛む。
けれど、ハナコさんが、
本当の意味で楽になれたのなら
この痛みも、そんなに悪くない。
俺はウズメさんの肩に揺られながら、
そんなことをぼんやりと考えていた。




