第六十三話 世界は綺麗だった
私は駆け抜けた。
ウズメさんに逃げろって言われたけど
そんな事、出来るわけがない。
燃える華那古神社の山を見て、
ウズメさんの話を聞いて、
ハナコさんの仕業だと理解した。
太郎くんが連れて行かれたって事は
それはきっと私のせい、
ハナコさんに見られたんだ。
燃える華那古神社の山。
闇の中で轟く地響き。
衝撃波に何度も吹き飛ばされ
買ったばかりのヒールのサンダルもどこかに脱ぎ捨てた。
裸足の足の裏が痛いけれど、
そんなの構っていられない。
もう服も身体もボロボロだ……
怒りすぎだよ……ハナコさん。
そんなに怒らなくてもいいじゃん。
神社に着く。
眩しいくらいに明るくなった。
もう、神様達のする事はよく分からない……
光の方向に進むと、太郎くんたちがいた。
ウズメさんもコノハさんも私を見て驚く。
たーくんは、眩しい神様の下で這いつくばっていた。
「ひ、ひな……た?」
たーくんの服は焦げて、焼けただれている。
……大丈夫なの?
正面を見ると……いた。 ハナコさんだ。
真っ黒な羽を何枚も付けて……赤い瞳。
あの時の瞳は見間違いじゃなかった。
私は、ハナコさんに飛びついて抱きしめた。
「ハナコさん、ごめん」
今度は表面だけじゃない、あの日の心からの謝罪。
「ひなた……ちゃん、どぉして来たのぉ……?」
「そんなの、聞かないでよ」
私の腕の中で、ハナコさんの身体が微かに震える。
「でも、わかったよ……ハナコさんは
あの時から、私に怒っていたんだね」
「そんなこと……」
「ハナコさんは、いっぱい我慢してるのに、
私が真っ直ぐに、たーくんを好きでいるのが
羨ましくて、許せなかったんだね」
「ひなたちゃん……」
「……うん、そぉかも」
ハナコさんから涙が零れる。
「ハナコねぇ、ひなたちゃんに
太郎くん取られちゃうって思ってたぁ」
ボロボロ泣きながら私を抱きしめ返してくる。
「ハナコは素直じゃないからぁ……
ひなたちゃんみたいに出来なくて」
「取られて、悔しくなるくらいなら
もぅ、ひなたちゃんに渡しちゃおうってぇ」
嗚咽混じりに、子供みたいにハナコさんが言う。
「でも、でも……ホントに取られたら悔しくて……
ダメだよぉ、ハナコの太郎くん取っちゃ……やだよぉ」
「もぅ、たーくんは物じゃないんだから
これからは、大事にしてよね?」
「……ふぇ? いいのぉ?」
「うん、ハナコさんにあげるよ」
「たーくんも……ハナコさんがいいってさ」
私はもう泣かなかった。
がむしゃらに走っているうちに
いつの間にか乗り越えていた。
こんな綺麗で、かわいくて、
心優しい女神を相手に――
よくやったよ、私。
思い出す事もあるかもしれないけど……もう十分だ。
「ひなたちゃん、ありがとう……ねぇ」
「もう、だからたーくんは物じゃないって……」
「そうじゃなくて……ねぇ
来てくれて、ありがとうねぇ」
「やっぱり、世界は綺麗だったよぉ」
なんだろ? 急に壮大な事を言い出したぞ? この女神。
ハナコさんは空を見上げる。
「ツクヨミくん、もう、さよならしようねぇ」
「ハナコ、もっと好きな人、二人もできたよぉ……」
そう言うと、ハナコさんの身体が淡く光だして
黒い羽がゆっくりと空に溶けていった。
羽も輪っかも無い。
……って、え?
服も消えてる?
「ハナコさん!今、服をお持ちしますえっ!」
コノハさんが服を持って駆け寄ってくる。
ウズメさんはハナコさんの裸を見せまいと、
たーくんの顔を地面に押し付けていた。
「うがっ!ウズメさん、いだい!
けが人なんだから、ちょっと労ってー!」
「あーしもケガしてるし!
黙って下向いてなっ!」
そんな、急に慌ただしくなるみんなを見て
私は――
笑っちゃった。




