◆第83話:煌めく陽光、揺れる想い◆
セディオスは、貸し切りの浜辺に休憩用の敷布と日傘を準備していた。
魔導冷庫に、顔拭き用の布。
ひと通り準備を終えたセディオスは、軽く肩を回して息をついた。
「いい天気でよかった。久々に来たが、やはり豪奢だな」
遠い幼少の日、ここで遊んだ記憶がふと胸をよぎる。
白砂の上を無邪気に駆け、父と母に手を引かれて波打ち際を歩いた。
あの頃は、疑いもなく家族だった。
だが、その声はもう遠い。
同じ場所に立っていても、あの日には戻れない。
それでも今は、幾つもの死線を越えて得た家族が傍にいる。
「皆と楽しまないとな……」
静かに波打つ浜辺を眺めながら郷愁に浸っていると――
セディオスの前に一人ずつ現れる少女たち。
「セディオス。僕の……この入水衣、似合ってるかな?」
最初に現れたのはライナ。
水色のビキニがその快活な雰囲気によく似合っている。
選んだ色は、ほとんど直感だった。
海に一番近い色で、走ったら一番映えそうだから。
そんな理由で選んだはずなのに、いざ身につけてみると妙に胸元が気になってしまっていた。
いつもの元気さは息をひそめ、照れくさそうに肩をすくめながらも、視線は真っ直ぐにセディオスへと向いていた。
「とても似合っているよ、ライナ。元気さと可愛さ、両方とも出てる」
その言葉にライナはぱっと笑顔を見せ、
「ありがとう!」と言い、すぐに小走りで砂浜へ駆けていった。
砂を蹴る足取りは軽い。
けれど数歩進んだところで、ライナは一度だけ振り返った。
セディオスの目をジッと見る。
「??」
どうしたと思うセディオス。
「ほんとに、変じゃないよね?」
雷の娘は再度確認するように聞く。
「大丈夫だ、変じゃない。よく似合ってる」
「へへっ……じゃあ、全力で遊ぶ! 海だぁ~~!」
太鼓判をもらったライナは叫びながら海に向かっていた。
「セディオス、失礼します……私の姿、どうでしょうか?」
続いて現れたのはルゼリア。
赤い運動用のビキニ型入水衣は落ち着いた印象を与えながらも、引き締まった体つきを見せていた。
ルゼリアの選択は迷いがなかった。装飾よりも動きやすさ。
水を吸いにくく、肩の動きを妨げず、いざという時には即座に魔法姿勢へ移れるもの。
その結果が、赤の運動型入水衣だった。
「知的で凛としていて、とても綺麗だ。君らしさが出ている」
「……っ、ありがとうございます」
少しうつむき、照れたようにそっと髪を撫でるルゼリア。
ルゼリアは選んだ理由を理路整然と説明できる。
動きやすいから。水を吸いにくいから。緊急時にも即応できるから。
けれど――セディオスに「綺麗だ」と言われた瞬間だけは、その理由のどれもが少し遠くへ行ってしまった。
しかし、その横顔には微かな誇らしさが浮かんでいた。
その姿に、セディオスも思わず微笑む。
それを後ろで見ていた金髪の少女。ティセラは軽外衣の裾を指先で整え、ほんの少しだけ視線を下げた。
魔導術具なら、どこをどう直せばよいかすぐに分かる。
けれど、自分がどう見えているかだけは、少しだけ分からなかった。
「セディオス、わたしも……見ていただけますか?」
ティセラは軽外衣の留め具に指をかけ、ほんの少しだけ迷ってから外した。
白の布地が陽光を受け、彼女の穏やかな雰囲気をやわらかく映す。
露出を抑えつつ、水辺でも動きやすい。
何より、軽外衣を羽織ればそのまま魔導術具の調整もできる。
汎用性を高めた様相であった。
「綺麗だ、ティセラ。優しさと聡明さがにじみ出ているよ」
「ふふ……嬉しいです」
最後に、ゆっくりと姿を現したのはエクリナ。
紫のビキニにパレオという大胆な装いでありながら、彼女の顔には隠しきれない赤みが差していた。
「セ、セディオス……これが、その……今日の我の姿である……っ!」
「……こ、これは……その……似合っておるか……?」
堂々とした言葉とは裏腹に、視線は泳ぎ、頬は火照っている。
エクリナが紫を選んだのは、王としての矜持だった。
夜空を表すような色が自身の銀髪に合うことがわかっていたからだ。
だが、布地の少なさまでは想定していなかった。
鏡の前で一度胸を張り、次の瞬間、頬を赤らめて視線を逸らす。
それでも着替え直さなかったのは――誰かに見せたい気持ちが、ほんの少しだけあったからだ。
セディオスは、すぐには言葉を返せなかった。
いつものメイド服でも、戦場の魔装でもない。
王としての紫を纏いながら、少女のように頬を染めて立つエクリナ。
その姿はあまりにも珍しく、そして眩しかった。
「……セディオス? どうしたんだ?」
他の三人と違い、すぐに言葉を紡がない彼にそっと声を掛ける。
不安げに名を呼ばれ、ようやく息を吐く。
「うん……とても綺麗だ、エクリナ」
「なっ……! ば、馬鹿を言うなっ!」
照れ隠しのようにそっぽを向きながらも、彼女の口元はどこか緩んでいた。
「……だが、まあ。悪くはない評価であるな」
やがて、ライナがルゼリアを誘い、海へと駆け出していく。
「リア姉~っ! いっしょに波乗りしよ~っ!」
「……全く、ライナは相変わらずですね」
一方、ティセラはエクリナを手招きし、魚影の多い浅瀬の潜り場へ誘う。
「エクリナ、深いところに行きませんか? 色々な魚、見たいでしょう?」
「む……それも悪くないな。案内せよ、ティセラ」
ライナが波打ち際へ駆け込むと、水しぶきが陽光を受けて細かく弾けた。
ルゼリアはため息をつきながらも、その後を追う。
その背中は、どこか楽しげだった。
ティセラは足元の砂を踏みしめ、海面の下に揺れる魚影を指差す。
エクリナは一瞬だけ目を輝かせ、すぐに王らしく咳払いをした。
その様子を、セディオスは波打ち際に設置した日傘の下から静かに眺めていた。
手元には琥珀酒とグラス。
カランッと氷の音が静かに響く中、穏やかな時がゆっくりと流れていた。
今、剣を握る理由も、魔剣を新たに造ってもらった理由も、突き詰めればきっと同じなのだろう。 この笑顔を、この日常を、この家族を壊させないために。




