◆第82話:秘められし素顔、初めての浜辺◆
澄み切った青空と、波音が心地よく響く静かな浜辺。
セディオスが用意した貸し切りの浜辺で、今日一日だけは戦いも使命も忘れ、心から楽しむ時間が始まろうとしていた。
日頃の労をねぎらうため、彼は皆を“碧湾町エルシェイド”へと招いたのだ。
王族・貴族専用のリゾート別荘が点在するこの街は、人目を避けたい一家にとって最適の地だった。
だが――浜辺に立つものは一人だけ。
一足先に着替えを終えたセディオスは荷解きをしながら家族を待っていた。
白砂の上には、日除けの傘と休憩用の敷布が広げられていた。
飲み物を冷やすための小型魔導冷庫、濡れた身体を拭く布、万が一のための回復薬。
セディオスは一つひとつを魔導収納鞄から出しながら、皆が安心して遊べるよう準備を整えていた。
戦いのためではない。ただ、笑って過ごすための準備。
それが今の彼には、少しだけ誇らしかった。
一方、その頃――
少女たちは海遊び用の衣――入水衣への着替えに励んでいた。
「っ……この……! 胸のあたりが、き、きつい……っ」
脱衣所でライナが鏡の前でもぞもぞと入水衣を整えていた。
彼女の水色のビキニは元気いっぱいな印象でとても似合っているのだが、予想以上に成長していた自分の胸に思わず戸惑っているようだった。
「ライナ、胸元が気になるなら、もう少し肩紐を調整するといいですよ」
ティセラが白基調のワンピース型入水衣に身を包み、軽外衣を羽織ったまま助言する。
「ふぇっ!? てぃ、ティセラ!? み、見てたの?」
「動きがあまりに不自然でしたから。……ふふ、けれど少し発育してるんですね」
ティセラはライナの一点を見つめ、少しだけ羨ましいかのように声を出した。
「私なんて、もう成長が止まっている気がします……」
自身の胸元へ視線を落とし、少しだけ肩を落とす。
「なっ……な、なに言ってるのティセラぁっ!?」
顔を真っ赤にして抗議するライナを横目に、ルゼリアが赤の運動ビキニ型入水衣に静かに袖を通し、無言のまま支度を終えていた。
その所作は、まるで修練を積んだ戦士のように無駄がなかった。
「ふたりとも騒がしいですよ。さっさと済ませないと、セディオスが退屈してしまいます」
その堂々たる出で立ちに、ティセラは思わず感嘆の声を漏らした。
「ル、ルゼリアも……意外と大胆ですね。その入水衣、すごく似合ってますよ」
スラリとしたルゼリアの姿に、ティセラは自分とは違う魅力を感じていた。
「……当然です。水の抵抗が少なく動きやすい入水衣を選びましたから」
静かな熱を帯びた口調に、ティセラとライナが一瞬だけ固まり、視線をそらす。
「うぬら、遅いぞ……っ! うぅ……これで本当に良いのだな……?」
最後に脱衣所から現れたのは、紫のビキニに同色のパレオを腰に巻いたエクリナだった。
堂々とした態度ながら、顔はほんのり赤く、視線は泳いでいる。
「王様……その……すごく……綺麗……」
ライナが呟くと、エクリナは顔をさらに赤らめて腕を組んだ。
そうこうしていると――
「エクリナ……可愛い!!」
着飾った王の姿に魅了されるティセラは、感激と言わんばかりに叫んでいた。
「エクリナ、実用性と愛らしさが交差して素晴らしいです!」
「王さまはやっぱり、綺麗だよね!」
ルゼリアとライナもそれぞれの感想を伝える。
その告げられる声たちに反応し、顔を真っ赤にするエクリナ。
「ば、馬鹿を言うなっ! 我は、セディオスに褒められるために……で、ではなく! 王たる者、この程度で動揺など……っ」
動揺しすぎて、本音を口走っていた。
いつものメイド服とも魔装とも違う、あまりに軽やかな装い。
そのせいか、堂々たる王のはずのエクリナが、ほんの少しだけ心許なげに見えた。
「エクリナ、パレオの結び目が少し緩いですよ」
ティセラがそっと近づき、腰元の布を整える。
「こ、これ以上触るでない……っ」
ただの少女になったエクリナは、ビクッとなり恥ずかしさが占めているようであった。
「動いたときにほどけたら困りますから」
ルゼリアも冷静に言い、ライナは「王さま、完全にお姫さまみたい」と目を輝かせた。
「我は王である!」
そう言い返しながらも、エクリナはどこか嬉しそうだった。
「ふふ……可愛い」
ティセラはモジモジする珍しいエクリナを横目で見て、静かにつぶやく。
そんな乙女たちは着替えを終えたところで、浜辺への扉をゆっくりと開く。
その先に広がっていたのは、白い砂浜と青い海。
日除けの傘が揺れ、敷布の上には冷たい飲み物と布が整えられていた。
少し離れた波打ち際で、セディオスが最後の荷を置いているのが見えた。
まだ、こちらには気づいていない。
華やかに、賑やかに――そして、少しだけ照れながら。
魔王とその家族たちの、初めての浜辺が幕を開けようとしていた。




